第23話
「我々がいるのはここ。管理棟って書いている所だ。
そして、バスがあるのはこの建物の中だ。地図じゃわかりにくいかも知れないが、距離もさほど離れていない。この建物まで強引にでも突破する。
そして、ここにあるバスを使って管理棟のすぐ南にある出入口から外に出る。
いいか?」
ジャックが机の上に地図を広げて、その地図を使って説明していた。
その説明を受けるのはダグラスを含む管理棟にいる人々。人々が食い入るように地図を覗き込むみながら説明を聞き、まだ見ぬバスに希望を感じて目を光らせる。
先程までお通夜会場のような暗い表情を見せていた人々がようやく示された道に表情を明るくする。
そんな中で一人だけ顔をしかめてる人物がいた。
何か言いたそうにしているが、周りの人物達が顔を輝かせるのを見て言い出せないようだ。
その様子に気が付いたジャックがその暗い表情の人物に声をかけた。
「…どうした?何か問題が」
声をかけると、周囲の視線がその人物に向く。
相変わらず暗い表情のまま集まる視線に困惑しつつも、観念して話し始めた。
「そのバスなんだがな………さっき資料を見つけたんだ」
「資料?」
「あぁ。バスの管理費とかいろいろ載ってる資料。そのバスのスペックも載ってたんだが、君達が想像しているようなバスではない」
「………というと?」
「園内バス、遊園地とかによくあるおもちゃみたいなバスだ。牧場内をゆっくり観光して周ることを目的にしたバスだよ。
スペック上の最高時速は20キロ。全力で走れば追い付くスピードだ。
さらに、外を見渡しやすいように窓にはガラスなどついておらず無駄に大きい。こんなもんでゾンビの群れに突っ込んだらどうなるかわかるよな?」
その話を聞いた途端に明るくなっていた人々の表情に再び翳りが出てくる。
だが、せっかくの希望を簡単に手放すことができずに食い入るように喋り出す者もいた。
「待て、待て待て!諦めるには早いんじゃないか!?
全力で走れば追い付くスピードって言ったが、外のゾンビは走らないタイプだ!走りもしないし、動物のゾンビもいない、変なクリーチャーも出て来ない!
かなり、優しいパターンのゾンビだ!これなら、そのバスでも充分だろ!」
「それは逃げる時の話だろ。確かにただ移動するだけなら、追い付かれないかもしれないが俺達は牧場の外に出なければならない。
わかるか?牧場を出るにはゾンビがウジャウジャいる所を突っ込まなければならない。
普通のバスやトラックならゾンビを轢き飛ばしながら強引に進めるが、このバスじゃゾンビをせいぜい弾くぐらいだ。
次第にバスの前には弾き切れなかったゾンビが溜まり、徐々に動きも鈍くなる。
そして、最終的にはゾンビの群れのど真ん中でバスは動きを止めることになる。
そしたら、どうなるかわかるよな?」
「なっ、うっ…あっ………いや、牧場の出口は管理棟の裏のだけじゃないだろ!?」
「確認したわけじゃないが、恐らくはどこも似たような状態だろう。
むしろ、この出口が一番マシ。だいたい、このバスで牧場を移動してみろ。バイク供の格好の的だ」
「じゃ、じゃあ!どうにかしてあそこにいるゾンビを排除できれば」
「そんな方法があるならこんな所とっくに立ち去ってる」
「………いや、待て。どうにかできるかもしれない」
言い争う人々を他所に静かに何かを考えていたダグラスが最後にポツリと口にしたセリフにより、騒がしかった場がピタリと静まり返り、次に一斉にダグラスに視線が集中した。
ダグラスは集まった視線に臆せずに堂々たる態度のまま、一人一人の顔をきちんと見回しながら答える。
「管理棟の横にあるタンクローリー。あれの中身を誰か知ってるか?まさか、牛乳じゃないだろうな?」
「………詳しくはわからないけど、建物に入る前に火のマークがあるのを見かけたから可燃性のガスとか液体か何かだと思うが」
「なるほど。とりあえずは問題なしと。なぁ、ジャック。さっきの鍵束の中にタンクローリーの鍵あったよな?」
「確かにあったけど………ダグラス、そろそろ俺達にも説明してくれないか?」
「………いや、ものすごい単純な話だ。
あそこに群れてるゾンビがいなくなればそのおもちゃみたいなバスでも問題なく外に出れるってことだ」
「そんなことはわかってるけど、あそこにはゾンビが文字通り腐る程いる。
まさか、タンクローリーを爆破してゾンビを吹き飛ばそうなんて考えてるのか?
それは無理だぞ。確かにあのタンクローリーが爆発すればかなりの威力だが、残骸が道を塞ぐ。
だいたいタンクローリーの運転手はゾンビのど真ん中からどうやって戻ってくるんだよ?」
「確かにタンクローリーを爆破させようとは考えた。
だが、爆破させる目的はゾンビを吹き飛ばすためじゃない。ゾンビを引き付けるためだ」
「………引き付ける?」
「あのタンクローリーなら問題なく牧場の外に出られる。
そしたら、牧場の外でこのタンクローリーを爆発する。その時の爆発音によってあそこにいるゾンビは外に出ていくって算段だ」
「…もしそれを実行したらあそこにいるゾンビは外に向かうだろう。
だけどな、今度は逆に牧場の中にいるゾンビがあの出入口に押しかけることになる。
結局、あそこには大量のゾンビがいることは変わりない」
「そんなこと俺もわかってる。ゾンビが完全にいなくなる時間を作ることはできないのは承知の上での提案だ。
この辺りは牧場内でもまだゾンビの数がさほど多くない。
もし、爆発を起こせば出入口のゾンビが外に出てから、牧場内のゾンビが集まるまでの僅かにゾンビの数が極端に少なくなる時間があるはずだ。そこを狙う」
「………わからない話じゃない。
だが、希望的観測って言うのか?物事を都合のいいように捉えてる節がある。
そう、上手くいくとは思えない」
「なら、他に案はあるのか?時間が経てば経つほど状況は悪化する。
希望的観測でも今できる最良なら試す他ないんだよ。ここで死ぬのを待つよりかはいいだろ?」
「…わかった。俺も諦めないと決心したばかりだ。
だけど、タンクローリーの運転手は誰がするんだ?牧場の外に飛び出し、タンクローリーを爆破し、バスが来るまで生き延びる。
どう考えても一番危険度が高い。こんなの誰もやりたがらないぞ」
「俺がやる」
「………お前、マジか?」
「俺が言い出しっぺなんだ。ちゃんと責任持ってやる。文句ある奴いるか?」
ダグラスが2人のやり取りをぼんやりと聞いていた人々に声をかけると、まさか話を振られるとは思ってもいなかったのかあたふたとするだけで返事を返す者はいない。
だが、もし冷静だったとしても返事を返す者はいなかっただろう。
一番危険な役割をやってくれると言っているのだ。わざわざ反対する理由もなかった。
「………いないっぽいけど」
ダグラスがジャックに意地の悪い笑顔を向けつつそう言うと、ジャックは深いため息を吐いた。
「わかった。お前の案でいこう」
「そうか。そうと決まったら早いとこ行動するぞ!時間との勝負だ!俺はタンクローリーの準備をする!お前らはバスの方に行け!爆発がしたらタイミングを計って牧場の外に出ろ!
いいか、タイミングが重要だからな!遅過ぎても、早過ぎても一貫の終わりだ!」
ダグラスがそう声をかけると人々が準備を始める。
バスがある建物まで距離があまり離れてないとはいえ、ゾンビやバイク達がいるのだ。気を引き締めなければ命が危ない。
そんな中、ジャックだけが準備をせずにダグラスの方を見続けていた。
「おい、ジャック?どうした?」
「ありがとな…危険な役目を引きつけてくれて」
「牧場に来た時点である程度の覚悟の上だよ」
「あぁ………そういえば、タンクローリーはどうやって爆破するんだ?簡単に爆発するもんじゃないだろ?」
ジャックが軽い気持ちでした問だったが、途端にダグラスの頬が引きつる様に歪んだ。だが、それは一瞬ですぐにダグラスの顔は元に戻った。
「あ、あぁ。それなら、考えがあるんだ。心配するな」
「?………そうか。わかった。死ぬなよ」
「そっちこそ」
そう言って2人はお互いの拳を軽くぶつけた。
そして、笑い合ってからすぐに移動を開始する。ジャックはバス、ダグラスはタンクローリーに向かって、歩き出した。




