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第17話

フィルが引き金を引くことにより、撃ち放たれた弾はケネスに当たることはなかった。

ケネスが撃つ直前に体を半回転させ、その勢いのままフィルの銃を持つ手を掴み、横に動かしたのだ。

それにより、射線がケネスから横にいる牛にズレてしまい、撃たれた弾丸は牛に命中してしまう。

撃たれた牛は野太い鳴き声を上げながら興奮したのか、狭いトラック内を暴れだし始めた。

それは他の牛にも広がっていき、次第に荷台内の牛全てが興奮して暴れ出す。


そんな暴れ牛に囲まれたデニスと銃を持つ手を掴まれたフィルの二人は睨み合った動けなかった。

運転手も荷台に乗った牛が一斉に暴れだしたことハンドルをとられたのか焦ったような声を上げる。


「おっ、おい!何事だ!?」


「安全運転、よろしく」


ケネスは運転手にそう一声かけるだけだった。

ケネスは言い終わるとフィルの掴んでいた腕を横の壁に叩きつけ、フィルが持っていた銃を叩き落とした。

ケネスは床に落ちた銃を踵で蹴ると、銃はケネスの後方に床を滑っていく。


一方のフィルは壁に叩き付けられ、痛む腕を意識することによってあることに気がついた。

ケネスには敵わないという思いから何があってもこのケネスに掴まれた腕から解放されることはないと無意識に考えていた。

だが、ケネスに掴まれた腕に意識を送ればこの掴む腕の力が異様に弱いことに気がつける。


(ハハ…ハハハッ!何をビビってたんだ、俺は!?元軍人とか雰囲気とかの先入観で勝手に思い込んでただけだ!こいつはただの老兵!老害!老いぼれ!死に損ない!若者が老人に劣るわけがない!)


フィルがデニスに勝てると確信すると、このまま腕を掴まれておく謂れはない。

フィルは腕を大きく振るい、デニスの手を振り払うと、急なフィルの行動にデニスが呆気に取られたような表情をしながら、自然とデニスの意識は振り払ったフィルの腕に向く。

そうなると、フィルのもう片方の腕はデニスの意識から外れることになる。

フィルは意識から外れたもう片方の腕を使いデニスの顔面に殴りにかかった。


だが、老いても歴戦の兵士であるデニスは普通なら殴られるまで気付かない向かってくる拳に反応を示したが、老いによる反応速度の低下が避けまでには至らない。

それでも、避けるまでには至らなくても拳に気付くことが出来れば、対応することはできる。

老いた身で若者の本気の拳を受けたらただじゃ済まない。

意識を失ったり、最悪の場合は命まで失いかねない。


ケネスの行動は単純だ。殴られると同時に拳が振るわれた方向と同じ方向に顔を動かすだけだ。

首も衝撃を逃がすように動かし受ける衝撃を出来る限り受け流すが、完全に衝撃を受け流すことはできない。


ケネスは受け流し切れずに、受けた衝撃で後ろにたじろぐ。

老いた足腰ではバランスを保つことが出来ずにその場で尻餅をついてしまう。

さらに、フィルは尻餅をついたケネスの顔面を思いっきり蹴ると、ケネスは倒れて後頭部を床に強打した。


迫って来るフィルに倒れたケネスは追い打ちを心配するが、フィルはケネスの横を通り過ぎようとしている。

恐らく、蹴り飛ばした銃を拾いに行ってるのだろう。


(所詮はガキということか!命のやり取りをしてる最中に敵に背を向けるなど愚の骨頂!)


ケネスは心中でフィルのことを貶しながらも、横を通り過ぎようとするフィルの足を引っ掛けた。

フィルも後頭部を強打したケネスが復活するまで時間がかかると思っていたのか、想定外のことに対応しきれずに前に倒れてしまう。


そんなフィルは銃が倒れた手の届きそうな所にあるのを見て、起き上がるより手を延ばした早いと判断し、フィルは前方の銃を取ろうとする。

だが、ケネスの行動の方が早い。

ケネスはガンベルトを使って脇の下に収めていた銃を取り出しながら素早く半身を起き上がらせつつ、上半身を捻り取り出した銃をフィルの方に向けた。

老人とは思えない俊敏な動きをしたケネスはフィルの手が銃に届く前に一連の動作を終わらせ、フィルに銃を突き付けた。

フィルと違い、ケネスは銃口を向けてから撃つまでの時間が極端に短い。

ケネスはすぐに引き金を引くが、同時にトラックが大きく揺れた。

ケネスもトラックが揺れることは予想が出来ない。


トラックの揺れによりケネスはバランスを崩し、銃を持っていた手が上に動いてしまった。

ケネスが撃った弾はフィルの方ではなくあらぬ方向に飛んでいき、ケネスが忌々しげに顔を歪めてから銃口を再びフィルに向けようとした。

だが、ケネスにとっての不幸は続く。

ケネスのすぐ目の前を暴れ牛が横切ってしまったのだ。

ケネスのすぐ目の前、つまりケネスの腕を跳ね除けるように暴れ牛は通過したのだ。

その衝撃でケネスの持っていた銃は弾き飛ばされ、ケネスの後方にまで飛んでいった。


「ッウ!牛ィ!」


何が起きても冷静だったケネスが始めて感情的な声を上げた。

だが、ケネスはここで取り乱すことはない。

飛んでいった銃がすぐ届く距離ではないと判断したケネスは跳ね起きるように体を起こすと銃を掴んだフィルの方に走り出した。

ケネスは走行中のトラックの中とは思えないスピードでフィルの元に向かう。


フィルは銃を掴むと、うつ伏せの状態から体を半回転させて仰向けの状態になると、掴んだ銃をケネスの方に向けた。

しかし、既に目の前までフィルが迫っており、ケネスは素早く横に動いて射線から逃れると、フィルの持っている銃を足で手ごと踏み付けた。

フィルは仰向けで銃を撃とうとしていたケネスの足が腹部にあたり、その痛みで顔をしかめてしまう。

痛みに耐えるフィルの顔を見て、ケネスは乾いた笑い声をあげた。


「ふむ。久しぶりに運動したから、老人には応えるわい。運転手、あんたのせいでワシは死にかけたぞ」


ケネスが運転手に笑いながら冗談のつもりで言うが、運転席から反応はない。

反応のない運転手を怪訝に思っていると、思考を遮るように足下のフィルが笑い出した。


「ハハハッ!爺さん何ですでに勝った気なんだよ?爺さんの足、ぜぇんぜん力が入って…」


得意気に笑うフィルは自分の顔が陰ってきたせいで言葉を途中で止める。横になっているフィルの顔が陰るということは、顔の上に何か光を遮る物があるということだ。

そして、フィルの目にはその遮る物が映っている。

フィルの目の前には牛の足の裏と思わしき物が視界いっぱいに広がっていた。

それが意味することをフィルはすぐに察してしまう。

牛がフィルの顔を踏みつけようとしているのだ。


「ちょ、ざけ!」


フィルは首を動かして牛の足を避けようとするが、腹を踏まれてるせいで大きくは動けない。

フィルが怯えた目で牛の足の裏を見るが、牛はフィルの気持ちを考慮したりなどすることはない。

次の瞬間、牛がフィルの顔面を踏み潰した。

辺りに骨が割れる音や水っぽい音が響き、戦場で多くの死体を目にしたケネスもこれには不快そうに顔を歪める。


「お、おぉー。こりゃ、惨い。ワシもこの死に方は始めてだわい」


ケネスはそうぼやきながら、運転席に近付き小窓から運転席を覗き込んだ。

そこには運転手が座り、運転をしているが何処か様子がおかしい。

息が荒く、ハンドルを持つ手にも力が入ってないように見える。

小窓が小さいため、運転手の全容が確認できないケネスは仕方なく声をかけた。


「どうした?」


「ハァ、ハァ…あんたらの、流れ弾が………腹に」


ケネスからは運転手の腹は見えないが、小窓から顔を離して運転席の裏を見ると、運転席の辺りに銃弾が貫通した痕のような物があった。

車内であった発砲は全部で二発。

一発はフィルが撃ったもので牛に命中している。つまり、運転手を撃ったのはケネス自身ということだ。


「あー、それワシの弾じゃ」


「腕に…力が、入んない。は、ハンドル、きれない」


「ふむ。とりあえず運転を変わろう。トラックを停めてくれんかの?」


ケネスはそう言うとすぐにトラックは停まるものだと思っていた。

しかし、実際にはトラックは停まるどころかスピードをあげ進み続ける。


「おい?どうした?」


ケネスが声をかけてみても運転手は意図的に無視してるのか、意識がないのかは定かではないが反応がない。

その間にもスピードは上がり続け、ケネスの顔にも焦りの色が出始める。

ケネスが運転手にかける声も段々と大きくなるものの、依然として反応はなかった。


そして、ついにケネスが恐れていた事が起きてしまった。

運転手がハンドルを切ることができないのにスピードを上げながら直進し続けたらトラックがいずれ衝突するのは当然のことだ。

このトラックも例に漏れずに牧場内に設置されてる電柱なような物にトラックの左寄りの正面、つまりは運転席から突っ込むように衝突した。

トラックはそれで止まることなく、左側から衝突したことから反時計回りに回るように90度回転してから、遠心力の影響で横転してしまった。


トラックは横転してから、すぐに止まることはなく地面を滑るように動いていく。

そして、ケネス達が牧場の脱出に使おうとしていた北側にある出入口をちょうど塞ぐ形でようやく止まった。


横転事故を起こしたトラックの荷台の中はまさに惨状といえる状況だった。

牛が空を舞い、フィルの死体が多数の牛と掻き回されてもはや原型を留めていない。

そんな中でケネスはかろうじて生きていた。

全身を強打し、足があらぬ方向に曲がり、腕も動かせないという重傷でありながらも息がある。

運転席との壁にもたれかかりながら、横転した衝撃で開きっぱなしになった荷台の扉から次々と逃げ出していく牛を霞む視界で眺めることしかできない。


ふと、後ろの小窓から運転席を覗くと、横転した影響で上側になった運転席から腕がブランと垂れているのが目に入った。

腕と一緒に明らかに致死量を超えるであろう量の血が垂れ落ちているのも見え、ケネスからは見えないが運転手も惨い状態であろうことがわかる。


視線を前に戻せば、既に生きてる牛の姿はなく、あるのは一体のゾンビの姿だけだった。

一体のゾンビはケネスの方にゆっくりとだが確実に近づいてくる。

今のケネスは武器もなく、体を動かすこともできないため、近づいてくるゾンビはまさに死神そのもの。

歴戦の兵士である自分がたった一体のゾンビになす術もない状況にケネスは自傷気味にしがれた声で笑い出した。


「………悪くない、人生じゃったの」


今までの戦いばかりの人生を思い出し、最期の言葉としてそう呟いた。

全てを受け入れるように、目を閉じ来たるべきその時を待つ。


そして、ケネスは碌な抵抗も出来ずに近づいてくる一体のゾンビの餌食となる。

この日、アメリカの英雄とも言えるほどの功績を残した老人が人知れずにこの世を去った。

看取る人物が誰もいない中でも老人は最期まで笑顔であった。


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