第19話
デニスと同じチームにサイモンという男がいる。
サイモンはスピーカーにより家族を分断された者の一人。
サイモンはデニスの言う家族の再会に期待を込めてデニスの傘下に下ったのだが、デニスと供に行動することによりある事に気がついてしまう。
それは、デニスは決して良い人間と言えないということだ。
デニスは断じて離れ離れになった人々に心を痛めるようなタイプではない。
だからといってスピーカーの支配に嫌気が差したというわけでもない。
なら、デニスは何の為に命を懸けて、多数の人間を巻き込んでまで反逆を企ているのか。
そんなことはデニス本人にしかわからないことで、サイモンには知り用もないことだ。
だが、想像はできる。サイモンの考えではデニスに複雑な思惑などない。
単純明快でわかりやすい一つの理由があるだけだ。
楽しみたい。ショッピングモールの生存者という駒をうまく操り、スピーカーとゲームをしてる。
デニスからしたらその程度の認識だろう。
サイモンがそのことに気がついた時はデニスに従うことが正しいのか自問自答を繰り返した。
だが、思惑はどうであれデニスが家族の再会の場を作ろうとしてるのは間違いない。
ならば、スピーカーではなくデニス側に付くとサイモンは決心したのだ。
そんな決心を思い出すたびにサイモンの心にはある一つの考えが浮かび上がる。
「………間違えたかな」
「は?何か言った?」
「いや、何にも」
サイモンのぼやきに反応したのは現在サイモンが運転するトラックの助手席に座る男だ。
今回の作戦においてサイモンは警戒組だった。
担当したのは最も危険なトラックの侵入口となった牧場西側にある出入口だ。
ゾンビの猛攻に耐え切れず、サイモンと助手席に座る男以外は逃げきれずゾンビの餌食となった。
命からがらトラックに乗り込めたのは、サイモンともう一人の男のたったの二人。
そしてこれは助手席の男は知らないことだがサイモンはトラックに乗り込む際にゾンビに噛まれている。
傷は浅く、命に関わるとは到底思えないが、皮膚が裂けゾンビの歯もとい唾液は確実に体内に侵入していた。
外に蔓延っているゾンビがサイモンの知っているゾンビと同じなら確実に感染している。
現に段々と意識が遠のいていた。息も荒くなり、バックミラー越しに見た顔色も悪くなっていく。
噛まれてからゾンビ化するまでの時間などサイモンには検討もつかないが、サイモンの体感ではショッピングモールまで人間でいられるか怪しい。
(ダメだ、頭が働かない。噛まれたからゾンビになる。ゾンビになったら俺という意志はどうなる?消えるのか?そしたら、家族に会えない。
どうする?嫌だ、家族に会いたい。最期に一目でいい。家族に、東エリアにいる最愛の家族に)
次第に思考もグチャグチャになってきていた。運転も危うくなってきており、窓から外をぼんやりと眺めている助手席の男も違和感を覚えて運転席に視線を向ける。
「はぁ!?えっ!?ちょ!?どうした!?顔色悪いってレベルじゃないぞ!息もヤバイし!とりあえず運転変われ!」
「…るせぇ」
「えっ、なんだって!?ってかどうしたんだよ、いきなり!?持病でもあんのか!?まさか、噛まれたなんてことは」
「!ッウ」
助手席の男が何気なく口にした噛まれたというワードにサイモンは過剰に反応を示した。
それが意味することを助手席の男が気付くより早く、サイモンが銃を取り出して助手席の男の頭を撃ち抜いた。
助手席の男は何が何だがわからないまま絶命する。
「ハァハァ…俺は、俺は家族に会うんだ。家族に…家族に家族に家族に家族に家族に家族に家族に家族に家族に家族に家族に家族に」
サイモンは取り憑かれたように同じ単語を連呼しながらショッピングモールに続く道を進み続けた。
「来た!トラックだ!」
ショッピングモールの東エリアの屋上。
トラックの帰りを見張っている人物の一人がそんな声を上げる。声につられて見張りが一斉に乗り出すように牧場へと続く道を見ると、確かにトラックが一台だけショッピングモールに向かってきていた。
「マジだ!うひょおー、あそこに肉が乗ってんのか」
「あれ?でも一台だけ?」
「先遣隊みたいな奴だろ。誰かスピーカーに連絡いれろよ」
「待って、様子が変じゃない?」
「様子が変って普通のトラックやん」
「違う。スピードだ!高速ばりの速さで向かってる!」
「あれ、ヤバくないか?そろそろ減速せんと突っ込むぞ」
「突っ込んだらどうなる?」
「バリケードはぶっ潰れるだろ。ノロノロと動くゾンビを想定したバリケードなんだ。
あの速度のトラックが正面から突っ込んだらひとたまりもない」
屋上に並んで向かってくるトラックを眺めている人々はトラックの異変に感づき始めていた。
既にトラックはショッピングモールのすぐ手前まで差し掛かっているにも関わらず、その速度を緩めるどころか増している。
そして、100キロを優に超えるスピードでトラックは曲がる様子すら見せずにバリケードに真っ直ぐ突進した。
トラックはバリケードを突き破り、ショッピングモール内に侵入しようやく止まる。
一連の出来事を屋上で見下ろしていた人々は慌てふためくが、本当に危ないのはトラックによって空けられたバリケードの穴の周辺にいる人々だ。
トラックが突っ込んできたことよりも、バリケードに穴が空いたことが重大だった。
そんな中、バリケードに穴を空けた原因であるトラックの運転席の扉が開き、よろよろと一人の男が外に降りてきた。
その男を見て、突っ込んできたトラックとバリケードに空いた穴を前に呆然と立ちすくしていた群衆の一人が反応する。
「…あなた?」
そう言ったのは子供を連れた一人の女性だった。
その声にトラックから降りた男が顔を上げる。男は反応した女性を見るなり、青くなった顔色に必死に笑顔を浮かべた。
「ハハ、家族だ。俺は、遂にやった…ぞ」
よろよろと覚束ない足で女性の元に向かい、女性もトラックから降りた男性の元に走り寄った。
男性の元まで辿り着いた女性は勢いよく飛び付くように男性に抱き着いた。
「サイモン!良かった!また会えて!」
感動の再会を喜ぶ女性だったが、一方のサイモンは最愛の妻を前にして冷静さを取り戻していた。
自分は何かとんでもないことをしてしまったのではないか。
そんな思いが溢れ出てくるが、既にサイモンの意思は風前の灯だ。
「…ごめん」
「え?」
サイモンは最期に死力を尽くしてその一言だけ口にした。
それを最後にサイモンの意思は完全に潰える。
そして、この場に残るのは本能のままに動くゾンビだけだ。
ゾンビは本能のままに目の前にある女性の首に齧り付いた。
「ママァ!」
男の子の悲痛な叫びが辺りに響く。
そして、周囲の人々も事の重大さに気がつき始める。蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとするが、すぐに逃げ場がないことに気がつく。
辺りを囲むように、逃げ道をなくすようにシャッターが下りていたのだ。
トラックがバリケードを破ったことを認識したスピーカーが真っ先に行ったのは隔離だった。
破られたバリケードを囲うようにシャッターを下ろし、その場にいる人間ごと外に追いやる。
被害の拡大を防ぐという観点ではスピーカーの行動は正しい。
だが、そこに一切の躊躇がなかった。隔離された人々にとってはたまったものじゃない。
ゾンビの動きは遅く、スピーカーが避難誘導を出し、シャッターを下ろすのを遅らせれば、十分に逃げ出す余裕はあった。
だが、スピーカーに慈悲はなく、シャッターは下ろされた。
閉め出された人々はシャッターに群がり怒声を上げるが、シャッターが開くことはない。
その怒声や恨み言は閉め出されることのなかった東エリアの人々を安堵と供にひどい罪悪感に蝕むには効果は絶大だ。
怒声は次第に悲鳴に変わり、次にはうめき声に変わる。
無事だった東エリアの人々はその声の変化を黙って聞くことしかできなかった。




