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第34話

転倒したトラックから音楽を大音量で鳴らせと提案したのはニックだったが、その提案を彼は少し後悔していた。

別に音に釣られてやってきたゾンビに怖気ついたわけではない。

むしろ、ケイティに罪滅しをした上に家族の再開の一翼を担うことができ、自分にはもったいないぐらいの死に様だと考えている。


ニックが後悔しているのはもっと単純で、トラックから垂れ流された音楽が想像を遥かに上回る音量だったということだ。

あまりにも音量につい耳を塞いでしまうが、ゾンビは音に釣られて次々とやってくる。


ニックは苦虫を噛み潰したよう顔をしてから向かってくるゾンビを撃ち迎えるために耳から手を離すが、同時に鼓膜が破れるのではないかという音量の音楽が耳を襲う。

本能的に耳を塞ぎたくなるのを何とか堪えてゾンビを迎え撃つ。


「あああぁぁぁぁ!うるせぇ!バスのゾンビを引き付けるには十分だからもうちょっと音量下げろ!」


ニックがゾンビを迎撃をしながら叫ぶが、周りの音楽に掻き消されてケイティに届くことはない。

ジェスチャーか何かで伝えられないかと思い、ケイティの方を見るが顔を下げて一心不乱にクラクションを押すだけでニックの様子には気づかなかった。


ゾンビはニックに構うことなく迫ってくるため、ちらりとしかケイティのことを見ることができなかった。

だが、その僅かな時間でニックはケイティの様子がおかしいことに気が付く。


普通ならとても耐えられない音量の音に最も近くにいるはずなのにケイティの表情は無表情そのものだった。

耳栓のような物をしている様子もなく、あの状況で無表情で動ぜずにクラクションを押し続けられる自信はニックにはない。


しかし、ニックにはこの過酷な状況下でも普段と同じ行動を一心不乱にとれる人のような存在に1つ心当たりがあった。


ゾンビだ。

今もニックを食らおうと一心不乱に銃撃に動じることなく歩み寄ってくるゾンビだ。


まさかと思いつつも、もう一度ケイティの方をちらりと見てみるとケイティはクラクションを押す手を止めて顔を上げていた。

顔を上げていると言っても見ている方角はニックの方ではなくゾンビに囲まれたバスの方だ。


するとケイティはいきなり満面の笑みを作って、服を捲り自分の腕を上に掲げた。

露わになった腕には噛み傷があり、このゾンビの溢れた世界でその傷が意味することは簡単だ。


「………」


ニックはその傷から目を離せなかった。

この状況下で無表情を作る自信はないと考えていたのに、今のニックは無表情そのものだった。

近づいてくるゾンビも大音量の音楽もいつの間にか意識の外に追いやられている。


ケイティの満面の笑みは遠くから見れば心の底から笑みに見えるだろうが、近くから見ればこの笑顔はかなり儚い。

まるで、遠退く意識を無理やり繋ぎ止めて強引に作り出したような笑顔だった。


ニックはケイティからバスの方に視線を移せば、バスはなんとか通れる程の数になったゾンビを強引に割り開き進んでいた。

ニックはゆっくりとだが確実に離れていくバスを何とも言えない表情で見送り、完全にゾンビの包囲から逃れた所で踵を返して転倒したトラックの方に向かう。


ケイティは既に離れて行ったバスに未だに手を振っていた。

すぐ目の前に立ったニックにも気が付かずに腕を振り続けているケイティは心なしか顔色が悪い。


「………」


ニックはトラックの中に手を延ばして音楽を切る。

大音量で流れる音楽がブツンと止まり、ようやくケイティがニックのことに気が付いた。


「誘導は成功だ。バスは行ったよ。まぁ、おかげで俺らはゾンビ群れのど真ん中に放り出されたわけだが」


「あ…アハハ、ごめん」


「………それで、大丈夫か?噛まれてるなんて知らなかったぞ」


「さっき、怪我人を運んだ時にミスってね。

………大丈夫じゃないみたい。視界が霞んで頭も重い。ゾンビにはなりたくないから…その時はお願い」


「…わかった」


「そういえば…視界が霞んでるのに1つだけはっきりと見えるものもある」


「見えるもの?」


「うん。夫がね、ニコルがね、目の前にいるんだ。迎えに来たのかな?」


「………そうか」


「あぁ…ニコル」


ケイティはそう言うと虚空に向けて手を延ばした。

ニックは延された手の延長線上を見てみるが、そこには何もない。


「迎えに来てくれたの?………ふふ、そうね。うん、ありがとう。

え?新婚旅行?今から?

いいね、新婚旅行。何処に行く?………楽園?

あんな偽物の楽園じゃなくて本物の楽園に、か。ロマンチックね」


ケイティは小声でブツブツと何かを言い始め、ニックは本格的に死ぬ間際だと悟った。

生きている内に殺すべきだろう。そう判断したニックは銃口をケイティに向ける。


同時に図ったようなタイミングでケイティが顔を上げる。

その顔は先程見せた絞り出した笑顔ではなく、本当の意味での満面の笑みだった。

恐らくは幻の夫に向けているのたろうが、ニックは一瞬だけ自分の向けられているのではという錯覚に陥ってしまう。


「………」


だが、すぐに冷静に戻ったニックはケイティの額を狙って銃を撃った。

銃弾はケイティの頭を破壊し、呆気無くケイティは息絶える。

最期の瞬間まで笑顔は保ったままだった。


「………ハァ」


ニックはため息を吐いてズルズルとその場に座り込んだ。


「まさか………夫婦共に俺が殺すとは。何が起きるかわからないもんだ」


ふと、周りを見渡せば音楽は止まったのに大量のゾンビがこちらに押しかけてきている。

一人でこのゾンビを相手に切り抜けるのは不可能だろうし、可能でもやる気はなかった。


「いいねぇ、夫婦揃って死ぬ時はお互いのことを思うなんて。

羨ましい。俺もそんな妻が欲しかったな」


ニックは持っていた銃を自分の頭に突き付ける。


「天国に行ければあの夫婦の行く末を見守るとするか。

そして、いい女を見つけてゴールイン。幸せな死後を過ごしましたとさ。

…死ぬってのも悪くない」


ニックはその言葉を最後に銃の引き金を引き、辺りに銃声が響き、残された2つの死体には次々とゾンビが群がっていった。


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