第30話
「状況は?」
「あっ、遅いっすよ。もう終わりましたよ」
「すまんすまん、ちょっと遠くにいて。
で、何の信号弾だ?」
バイク集団を取り仕切る男は上空に撃たれた煙を確認して、その場に向かってみると離れたところに仲間がかたまっているのを見つけた。
仲間の元に近寄り、何があったのかを尋ねると、仲間はばつが悪そうに頬をかく。
「いや、それが………奴らが集団でいまして」
「集団?どこにいるんだ、見当たらないが?
終わったっていうのは殲滅したということか?」
「えっと、そのですね…やたら遅いバスに乗ってたんですけど、そのぉ、奴ら西に…向かってまして。
ゾンビの数が増えてきたんで仕方なく撤退しました」
「…逃げたのか?」
「に、逃げたわけじゃないですよ!
ただ、あのゾンビを掻い潜りながら奴らとドンパチするにはあまりにも危険すぎるんで!」
「危険だから逃げた。違うか?」
「………ち、違いません。確かにそうです!でも奴ら西に向かったんですよ!
多分、西から牧場を出ようとしてるんでしょうけど、あの様子じゃ放っておいてもゾンビにやられます!
深追いするのは無意味じゃないですか!」
「………はぁ。わかった、もういい。お前らはここに残れ」
バイク集団のリーダーはそう言うと止めていたバンクのエンジンを再びかけた。
そんなリーダーの行動に周囲の仲間が焦ったような声を出す。
「ま、まさか行くんですか!西に!
危険です!放っておいたら全滅するだろうし、放っておけばいいじゃないですか!」
「俺はここに戦いに来た。命尽きるまで戦いに来たのに危険だからってゾンビに任せて引けるわけないだろ」
「………わ、わかりました!なら!俺らも行きます!」
「来るな」
それでも付いて行く。
仲間達はそう引き下がろうとしたが、リーダーが鋭い視線で無理やり黙らせた。
「今回の件ではっきりした。
俺はここに死に場所を求めてきたが、お前らはまだ生きたいようだ」
睨まれるて怖気つく仲間達に何処か寂しそうにリーダーがそう言った。
仲間達は何か言わなければと口をわなわなと動かすが、言葉が出てくることはない。
「我儘に付き合わせて悪かったな。お前らもこれで俺から解放されるわけだ。
じゃあな。俺は最期の瞬間まで戦ってくる。見届け人がいないのが残念だ」
そう言い残したリーダーはバイクを発進させ、西に向かった。
仲間達は名残惜しそうに手を延ばすだけで付いて行く者は誰もいない。
常に集団を築いていたリーダーは初めての孤軍奮闘をすべく、死地へと止まることなく進み続ける。
デニスは天は自分に味方している、そう確信していた。
ゾンビの数が増えることにより襲いかかってくるバイクは逃げていったが、想像より多いゾンビの数に西側の出口から出るのは不可能だと考えていた。
だが、いざ出口に辿り着いてみると想像を遥かに下回る数のゾンビしかいない。
理由はわからないが、不自然なほどに出口にだけゾンビの数が少ない。
まるで、ついさっき何かが出口を通過したかのようだった。
こんなチャンスを逃す訳にはいかない。
そう思ったデニスは運転席に向かって叫んだ。
「ジャック!このまま突っ込めぇ!」
「わかってる!」
バスは遅いが出せる限界の速度で出口へと向かう。
バスの動きに満足すると、今度はバスに乗っているバイク集団との銃撃戦を切り抜けた者達の方に声をかける。
「いいか!最終決戦だ!ついにこの牧場ともおさらばだ!
バスの前に溜まるゾンビを集中的に狙い、バスの進路を確保する!」
デニスが叫ぶとバス中にうおおおおという雄叫びが上がる。
ここを抜ければ脱出ということもあり士気も高まっていた。
いける、これならいける。
少し前まで絶望に染まっていたデニスの心に再び希望が差しこんでくる。
だが、デニスは同じ過ちを繰り返していることに気づいてなかった。
再びデニスは自分に都合のいいように物事を考えていたのだ。
バスは全速で出口に突っ込むが、通常より少ないというだけでゾンビの数は少ないわけではない。
トラックなどと違い、このバスではゾンビを轢いても弾き飛ばすことが出来ずにどんどんと前方にゾンビが溜まっていった。
もちろんデニス達も出来る限り前方に溜まるゾンビに銃撃による攻撃を行うが、バスの構造上の理由で前方への弾幕はどうしても薄くなってしまう。
結果、ゾンビが溜まっていくスピードの方が勝り、ただでさえ遅いバスがどんどんとスピードを落としていく。
さらに、悪循環は続き前方に気を取られることにより他の方向から来るゾンビの対応が疎かになっていた。
そして、遂にバスは動きを完全に止め、周囲にはゾンビが迫り来る羽目になってしまう。
一瞬だった。
全てが順調だと思われていたのに一瞬で絶体絶命の状態まで追いやられた。
「デ、デニスさん!どうするんですか!」
左右からバスに乗り込もうとするゾンビを撃ち殺しながらもそんな声がバスの至る所で湧き上がる。
「し、死守だ!死守!
ゾンビをバスに乗り込ませるな!」
苦し紛れにそう叫ぶが、それが何の解決策にもなっていないことはデニス自身がよくわかっていた。
だが、今はこうするしかない。
そんなデニスに追い討ちをかけるようにバスの後方から悲鳴のような声が上がる。
「な、なんだ!おい!」
「デニスさん!後ろからバイクが!」
デニスが苛立った様子で後方に視線を向けると、1台のバイクがこちらに向かってきていた。




