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第24話

管理棟にいるダグラスを除いた全ての人々は一箇所に集まっていた。

その顔付きは引き締まっており、まるでこれから戦場に向かうようだ。

そして、あながちそれは間違っていない。今からゾンビやバイクの群れを突っ切り、たいした性能はないとわかりきっているバスを回収しにいくのだ。


「…行くぞ」


ジャックがそう声をかけると、周囲は神妙な面持ちのまま頷く。

どうやら、全員覚悟を決めたようだ。そのことを確認したジャックは目の前にある扉を開き、外に飛び出し、その後に人々が次々と続く。

一人でも多くの命をショッピングモールに戻すためにも、自ら最も危険の役割を引き受けてくれたダグラスに報えるためにもジャックは全力を尽くそうとしていた。













一方のダグラスはたった一人で管理棟の横にあるタンクローリーに乗り込んでいた。

ここから見ることはできないが、今頃はジャック達は命懸けでバスの元に向かっているのだろう。

そして、バスを奪い取るとダグラスがタンクローリーを爆破するのを今か今かと待つであろう。

そんなジャックのことを考えるとダグラスは込み上げてくる笑いが堪えることができなかった。


「ハハッ、ハハハハハッ!アハハハハ!なんだあいつら!?人を疑うってことを知らないのか!?

どう考えても、どう考えても、この作戦に最大の不備があるだろ!?誰も俺が爆破なんかさせずにこのタンクローリーでショッピングモールに戻るとは考えないのかよ、ウケる!

せいぜいしょぼいバスの中で、きもしない爆発に心をときめかせてな!


じゃあな、ジャック!

お前のその諦めない心とやら夫婦愛とやらの力でショッピングモールに戻ってくるのを楽しみに待ってるぞ!

俺もその滑稽な茶番劇を間近で見れなくなるのは淋しいからな!

ハハッ、ハハハハハッ!あーくそ!喉痛い」


ダグラスは笑い過ぎたせいで乱れた息を整えながらタンクローリーのエンジンをかける。

エンジンがかかると同時に始まる揺れに心地よさを感じながらダグラスは執拗にも込み上がろうとする笑いを必死に抑えこむ。


「あばよ、ジャック。諦めずに頑張れ」


ダグラスは聞こえもしないのにジャックに激励の言葉を残すと、タンクローリーを発進させた。

ダグラスがアクセルを踏み込むと、タンクローリーの巨体がどんどんと加速していく。

この巨体とスピードなら問題なくゾンビを蹴散らして牧場の外に出ることができるだろう。

全てが順調に進んでいることにダグラスがほくそ笑んでいると、一つだけ予定外の物が目に入った。


トラックだ。見覚えのあるトラックが一台、ダグラスと同じように猛スピードで牧場南側の出入口に向かっているのだ。

ダグラスの見間違いでなければ、あのトラックはこの牧場に乗り込んだトラックの内の1つ、つまりダグラス達以外の生存者がトラックて同じ出入口で牧場を脱出しようとしていた。


ダグラスが運転するタンクローリーは牧場の出入口の真正面にいるのではなく、正面からやや左にずれた位置にいる。

そのため、最短距離で進もうと思うと自然に出入口に対して斜めになってしまう。

ダグラスが見つけたトラックはダグラスとは逆側、つまり出入口の真正面から右にずれた位置から同じ出入口に向かっていた。

スピードも出入口からの距離もほぼ同じなため、このまま走行すれば、出入口手前で衝突するのは自明だ。

もし、そんなことになれば両者とも大型車なのに加え常識では考えられないスピードを出しているため、無事ではすまないだろう。


だが、ダグラスはそんなこと気にもせずに予定通りの走行を続けた。

まだ、牧場内にトラックが残っていたことは驚きだが、今となってはそんなことどうでもいいことだ。

ダグラスがこうして、トラックに気づいたということは相手方も同じように気がつけるはず。

ならば、相手は気がつき次第に衝突を避けるために何らかの手段を講じるだろう。

そうダグラスは考えていたのだ。


だが、ダグラスは最も単純ながら重要な事柄を考慮していなかった。

それは相手も同じように考えている可能性だ。

普通なら真っ先に考えてもおかしくないが、牧場内から早く出たいという思いや、減速することにより脱出できなくなる可能性などからほぼ無意識の内に相手に先を譲るという選択肢を排除していた。


そして、最悪な事に相手方のトラックの運転手も同じ状態に陥っていた。

二人共、牧場内でゾンビに食い殺されたり、バイクに嬲り殺される人々を少なくない回数見てしまっている。

この牧場という地獄からいち早く脱出したい、そんな思いが2人の運転手の判断力を鈍らせていた。

もちろん、徐々に縮まっていくトラック間の距離に焦りを覚え始めるが、それでも先を譲ることができなかった。


そしてついに、あと少しで牧場から出られるというところで、トラックの先頭同士が接触し、ようやく二人揃って自分の行動の愚かさに気がつく。

だが、もう遅い。トラックは圧倒的な質量を誇るタンクローリーにぶつけられて車体が大きく吹き飛ばされることによりバランスを崩した。

さらに、猛スピードが出ていたことにより、タイヤが地面から離れて勢い良く地面を転がり始めた。


一方のタンクローリーは吹き飛ばされることはなかったが、タイヤがスリップを起こし、ダグラスが何とか立て直そうとハンドルを大きく切るが遠心力に耐え切れずに横転し、地面に叩きつけられ、さらに横滑りするように地面に引きづられていった。

ダグラスは運転席側が地面に向かって倒れてしまったせいで横滑りのさいに片腕が地面に巻き込まれ、千切れはしなかったものの体にくっついているのが不思議なぐらいズタボロにされてしまう。


「イグッ…アッ、マァ、ジかよ。クソがぁ」


全身至る所が痛む中、なんとか立ち上がろうと無事な方の腕をすぐ横にある地面につき、ダグラスはある違和感に気がついた。

地面がべとつくのだ。ダグラスはついた腕を離して、手の平についた物を眺める。


「…なんだ、これ?ガソリンか?」


手に付いた物は液体でダグラスには何なのかはわからないが、油の一種であることだけはわかった。

地面に倒れた際にタンクローリーの荷台から漏れたものかどうかはわからないが火を付ければタンクローリーを爆破することができるだろう。

ダグラスの認識が正しければこのタンクローリーは牧場の外ではなく、中にあるはずだ。

もともと外で爆破してゾンビを誘導する予定だったタンクローリーが中で爆破されればどうなるかは想像に容易い。


「………予定変更だ、ジャック。

ショッピングモールであんたの帰りを待つつもりだったが、その先であんたの帰りを待たせてもらうよ。

諦めなかった結果とやらをあんたの口から聞けることを楽しみにしてるぞ」


ダグラスがライターを取り出すと、そのライターに火を灯してから、ライターを手放した。

地球の重力に従い落ちていくライターはダグラスの目には非常にゆっくりに見えていた。


これが、極限状況ってやつか。

そうぼんやりと考えるダグラスの頭に浮かんでくるのを死んでいった家族の顔だった。

金持ちで世間体ばかり気にする両親に、金に不自由せずに無駄にプライドの高い兄弟姉妹、金目当てによってきた妻。

全てがダグラスを縛りつけているものだ。

最期まで醜い姿を晒していた家族の姿を走馬灯のように思い出してダグラスはようやく理解した。自分がジャックを気にくわなかった理由を。


(そうか…これは、嫉妬………いや、未練か)


全てを理解すると同時にライターは地面に落ち、あっという間に引火した。

タンクローリーはダグラスごと激しく爆炎と爆音を周囲に撒き散らしながら爆発した。


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