第27話
牧場内を走るおもちゃのようなバスの目的地はデニスの提案した西側の出口となった。
牧場作戦の立案者とはいえ、いきなり現れてリーダー面するデニスを快く思ってない人は少なくない。
だが、頭では現状においてデニスの案が最も生存率が高いのは理解しており、不満そうな顔をするだけで従順ではあった。
デニス自身も新しい同行者にいちいち媚を売るつもりはない。
どうせ、生きて牧場を出られるのは少数しかいないのだ。仲間に引き入れるなら牧場を出てからショッピングモールまでの道中に時間はあると考えていた。
「いたぞ、バイクだ!後方に1台!」
デニスがぼんやりと今後のことを考えているとバスの中にそんな焦った声が響いた。バス中の人々が叫んだ人物の見る方角に視線を向ければ、遠いが確かに1台のバイクが停まっている。
「どうする!?撃つか!?」
「バカ!この距離を当てられんのか!?」
「よく見えない………こっちには気付いてんのか?」
「こんなトロいくせに図体のでかいバスを気付かないわけないだろ。先手必勝。射撃に自信ある奴いないのか?」
「待て待て待て、気付いてないって判断するには早いだろ!気付いてたら突っ込んでくるだろ!?気付いてないのにむざむざ撃って気付かせることだけは避けるべきだ」
「誰か双眼鏡とかスコープとか持ってないのか!?」
「気付いてなきゃ、あんなぼけっとしてないだろ。あいつはこっちの様子をうかがってるんだ」
バイクを確認するとざわざわとバスの中が騒がしくなる。
デニスはそんな様子を少し離れた位置で眺めた後に例にならって自分もバイクの方を向いた。
かなり遠いが確かにバイクらしき物とそれに跨がる人物がいる。
(………あれは、気付いてるだろうな。
普通に考えてこんなバスを見つけて一人でバカみたいに突っ込んでくるわけがない。
あいつはまず仲間を集めようとする。なら、他の仲間に知られる前に殺すべきか?
だが、この距離。こちらの装備と能力では奴に弾は当てられない。近付くか?
それはかなりのタイムロスになる。
成功すれば効果はでかいが失敗した時のリスクが高いな。
なら、あいつに構わずにとっととこの場を離れるべきか。
だが、後で仲間を引き連れて総力戦になる危険も。総力戦となれば、こちらの分が悪い。
やはり仲間内の連絡手段が無いものと仮定して見つけ次第に各個撃破していくか。
それが成功するのが一番安全だが、無線か何かを持っていたら既に手遅れということも………いや、考えても仕方ない。遅かれ早かれバイクとの戦闘は避けられない。
考えるべきは多く生き残ることじゃなく、最低限の人数が生き残ることだ。
なら、賭けに出る必要はない。最も無難な案でいい。
無駄な寄り道をせずに真っ直ぐと牧場をでる。それがべター)
デニスが考えをまとめると軽く手を叩いた。何の脈絡もない行動だったが、これまで騒がしかったバス内がそれをきっかけにシンと静まる。
「無視しろ。どうせこの後に文字通り死ぬほど見ることになる」
「いや、もし仲間に連絡してたら」
「じゃあ、引き返すか?進行方向の逆にいるあいつを殺すのは時間の無駄だ。
1秒でも早く牧場から出ることを優先とする。あいつらの目的はわからんが牧場の外にまで追ってくることはないだろう」
「なぜ、そう言い切れる?」
「頑なにバイクを降りようとしないからだ。
あの数と武器なら俺らが乗ってきたトラックを奪うことはそう難しくないはずなのに今だにバイクを乗り回している。
バイクは逃げるだけなら小回りもきくしいいかもしれないが、牧場からの脱出するのに使うのは相性が悪い。
あいつらがバイクに拘るのは東側を確保してるか………出る気がないかってところか」
「出る気がないってどういうことだよ?」
「知らん。目的もわからないから適当なこと言ってるだけだ。俺達からすればあいつらはいきなり襲ってきた殺人鬼集団。
ごちゃごちゃ考えるだけ時間の無駄だ………それに、あいつらは無駄な時間を与える気はないようだ。
関係ないこと考えてると死ぬぞ」
デニスが鋭くした目が見る先は先程から注目の的である、こちらの様子をうかがっているバイクがいた。
いや、デニスが見ていたのは正確にはそのバイクから上空に伸びる煙だ。
一本の煙がバイクから上空に向かって天高く柱を作っている。大きな音は発しなかったので牧場中のゾンビを集めたりすることはないだろうが、意思の持った人間は違う。
デニスは興味深そうにその煙を見上げ、他の人々は困惑した様子でオドオドとしていた。
「おい、あれって」
「信号弾ってやつだろ!?マズイって仲間に知らせたんだ!」
「せ、戦闘準備!あいつらが来るぞ!」
慌てたように銃を構え始める人々と違いデニスには気掛かりなことがあった。
それは、バイクが信号弾を撃ったということだ。
当たり前だが信号弾を撃ったということは信号弾を持っており、それを撃ち出すための特殊な銃を持っているということだ。
デニスは信号弾について詳しく知っているわけではないが、少なくとも一般人が気軽に持っている物ではない。
たまたまこのバスを見つけた人物が持っていたとも考えにくい。
ということは、牧場にいるバイクほぼ全員がこれらの装備を持っていたということだ。
そうでなければ、信号弾の意味がない。
それには大量の信号弾と信号拳銃が必要となるが、それがある場所は限られる。
だが、デニスが目にしてきたバイク達はとてもそれらが手に入れられる職業についているとは思えなかった。
1つや2つなら見つけられるかもしれないが、大量の信号弾と信号拳銃をゾンビが発生してからの短期間で手に入れようと思ったら、何かしらの軍事施設ぐらいしかない。
デニスはそこまで考えてある結論に至る。
あのバイク達は保護を求めて軍事施設に向かったが、そこはすでに軍としての指揮系統を失っていた。
もし、軍が機能していればここにいるわけがない。
保護を拒否されたとも考えられるが、それだと装備を手に入れてられたことが説明できない。
もぬけの殻で信号弾ぐらいしか装備が残ってなかったか、碌な抵抗もできずに軍事施設が壊滅したかはわからないが、1つだけ確かなのは軍がこの事態をあっさりと解決できるわけではないということだ。
「………いや、今はどうでもいいことだ」
「デニスさん?何か言いました?」
「なんでもない」
デニスは小さくため息を吐いた後にチラリと周囲を見渡した。
まだ信号弾を撃った人物以外のバイクは見当たらないが、バスの中の人々は狼狽えるばかりで、このままだといずれバイクの餌食になるだろう。
デニスはめんどくさいと心中で呟いてからバス内に声を響かせた。
「ハァ………怖じけるな!いいか!?今から起きるのは戦争だ!
逃げ場はない!バスを降りれば死ぬ!戦わなければ死ぬ!なら戦え!
敵はなんて事ない、ただの珍走団だ!戦いにおいて守る方が圧倒的に有利!簡単だ!近付いてくる奴を撃ち返せばいい!
それだけだ!奴らはゾンビとは違って頭を狙う必要はない!体のどこかに当てればいい、何ならバイクでもいい!当てさえすればいいんだ!
強くない!決して強くない!
だから!だか、…ら……………す、すまん、興奮した。
俺が言いたいことは単純だ。敵は強くないが我々が団結しなければ勝てる戦いも勝てない。
やらなければ死ぬなら全力でやろう。
俺はただ仲間が死ぬ所をあまり見たくないんだ。頼む、戦ってくれ」
すると、デニスは深々と頭を下げた。今まであまり友好的とはいえないような態度をとってきたデニスが急に下手に出たのだ。
人々は困惑し、バスの中がしばらく静寂に包まれる。
「………そ、そうだな。やらなきゃ、やられる。ならやるしかないな」
「あ、あぁ。確かに」
「やってやるか」
しばらくするとポツリポツリとどこか照れたような声が辺りに洩れ始める。
そして、先程までの狼狽えるばかりだったとても戦力になりえないような人々の顔付きが真剣なものへと変貌していた。
士気が高いとは言えないが、先程までの碌に戦えず誰かが死ぬと同時に泣きながら命乞いを始めそうな状態よりかはよっぽどいい。
今なら少なくとも戦えはする。仲間が死ぬとそれを鼓舞にするぐらいの団結力もある。
(だが、それでもギリギリだ。全滅しないギリギリのライン。
生き残れるのはごく僅かだろう。出来ればもう少し士気を高めたいが、そんな時間はない。今出来る最低限のことはした。これで死ぬなら俺もそこまでということ。さて………何人生き残れるか)
デニスの視線の先には先程までは1台しかいなかったはずのバイクが数台に増えて、こちらに向かって来ていた。
今はまだ数台だが、その数はどんどん増えていくだろう。
「総力戦だ!死にたくなければ全力で迎え撃て!」
そうデニスが叫ぶのをきっかけにバス内で複数の雄叫びが上がり、持っていた銃口を向かってくるバイクに向ける。
だが、バイクは止まることなく突き進む。
「撃てぇぇぇぇぇ!」
デニスの叫びを合図に一斉に銃弾がばら撒くように撃ち放たれる。




