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第16話

フィルはデニスが最も信頼を置く人物。


ついこの前まで赤の他人だったフィルのことをデニスが最も信頼を置く理由は至って単純、フィルが恋人と分断された人物の一人だからだ。

フィルの恋人への執着は異常とも言えるレベルで、デニスが止めなければ工具を持ってシャッターに突撃をしかねなかった。

ショッピングモールのシャッターは無駄に頑丈で、工具に叩いたぐらいじゃ、壊せないと分かっておりながらフィルは行動に移そうとしたのだ。

周囲はフィルを危ない人間と判断したのか近づかなくなったが、デニスは違う。


デニスから見ても、フィルの執着は異常だが、その方が扱いやすい。

異常に執着するからこそ、裏切る可能性が低くなる。

デニスの見解じゃ、フィルが恋人と言ってる人物は本当は恋人ではなく、フィルがストーカーをしているだけだと考えているが、デニスからしたらその方が都合がいい。

ストーカーなら相手側は牧場の作戦に参加してくる確率は下がる。

こんな所で再会でもされたら、フィルの執着が落ち着いてしまうかもしれないが、相手側が参加してくることはなかった。

フィルは不満そうにしていたが、それがより一層フィルを執着させることになる。


確かにフィルは異常者だが、デニスからしたら目的が分かりきった異常者程に便利な者はいない。

むしろ、疑いを持ったり、心変わりする可能性がある平常者の方が扱いにくい。

フィルもデニスに絶対的な信頼を抱いており、デニスの言う事を聞けば恋人と再会できると信じていた。


だが、たった今、その異常な執着を持ってしてもフィルは行動を起こすことができなかった。

その行動とはケネス・カーターの殺害だ。別に殺人は嫌がってるわけではない。

フィルは恋人のためなら人殺しを躊躇うような人物ではなかった。

だが、目の前でフィルに背中を向けているケネスを殺せる気がしなかったのだ。


同じトラックに乗っていたメンバーは牧場に到着し、トラックに牛を詰め終わるとすぐに発進できるように運転手とトラックの警護のためにケネスとフィルを置いて、他チームの手伝いに行った。

運転手からはトラックが死角となり見えないため、ケネスとフィルは二人っきりともいえる状況である。

ケネスを殺すには最大のチャンスだった。持っている銃でケネスの頭を撃てばいい。

だが、何故かそれがフィルにはできなかった。


(何で俺は動かない?何も難しいことはない。目の前のジジィの頭を撃ち抜くだけだ。

おかしい。殺せる気がしない。隙がない?

いやいやいや、隙なんて俺にはわからない。隙がないかどうかなんて俺にはさっぱりだ。

じゃあ、なぜ俺は動かない?ふざけんな、動けよ動けよ動けよ動けよ動けよ!)


「フィルといったかの」


心の中で動けよと連呼していたフィルに、背中を向けたままケネスが唐突に声をかけてきた。

いきなりのことに驚き、オドオドとするフィルだが、背中を向けているケネスはその様子に気づかないのか気づかないふりをしてるのか反応を示さない。


「あ、あぁ。フィルだよ」


「牧場の様子が少し騒がしい。気を付けろ」


「へ?」


フィルはケネスに言われてようやく牧場の異変に気がついた。

僅かだが、様子がおかしい。作戦の参加者が慌てたように動いているのだ。


「…西じゃな」


「え?西?」


「そう、西じゃ。どうやら西側に何かがあり、それが流れてきたようじゃよ」


「西って言うと俺らが入ってきた方向だよな」


「あぁ。おおかた、ゾンビが侵入してきたとかそんな所だろうが、おかしいの。東も騒がしい」


「東からもゾンビが?」


「………」


黙って東を睨んでいるケネスの視線の後を追うと、参加者と思わしき人物が走って逃げるように向かってきていた。

その後ろでは同じように向かってくるバイクがあり、フィルが何処でバイクを見つけたのだろうかとぼんやりと考えていると、バイクに乗った人物が持っていた銃で前を走っていた参加者を撃ち殺した。


「…ほぅ」


「は!?何あれ、仲間割れ!?」


「ゾンビ系だと、お約束じゃろ。怖いのはゾンビじゃなくて人間ってパターン」


ケネスはそのまま向かってくるバイクに銃を向けた。

そして、一発だけ銃を撃つと、銃弾は正確にバイクを運転する男の頭に命中する。

フィルはケネスの射撃の腕に感嘆を漏らすが、それも束の間、東から続々とやって来るバイクの群れに息を呑む。


西からはゾンビが、東からはバイクに乗った謎の集団が襲ってきている。

今まで黙って空を眺めていた運転手も流石に騒ぎに気づき、窓から顔を出して慌てて声をかけてきた。


「おい、お二人さん!なんかやべぇ!とっととトラックに乗れ!逃げるぞ!」


「そ、そうだぜ、爺さん!ほら、逃げよう!」


「何を言ってるんじゃ。せっかく楽し………違う。仲間を置いてくわけにはいかんだろ」


ケネスは運転手とフィルの言葉なぞ聞かずに嬉々とした表情で動き回り、参加者を殺しまわっているバイクを撃っている。

バイクの集団も何人かの仲間を殺されてケネスの脅威を感じたのか、方向転換してこちらに向かってきた。


「こ、このクソジジィ!こっち来るぞ!」


「ハッハッハ、来るなら来い!返り討ちじゃ!久しぶりに血が滾るわい!」


ケネスは笑いながら応戦していくが、どう見ても対応し切れる数じゃない。

フィルは舌打ちをしてから自分も応戦に加わり、運転手も窓から顔を出して手伝ってくれていた。だが追い詰められのも時間の問題だろう。

フィルは応戦しながら、どさくさに紛れて何度もケネスを撃とうしたが、何故か銃口を向けようとするたびにケネスがフィルの方をチラリと見る。

フィルはケネスを殺せないもどかしさと、段々と迫って来るバイクに苛立っていた。

そんな中、率先して銃撃戦をしていたケネスの銃が弾切れを起こし、予備の弾倉を探すがどうやら使い切ってるらしく見つからない。


「ハッハ、弾がない!フィル!弾を寄越せ!」


「ふざけんな、ジジィ!もういい!置いてくからな!」


フィルはトラックの荷台に乗り込みながら、こんな簡単のことに何故気付かなかったのかと頭を抱える。

ケネスを殺せないなら、置き去りにすればよいのだ。死ぬ所をちゃんと確認したいところだが、この状況なら助からないだろう。

荷台に乗り込んだフィルは牛を掻き分けて、運転席と荷台の間についている小窓を開けて運転手に声をかけた。


「おい、運転手!早く出せ!」


「えっ、爺さんどうすんだよ?」


「他の仲間を置いてくんだから老いぼれ一人が増えたからって別にいいだろ」


渋る運転手を急かすが、フィルの努力虚しくケネスは荷台に乗り込んできた。

フィルが舌打ち混じりに乗り込んできたケネスを見ると、ケネスは黙って弾を装填して外に向かって撃ち始める。

フィルはそのまま降りることを期待したが、一向に降りる気配はない。


「乗ったか?じゃあ、発進するから扉閉めろ!」


運転手の声が聞こえてくるとケネスが襲ってくるバイクを撃退しつつ扉を閉めた。

同時にトラックが発進し、フィルは歯を噛み締めた。


「………仲間を待つんじゃなかったのか?」


「流石のワシも弾切れの状態で置き去りにされたら助かりようがない。

運転手、東西はゾンビとバイク集団がおるから北か南の出入口を使え」


「わ、わかった」


ケネスはフィルのことなど眼中にないとでも言いたいのか黙って横を通り過ぎ、再びフィルに背中を向けると近くにいた牛の傍でしゃがみ込んだ。

牛の頭を撫でたりしているケネスの姿はただの老人にしか見えず、とてもフィルのことを警戒しているとは思えない。


(このままトラックはショッピングモールに向かう。今殺さないと全てが手遅れになる。あの背中を見ろ。ただのボケた爺さんだ。殺るなら今しかない)


フィルは冷静に深呼吸をしてから持っていた銃をケネスに向ける。

ケネスは銃口を向けられても反応を示さずに、牛に興味津々だった。


(ほら、無反応だ。このジジィ、散々俺を悩ませやがって。後は引き金を引くだけ。それだけだ)


フィルは覚悟を決め、引き金にかけた指を引こうとした。

すると、ケネスは牛を愛でていた手を止め、再び背中を向けたままフィルに話しかけた。


「ようやくか」


「………あ?」


「あんさんがワシを殺そうとしていることなどとうにわかっておったわい。

だが、あんさんなかなか実行に移さなくての。

ワシもわざと背中を向けて誘っておったのに。本能って奴かの?

だがまぁ、ようやく殺る気になってくれたんじゃ。ワシもようやく楽しめる」


背中を向けたまま語るケネスの言葉にフィルは固まる。

薄々そのような予感はしていたが、ケネスには全て見透かされていた。

その上で見逃されていたのだ。フィルは今まで自分がなぜ動けなかったのか理解した。


自分は無意識だが、ケネスにはどう足掻いても勝てないとわかっていたのだ。

その無意識の心がフィルの行動を阻害している。

だが、もう後には戻れない。

フィルは震える心を抑えつけて、銃の引き金を引いた。


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