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第22話

牧場内にある管理棟は文字通り牧場の全てを管理している建物だ。

牧場の性質上、牧場内にある建物は動物臭くどこか薄汚れ物が多く立ち並ぶ中で管理棟は唯一といっていいぐらい綺麗で近代的な造りをしている。

牧場で直接的な動物の世話する従業員とは違い、スーツに身を包み牧場を運営する役員達の部屋があり、融資をしてくれた金融機関や企業や取引相手などを相手取るための応接室なども存在する関係上だだっ広い牧場の出入口付近に建てられていた。


そんな管理棟に現在いるのはスーツ姿のお偉方ではなく銃火器で武装したきな臭い集団だ。

周囲を取り囲むのは警官などではなく、理性を失ったゾンビとバイクに乗った殺人鬼集団。


牧場内でゾンビなどに襲われ、乗って来たトラックにも置いて行かれた人々は他の薄汚れた建物と違い、頑丈そうな管理棟に押し寄せた。

時間が経つにつれ数を増やすゾンビに焦りながらもどうすることも出来ずに管理棟内の人々は次第に追い詰められていく。


そんな管理棟の隅で呆然と立ちすくむ一人の男がいた。

皆が忙しそうに管理棟を行き来している中で何をするでもなく立っている男に別の一人の男が近づき、わざと相手に聞こえるぐらいのため息を吐くが、立ちすくむ男に反応はない。


「なぁ、ジャック。落ち込むのは構わないが今はそれどころじゃないんだ。愚痴ぐらいならショッピングモールに戻ったらいくらでも聞いてやるから」


妻から渡された手紙を読んでからどこか上の空で様子のおかしいジャックを心配してダグラスが声をかけたが、ジャックは相変わらずぼんやりとしている。

いつゾンビに襲われてもおかしくない現状において今のジャックは簡単に死んでしまいそうで、ダグラスは気が気でなかった。


「………別に落ち込んでない」


「ハァ…お前さ、強がってるのかもしんないけど、どう見ても様子がおかしい。中身を無関係の俺が読むわけにはいかないけど、別れの手紙だったなら奥さんに捨てられたわけじゃない。

今回の牧場みたいに危険なことをして欲しくないという愛情の表れだよ」


「………逆だよ」


「逆?何が?」


「手紙。マイアはわかってるんだよ。引き止めても俺が止まるわけないと。

だから、手紙には何があっても再会を諦めるなと。痛くても、辛くても、その命ある限り諦めるなと。

その代わりに何があってもマイアも再会を諦めない。

ソフィの世話があるから何もできないが、いつまでも待っている、そう書いてあった」


淡々と手紙の内容を語るジャックにダグラスは呆気にとられていた。

てっきり危険なことはするなとかあなたが生きていればそれでいいみたいな内容が書かれていると考えていたのだ。


「不満か?」


呆気にとられているダグラスにジャックはそう声をかけると、ようやくダグラスが我に返った。


「…いや、不満ってわけじゃ。ただ意外だったから」


「俺も意外だったよ。覚悟して手紙を読んだがこっち方面の覚悟はしてなかった」


「しかし、無責任な話だな」


「………無責任?」


「だってそうだろ?自分は何もせずにいるから迎えに来いってことだろ?

娘の世話を言い訳に使ってるだけじゃないか。妙なプレッシャーを与えるだけ与えてのうのうとッ、」


ドンッという壁を殴る音が響き、ダグラスは驚き、紡いでいた言葉を途中で口を閉ざすことで無理やり終えた。


「す、すまん。口が過ぎたよ。奥さんを貶したわけじゃない」


「俺の方もすまん、つい。ダグラスの言ってる事は何も間違っていない。だけどな………」


「だけど?」


「救われたのもまた事実だ。

手紙を読む前に覚悟したんだ。別れを告げられる覚悟を。

あの時は覚悟したつもりだったが今ならわかる。

本当に別れを告げられたら俺はこの牧場で死んでいただろう。生きているだけで満足というのが分からないわけではない。

だが、愛する相手に会えず、様子も分からないというのは想像以上に耐えられるものではない。

疑いたくはないが、本当は新しい男を作ったのではないかと嫌でも考えてしまう。

そして失意に蝕まわれて死んでいくだろう。


だからこそ、うれしかった。

生きてるなら何があっても、是が非でも、会いに来て。生きてるだけじゃ満足しない、自分の隣にいなければ満足しない。

結婚する時に幸せにすると誓った、私はあなたが隣にいないと幸せにはなれない。

手紙にそう書かれていて意表はつかれたが、うれしかった。

俺は愛されていると。今こそ誓いを果たす時だ。

そのためにはこんな所でくたばってる場合じゃない!」


熱く語ったジャックにダグラスはポカーンとしていた。

出会ってから日の浅いダグラスにジャックが思いの丈を語ったのだ。

語り終えたジャックが冷静になったのか、恥ずかしいそうに顔を赤らめ始めるのを眺めながらダグラスは羨ましく思っていた。


ダグラスにも家族がいたが、その家族はゾンビ騒動の中でショッピングモールに辿り着く前に命を落としている。

目の前で死んだ家族にダグラスは悲しみなどは一切なく、あるのは解放感のみだった。

そこでダグラスは家族が重荷になっていることに始めて気がついたのだ。

だからこそ、家族のためにスピーカーに突っ掛かるジャックのことを理解できなかった。


目の前にいるジャックも、その妻も、せっかく別れられたのに諦めていない。

どうせ綺麗事を並べて感動的な別れを演出するのだろうと思い、それを近くから鑑賞しようという魂胆でこの作戦に参加したのだ。

理解ある友人のフリをして心中で嘲笑ってやろうと思っていた。

しかし、いざ蓋を開けてみると再会を諦める様子はない。

自分達が築くことができなかった夫婦愛を築いたジャックとマイアをただただ羨ましく思っていた。


「………俺は見当違いをしていたのか」


「見当違い?何を?」


「いや、なんでもない。それより、だったら何で手紙を読んでから元気なかったんだよ?」


「まぁ、呆気にとられたってのはあるかな。後はどうやって妻と再会しようかと考えていた」


「その前にどうやって生きてショッピングモールに戻るかを考えないとな」


「それなんだが、いつまでここにいるつもりだ?外のゾンビは時間と比例して増えている。早くしないとこの建物から出ることすらできなくなるぞ」


「出た後にどうする気だよ?トラックはほとんど逃げ去った後だ。歩いてショッピングモールに戻るには距離がありすぎる。

そもそも牧場内は広いからゾンビが分散されて、さほど数が多く感じないが牧場の出入口はそうはいかん。狭い道にゾンビが密集している。

もともとトラックで強引に進む予定だったんだ。徒歩じゃ牧場の外にでることも無理だ」


「トラックは本当にないのか?この建物の横に一台停まってたはずだが」


「それはタンクローリーだ。荷台が使えないからこの人数が乗り込むのは不可能。それ以外にめぼしいトラックは見渡せる範囲にはない」


ダグラスはそう言った後にたまたま自分の横にある小さな箱のような物が目に入った。

何気なく開けてみると大量の鍵が一本ずつぶら下がって保管されており、それぞれの鍵の上に何の鍵なのか簡単な説明が書かれたシールが貼られている。

その中に車の鍵のような物がぶら下がっており、シールにはバスとだけ書かれていた。


「………なぁ、ジャック。これ見てくれ」


「どれ?」


「この鍵だ、鍵!」


「鍵?………バスの鍵?何のバスだ?」


「それはわからないが鍵がここにあるってことはそう遠くないところにバスがあるはずだ!」


ジャックは興味がなさそうに鍵を眺めていたが、少しの間鍵を眺めてようやくこの重大性に気が付き目を見開く。


「バスがあれば牧場からでれるじゃねぇか!」


「だからそう言ってるだろ!」


「言ってねぇよ!いや、そんなことどうでもいい!地図!地図を探せ!後、ここにいる連中を全員集めろ!作戦会議だ!」


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