第31話
ゾンビの群れを器用に避けながらバイクはバスに向かってくる。
たったの一台。
さっきまで集団を相手にしていたデニスにとっては向かってくる一台のバイクは周囲を囲むゾンビと比べたら脅威でも何でもない。
「チッ、大げさに騒ぐな!とっとと撃ち殺せ!」
「は、はい!」
デニスが苛立った声を出すと、仲間は慌てて銃を構える。
だが、向かってくる一台のバイクはそのタイミングを見計らったかのように前輪を宙に浮かべて後輪のみで走るいわゆるウィリーをし始めた。
進行方向にあるバスに乗ってる人達からはバイクの車体に遮られて運転手の姿が見えなくなる。
「デ、デニスさん!どうします!?隠れられちゃいましたよ!」
「あの状態でバイクに銃撃を受けたらバランスを保てるわけがない!それに足は無防備だ!
だいたいウィリーでこの数のゾンビを切り抜けるわけがない!
そのぐらいは自分で考えろ!」
「す、すいません!」
謝罪の声が聞こえると同時に銃声が響き渡り、次々と銃弾がバイクに撃ち込まれる。
デニスはこれですぐにバイクは転倒するだろうと思っていた。
だが、バイクは転倒することなくウィリーのままバスに向かってくる。
バイクの車体に銃弾を浴びるように撃ち込まれながらもバランスを崩さずにバイクは進み続けた。
さらに、運転手は銃弾が当たらないようにか足をバイクの内側に、座席の上の座り込むような姿勢で運転している。
つまり、このバイクの運転手はとても運転するには向かない体勢をしながら、ウィリーという技術が必要とされる走行をしているのだ。
それだけではなく、車体に銃撃を受けながらもウィリーをその体勢のまま維持し、さらに複数のゾンビを軽やかに避けながら進んでいる。
「………化け物か」
その様子をバスから見ていたデニスがついそんな声を漏らしてしまうが、それも無理はない。
それだけ、あのバイクの運転手は異常な存在なのだ。
「………ッウ!あ、あのバイクを近づけるな!殺せ!」
現実味のない光景にぼんやりとしてしまっていたデニスだったが、バイクは自分達の敵であることを思い出すと、急に恐怖感に苛まれ、恐怖のままに叫び声を出す。
恐怖を感じているのは他の者達も同様で、デニスに言われるまでもなくバイクの運転手を殺すべく乱射していた。
だが、バイクは止まることなく、その距離を確実に縮めている。
「………落ち着け。あの状態じゃこちらに攻撃できない。
やつが攻撃する時に必ず姿を現す。そこを狙え」
自分の恐怖が周囲に伝播していることに気が付いたデニスは可能な限り落ち着いた声を出す。
仲間達もリーダーの冷静な声に安心したのか乱射するのを止め、確実に仕留めるためにその時を待った。
襲ってくるゾンビを対処しつつもその時を見逃さないようにと迫ってくるバイクを集中して観察していたデニスだったが、あることに気が付く。
(待てよ………こいつはなぜわざわざこんな所に戻ってきた?
他のバイクはゾンビの数が増えると早々と逃げていったのにわざわざ一人でこんな所になぜ?
俺は奴らの目的は俺達をこの牧場から追い出すことが可能性としては最も濃厚だと考えていた。
現に奴らは深追いしてくることはなかった。
恐らく奴らは俺達が外に向かってると気が付き、去って行ったのだろう。
もし、俺達に何かしらの恨みがあったとしてもこのゾンビの数から放っておいてもゾンビの餌食になることはすぐわかる。
出口付近のゾンビが極端に少ないことなど奴らには知る由もないし、少なくてもこの通り大ピンチに陥っている。
じゃあ、全滅が確定した俺達を一人で追ってくる理由はなんだ?
俺達が万が一でも外に生きて出ることを防ぐため?
いや、それなら俺達の現状を確認したらすぐにさっていくはずだ。
だとしたら………俺達への恨みが強すぎてゾンビではなく、自ら手をくだしたいとか?
そんなに恨まれる覚えはないが、ここにはショッピングモールから大量の人間がやってきている。
その中の一人が何かしたのか?
………奴はあのバイク集団の中でもかなりの人望がある人間だとしよう。
そして、奴自身または奴の大切な者がショッピングモールから牧場に来た誰かに何かをされた。
その命に変えてでも復讐したいと思わせる何かを。
その怒りの矛先は我々に向き、人望のあった奴の復讐に他の連中が協力をした。
他の連中の恨みはそこまで強くないため、全滅するであろう俺達のことを深追いすることはない。
だが、奴は違う。
ゾンビなどではなく、その手で復讐を果たしたかった。
信号弾から離れた位置にいた奴は合流が遅れ、合流した仲間に事の顛末を聞いた結果………一人で向かってきた。
これなら全ての説明がつく。
そして、問題はここからだ。
自らの命を顧みない復讐にやって来た奴が何をするつもりか?
バカ正直に正面から銃撃戦しても一人じゃ敵わないことはすぐにわかるはずだ。
なら、何をするか?
簡単だ。自らの命を犠牲に俺達を葬ることが出来る単純な手段がある。
自爆だ。
あの野郎は突っ込んで自爆する気だ!)
自爆という考えに至ったデニスだが、その可能性に気づいた時には既にすぐそこまでバイクは迫っていた。
デニスは仲間を落ち着かせるために装っていた冷静さを失くし、焦った叫び声を出す。
「ぜッ、全員下がれ!」
「デニスさん?どうしたんですか急に?」
「いいから下がれ!できるだけ前に!」
だが、デニスの懇願は意味をなさずに、バイクはバスの後方車両の先に勢い良く突っ込んだ。
突っ込んだバイクはそのままバスに乗り上げ、後方車両にいた人々を吹き飛ばしながらバスの中で止まった。
バス内の視線がバイクに集中する中、バイクの運転手と思わしき姿はどこにもない。
「ふ、伏せろ!爆発するぞ!」
デニスがそんな叫び声に反応して皆がその身を低くするが、いつまで経っても爆発する気配はない。
「………あの、デニスさん?ばくはッァ」
そんなデニスに叫び声のことを聞こうとした人物の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
突如として上方から銃声が響くと同時に銃弾がバスの薄い天井を突き破り、その人物の頭を撃ち抜いたからだ。
突然の出来事に皆が絶句する中、天井から足音と思わしき音と銃声が間髪入れずに響き始める。
そして、銃声が響くたびに銃弾がバスの中に撃ち込まれ、誰かが犠牲になっていく。
「…上だ」
デニスは次々と死んでいく仲間からバスの天井へと視線を移した。
その目は忌々しそうに天井を睨んでいる。
「あの化け物!突っ込んてくる直前に上に跳び乗りやがった!」




