第35話
牧場の作戦は多くの死亡者を出したが、当初の目的であった家畜の確保は想定より少ない数ではあるものの一応達成したと言えよう。
生存者のほとんどがゾンビやバイクによる襲撃を受けた際に仲間を置いて逃げ帰って来た者であり、荷台には人間の代わりに牛や豚、鶏などが乗っていた。
最初の一台が東エリアに突っ込み、東エリアの一画を封鎖する騒ぎはあったものの、その後のトラックは特に問題もなく地下駐車場に入れることができた。
だが、ひっきりなしにやって来ていたトラックも結局は半数程しか帰ってこない。
帰ってきたトラックも乗っている生存者は一台につき1人か2人しかおらず、ほとんどの者はショッピングモールに戻ってくることはなかった。
ショッピングモールで帰りを待っていた人々は家畜がやって来たことに喜ぶばかりで、多くの作戦参加者が帰ってこないことを嘆いたり悲しんだりする者はほぼいなかった。
だが、少ないながらも帰ってこない者達を心配する人はいる。
そんな人達も諦めかけた時に一足遅れてショッピングモールに戻ってきた一団があった。
やたら遅いバスに乗ってショッピングモールに戻ってきたこの一団が最後の生存者である。
帰りを待つ者達は根拠はないがそう確信していた。
シノア・ローリングも帰りを待つ者の1人だ。
トラックが次々と帰ってくる中、一向に姿を現さない自分の幼なじみに不安を隠せなかった。
そもそもシノアの幼なじみのブライ・ハウアーはレジスタンスに所属しており、そこからスピーカーの加護が受けられる立場に成り代わるために作戦に参加しており、南エリアに戻ってくる保障はない。
別のエリアに行ったんだろう。そう自分に言い聞かせていたシノアであったが、バスに乗って戻ってきた一団の中で抱えらるようにしてぴくりとも動かない幼なじみの姿を見つけて絶句してしまう。
無事ショッピングモールまで辿り着いたデニスだったが、デニスにはやるべき事が多くあり、休んでる暇はない。
まず、デニスは牧場で偶然見つけたレジスタンスのリーダーであるブライ・ハウアーを医者にみせた。
ショッピングモールに戻る道中で簡単な応急処置はしたもののバスには医療に詳しい者は居らず、簡単な止血ぐらいしかすることはできなかった。
大怪我を負っているブライをこのまま放っておけば手遅れになることは明白だ。
幸いデニスと同じチームで今回の作戦ではショッピングモールに残るように命じた2人の片割れであるカーソンという男が医者であったので、医者を捜す手間は省けた。
ブライをカーソンに引き渡したデニスは次にシノアという女性から話を聞くことにした。
シノアはブライを抱えたデニスの前に縋るように現れた女性で、シノア曰くブライの幼なじみということらしい。
彼女ならレジスタンスのことを何か知っているのではないかと思い自分は味方だと言い聞かせて話を聞いたが、その結果は芳しくない。
シノアからは様々な情報を聞き出すことが出来たが、そのほとんどがデニスを落胆させるものだった。
(まさか………レジスタンスがたったの3人、いや、もう1人か。たったの1人しかメンバーがいないとは)
デニスはあまりのショックにショッピングモール内のベンチに座り項垂れるように座っていた。
デニスはレジスタンスという組織を自分の味方に引き入れるために危険を犯してまでブライを助けた。
それなのに、レジスタンスという大層な看板を掲げながらその実は名前だけの存在だったのだ。
しかも、作戦に参加したのは死んだ誰かに成り代わりスピーカーの加護の元に下る為だという。
もはや、レジスタンスですらない。
デニスはレジスタンスのリーダーを自分の手元に縛り付けるために、ヴィクターという自分のチームの人間としてショッピングモールに入れたが、完全にそれが裏目に出た。
ブライの目的が達成され、彼を縛る要素がなくなってしまう。
ブライを助けたが故に発生した犠牲を考えると、ブライを助けたことによるメリットはあまりにも少ない。
(せめて、従順な人間を1人ぐらい作れれば釣り合いがとれるんだが………ブライを縛る要素がない)
デニスは深くため息をついた。
今回の作戦で他エリアに協力者を作るはずだったのだが、結局味方になってショッピングモールまで辿りつけたのはデニスと西エリアの男が1人だけとなってしまった。
危険を犯してまで参加したのに、得られた物は西エリアに1人の協力者とブライ・ハウアーという個人に借りを作っただけだ。
いつまでもへこたれていても仕方がない。
そう思い、とりあえずブライの様子を見に行こうと、デニスは立ち上がり、ブライが治療を受けている場所に向かった。
「デニスさん?とりあえず治療終わりましたよ」
医務室に入ると、デニスに気づいたカーソンがそんな声をかけてくる。
「お疲れ様。容態は?」
「見た目はひどいですけど、致命傷になりそうな物はなかったですね。
血が足りなかったからとりあえず輸血しときました。
このショッピングモールに小さいけど病院が入ってたおかげで輸血パックや薬や機材にも困りませんでした。
すぐに意識も取り戻すと思いますよ」
「………意識を…取り戻す。
そっか、そうだな。従順な人間が別にブライである必要はないんだな」
「は?何、どうしたんですか?デニスさん?」
「カーソン。少し聞きたいんだが、ブラ………ヴィクターをこのまま意識を覚まさせないようにってできるか?」
「………ヴィクター?」
「そこはいい。質問に答えろ」
「え、えぇ。できないこともないですけど」
「よし。じゃあ、このまま目を覚まさせるな」
デニスは南エリアにはカーソン以外に医者がいないことは調べはついていた。
つまり、ここではカーソンの診断を覆せる者はいない。
カーソンが意識不明の重体と言えばその者は意識不明の重体になるのだ。
そして、それを助けられるのはカーソンだけ。
「………あぁ。なるほど、あの女ですか?」
カーソンもようやくデニスのやりたいことに気が付き、ぽつりと呟やいた。
「そうだ。こいつを人質に使う。あの様子からこの騒動より前から深い付き合いだろうし、かなり従順に動いてくれるだろう。
まさか、反対したりしないだろ?」
「しませんよ。こんないい話」
「いい話?」
「だって、僕にしか治せないってことになるんですよね?
なら、僕には逆らえない。絶対服従。
フフフッ。丁度タイプなんですよ、あの女」
「………そうか」




