第33話
「クソッ!クソクソクソ!」
ジャックは止まってしまったバスのアクセルペダルを無駄だとわかっていても何度も何度も思いっきり踏みつけていた。
その度にタイヤが地面と擦れる音が聞こえるだけでバスが進むことはない。
「どうすんだよ、これ!?」
ジャックが苛立った声でがむしゃらに叫ぶが聞いているのは周囲を囲むゾンビだけだ。
とりあえず自分の身を守るために運転席に乗り込んてくる最低限のゾンビを倒しつつ、バスの前に溜まってるゾンビを撃っていく。
だが、一人ではとても対処できる数ではなく、むしろ増えてるペースの方が早かった。
「おい、デニス!何やってんだ!?こっち手伝えよ!」
いつの間にかなくなっていた後方からの支援に気付いてジャックが叫びながら後ろを振り向く。
すると、何故か屋根から銃撃を受けてる後方車両の様子が目に入った。
屋根の上にいるであろう人物は狙いを定めずに乱射しているようだが、後方車両にいる人々はゾンビだらけの外に逃げるわけにもいかず、逃げ場のないバスの中で成す術もなく銃弾の餌食になる。
「何事だよ、おい!」
バス内の人々も屋根の上にいる相手に対して反撃を行うが、足音や銃弾の位置から大まかの位置を推測はできるが、動き回る見えない相手を撃つのは簡単なことではない。
そして何より周囲の仲間が次々と撃ち殺され、銃弾から逃れようとバスの外側に向かえばゾンビに噛み付かれるという状況でデニスを含めて冷静に行動をできる者はいなかった。
だが、この中で最も冷静さを維持していたジャックは屋根の上にいる者がある場所に向かってきていると推測することができた。
銃撃を避けるためか、不規則な動きをしているため早くはないがバスの前方、つまりはジャックのいる運転席の方に向かって来ている。
屋根の上にいる者の正確な目的などジャックにはわからないが、ただ1つ確実なのは敵であるということだ。
このまま銃を乱射し続けてもバスにいる人々を殲滅できるだろうが、バス内から無作為に放たれる銃弾に命中しないとは言い切れない。
そして、何らかの方法でバスがゾンビの包囲網から逃れないとも言い切れない。
なので、念には念を入れて運転手を排そうとしているのだろう。
運転席に座るためにはバスの外を通らなければならず、ゾンビに囲まれている現状では運転席までの短い距離を生きて到達するのも至難である。
「クソッ、俺が何したって言うんだ!」
屋根の上を走る足音を聞いて近づいてきたタイミングで返り討ちにするしかない。
そう思い、上から聞こえる音に集中しようとするが、運転席に群がるゾンビはそんな集中力を乱していく。
「邪魔だ!どっか行け、腐れゾンビ!」
苛立つままに声を上げ、寄ってくるゾンビの頭を銃で撃ち抜く。
一先ず近くにいたゾンビを片付けて、再び上方に意識を戻すと、先程まで近づいてくるように聞こえてきた足音がすぐ真上から聞こえてきた。
「ざけやがって!」
ジャックのは運転席を狙える位置に来るまではもう少し時間がかかると見立てていた。
だが、屋根にいる敵は運転席から銃声が聞こえると同時に運転席に入り込もうとしたゾンビが撃たれるのを屋根の上から見ていたのだ。
今までは不規則な動きをしていたので進みが遅かったが、運転手がゾンビの相手をしていると判断した敵は一直線に運転席に向かって来てしまった。
ジャックはすぐ真上にまで来ていることに気が付き、慌ててゾンビに向けていた銃口を天井に上げようとする。
だが、ジャックからは見えないが敵はすでに運転席があるであろう位置に銃を向け、引き金を引く直前だった。
そして、ジャックが撃つよりも早く一発の銃声がジャックの耳に入る。
一瞬、ジャックは自分が撃たれたのかと思ったが、銃声は上からではなくバスの外から聞こえてきた。
バスの後方から何発もの銃声が響き続けているのに、何故かバスの少し離れた所から聞こえてきたその銃声をはっきりと聞き取れたのだ。
さらに、その銃声が聞こえると同時に屋根の上に何かが落ちるような音と人のような大きさの物がトラックの横に落ちるのが視界の隅に映った。
すぐにその人のような物にゾンビが覆い尽くすように群がったので、姿を見ることはできなかったがタイミングからして屋根の上にいた人物だろう。
ジャックが銃声のした方向に視線を向けてみて、初めて近くにトラックが転倒していることに気が付いた。
こちらに銃を向けている男には見覚えはないが、転倒しているトラックの運転席にいる女性には見覚えがある。
「………ケイティ?」
すると、トラックから大音量の音楽がバスの方まで響き渡った。
この状況で銃声と同じぐらいの音量を常時垂れ流せばゾンビが寄ってくることがわからないはずない。
現にバスの周囲にいるゾンビが次々とより大きな音がするトラックの方に向かっていた。
ケイティが何を思ってその行動をとっているかはわからないが、どう考えても自分のことを犠牲にジャック達を助けようとしている。
「バ、バカな真似をするな!まだ間に合う!音を止めろ!」
ケイティがゾンビを引き付けていると気が付いたジャックはトラックに向かって叫ぶ。
だが、大音量の音楽に掻き消されてその叫び声がケイティの耳に届くことはない。
それでも、ジャックはケイティに向けて叫び続けた。
「バスに乗れ、ケイティ!ゾンビはトラックに引きつけられんだ!なんとかしてこっち来い!」
「おい、ジャック!よくわかんないけど助かりそうなんだ!あんまり大声を出すな!ゾンビが来るだろ!」
叫び続けるジャックに業を煮やしたデニスが制止を呼びかけるが、ジャックは無視して叫び続ける。
そんなジャックの想いが通じたのか、クラクションを駄目押しとばかりに押し続けていたケイティが顔を上げてジャックと目を合した。
「!おい、ケイティ!」
「だから、いい加減にしろ!そろそろ、ゾンビの数も減ってきたし、バスを出せ!」
「見捨てろって言うのか!」
「あの女が勝手にやってることだ!あの女の気持ちも無駄にしないためにも、とっとと出せ!」
「うるせぇ!また死なせるのか!諦めないって決めたんだ!」
「何を言ってるかわからないけど、知らねぇよ!お前の変な信念で俺達を殺す気か!
俺達が死ぬ所を散々見ただろ!知り合いが死にそうだからってわがまま言うなや、オイ!」
ジャックはデニスと言い争い、自然とその表情を険しくしていきながらも、視線はケイティと合わせたままだ。
一方のケイティは目を合わせたまま考えるような固い表情をしていたかと思うと、唐突に満面の笑みになった。
「…ケイティ?」
突然の笑顔にジャックは戸惑うが、ケイティはそんなジャックに袖を捲って自分の腕を見せる。
そこには深い噛み傷のような痕があった。
「………諦めろと?手遅れだから諦めろと?」
その傷を見たジャックは小さく呟く。
その呟きはケイティにもデニスにも聞こえることはなかった。
「………」
数瞬の間、デニスは真剣な表情で何かを考えていたかと思うと、ずっと外すことがなかった視線をケイティから外した。
そして、何も言わずにバスを発進させた。
「………わかってくれたなら…それでいい」
ケイティを見ていなかったデニスはジャックの心変わりの理由がわからず、どこか不服そうだったが、下手な事は言わないようにとすぐに引き下がった。
ジャックはそんなデニスに気が付かず、バスを運転しながら考え事にふけっている。
(…諦めるしかない。ダグラスもケイティも諦めるしかなかったのか?
いや、違う。俺はこの牧場で何もしていない!
ダグラスやデニスの言う事をホイホイ従っていただけだ!諦めざるえない状況になるまで俺は指を咥えてたんだ!
行動だ。待っていても奇跡は起こらない。
諦めないと口で言うだけなら誰でもできる。だが、黙って突っ立って諦めてないって言ってるだけなら、それは諦めてるのと同じだ。
本当に諦めないなら行動すべきだ。誰かに従うのではなく、自分から動くべきだ!)




