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第38話

「おかえり」


命からがらショッピングモールにまで戻ってきたジャックを出迎えたのはティナただ1人だけだった。

もっともこのショッピングモールに親しいといえる者は家族ぐらいで、その家族も別エリアにいるため、このように出迎えがあるだけでも意外だ。

ジャックとティナは仲が良いわけではないし、ジャックはむしろ嫌われていると思っている。

ジャックはあからさまに怪訝そうな表情をするが、ティナは気付いてないのか無視してるのかキョロキョロと周囲を見渡していた。


「ダグラスは?」


「………死んだよ、多分」


「そう。まぁ、生きて帰ってこれた方が少ないんだし驚かないわよ。

それで、家族には会えたの?あなたはそのために参加したのでしょう?」


「………会えなかった」


「それは残念ね。私はてっきりあなたは家族がいるエリアに紛れ込むつもりだと思ってたけど、ちゃんと西に戻ってきたのね」


「ショッピングモールに入る時に名前を伝えなきゃ入れてくれなかったんだよ、スピーカー。

死んだ奴の名前を騙れば行けたかもしれないが、あいにく東エリアから来た人間で死んだ奴の名前なんて知ら………あー、1人知ってるがフルネームは知らないし、性別も違うし。


………っていうか、そんなことはどうでもいいだろ。お前はさっきから何なんだ?

俺とお前は世間話するような仲じゃないだろ?

まさか、スピーカーの命令で俺が他エリアの人間と繋がってないか調べてんのか?」


ジャックが口調をキツくして言うと、ティナは少し驚いたように目を見開いた。

ジャック自身も言ってしまった後に自分の発言に驚いている。


確かに仲がいいとは言えないが、知らない間柄でもないし、世間話ぐらいでとやかく言うほどティナのことを嫌ってるわけでもない。

内容もスピーカーのことを崇拝しているティナが探りを入れてるようにも思えるが、ごく当たり前の疑問を問いかけてるだけとも思える。

ジャックは先程の発言を後悔するが、言ってしまったことは取り消せない。

一息吐いてから、反省の意を込めて申し訳なさそうな口調でティナに話しかけた。


「すまん、さっきまで外にいたから気が立っているみたいだ」


「………それは悪かったわね。そうよね、あなたは大変な目にあったはずだし、すぐに休みたいよね。

じゃあ、手短に…ほ、本題だけ。大丈夫、時間は取らせないから」


「本題?何?」


ジャックが不思議そうに先を促すように言ってみるが、ティナは喋ろうとするが踏ん切りがつかないのか口を開いたり閉じたりしている。

だが、時間は取らせないと言った手前、このまま言わない訳にも言かないと思ったのか、恥ずかしそうにボソボソと話し始めた。


「その、お礼…」


「お礼?」


「うん、お礼。えっと、あなたが主様のことを思うなら参加しない方がいいって言ってたから…私あの時、意地張ってたけど、図星だった。

それに、もし参加してたら今頃は死んでたと思う。あなたにその気がなくてま私が生きてるのはあなたのおかげというか。

………だ、だから!お礼!助かった、ありがとう!それだけ!

はい、これ!お礼の品と無事に帰ってきた祝の品というかそういうの!

じゃあ、私はこれで!」


ティナは途中から喚くように言うと、持っていた本のような物をジャックに押し付けると足早にその場を去っていく。


「あ、おい!別にお礼を言われる………速いな」


ジャックがティナを呼び止めるが、ティナはズカズカと止まることなく離れていき、ジャックは渡された本を手に呆然と立ち尽くす。

ジャックは恥ずかしそうに顔を赤らめながらやけになって叫んでたティナの様子を思い出して、自然と笑みが零れた。


(悪い娘じゃないんだよな、多分。ダグラスのことも口ではああ言ってるけど、顔は悲しそうだったし。

だけど、あいつはスピーカーに縋って生きている。あいつに怪しまれて、それがスピーカーに伝わるのだけはダメだ)


ジャックは結果的にはティナを裏切ることになる。

そのことに負い目を感じていたのか、無意識に警戒していたのからわからないが、ジャックの最初の態度はそれらが起因したことによるものだった。






ジャックは牧場からショッピングモールに戻る最中にデニスからとある提案をされた。

スピーカーから支配の脱却に協力してくれないか、簡単に言えばそんな提案だ。


ジャックはそれを二つ返事で了承した。

共に命をかけて戦った仲だ、少なくともスピーカーよりは信用できる。

そして、何より妻との再会のために行動を起こす決意を固めたジャックには願ってもない話だったからだ。


もちろん、この話を受けた当初はティナを裏切ることになるなどとは微塵も考えなかった。

むしろ、元から敵とも言える間柄であるのに裏切るなどという考えが浮かぶ方がおかしい。

だが、ティナを前にしたジャックにはどうしても罪悪家が浮かびあがってしまうのだ。


(あの娘がスピーカー側にいる限りいつかは敵対するんだ。妙なことは考えるな。

優先すべきは家族との再会だ。その過程で最悪あの娘も………これ以上考えるのはよそう。

スピーカーの信憑者は他にもいる。その中の1人に過ぎないんだ)


ジャックは別のことに意識を向けようと思い、ティナから渡された本に目をやった。

その本はやけに手作り感があり、タイトルは書いてなく、よくわからない模様が描かれた表紙をしている。

中をパラパラと捲ってみると、スピーカーの考えや教えなどが書かれているがどれもこれも初めて聞く内容だ。


恐らくこれはティナが作っていた教典だろうとジャックは考えていた。

ティナが一心不乱に教典を作る様は傍から見れば微笑ましかったが、内容は見た所は妄想と誇大表現で構成されている。

最早これをスピーカーと呼ぶことはできない。ティナの頭の中でいわゆる主様が独り歩きしていた。


関わるべきでない。そう結論づけたジャックだったが、心のどこかでは彼女の事が引っかかっている。



































東エリアの一画にはシャッターで隔離された場所がある。

そこはトラックにより破られたバリケードからゾンビが雪崩込んでしまった場所だ。

スピーカーによりすぐにシャッターが下ろされたので、被害は最小限に抑えることはできたが、それによりゾンビと共に隔離された人々が少なからずいた。

間一髪で難を逃れた人々は、助けを求める声が叫び声に代わり次にはゾンビのうめき声だけとなるのをシャッター越しに聞いてしまう。

そんな声が耳に残っているのかシャッター周辺には自然と人気が少なくなっている。


そんな人気がない場所の母娘と思わしき女性と女の子がおり、女性はジャックの妻のマイアで一緒にいるのは2人の娘のソフィだった。

今の東エリアは豚や鶏などの家畜を喜んだり、被害は少なかったがバリケードが破られたという事実に恐れ慄いたりと何かと騒がしい。

そのため、静かに落ち着きたかったマイアは娘を連れてここまでやってきたのだ。


「………ママ、大丈夫?」


ソフィが心配そうに聞くと、マイアは不安が顔に出ていたことに気が付き、無理に笑いかけた。


「大丈夫。ママは元気だよ」


そうは言ってみるが、今のマイアは穏やかではない。

手紙を託したケイティが最後まで戻ってくることがなかった。

その事実はマイアの心に不安の影を落とす。


もしかしたら、夫も牧場で死んでいるのではないか。そもそも手紙は夫の元に渡っているのか。ケイティは自分のために牧場に行き死なせてしまったのではないか。


そんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。

だが、いくら考えたところで現状は何も変わらない。

今のマイアに出来る事は信じて待つことだけなのだ。


「ねぇ、ママ。パパにはいつになったら会えるの?」


「いつになるかはわからない。でも、そう遠くない内に必ずパパは迎えに来るよ。必ずね」


母親の心を読んだかのようなタイミングで問いかける娘に対して、マイアははっきりとそう言い放った。


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