第12話
地下駐車場に集まった作戦の参加者はまず地下駐車場にあるトラックを牧場がある方角を向いている出入口付近に集めて、その周辺に待機していた。
外に繋がる通路はシャッターが降りており、シャッター脇に設置してある小部屋から操作が可能だ。
ゾンビは音に過敏に反応をし、ある程度の距離があれば音を出さない限りゾンビは襲ってくることはないが、近づくと音を出さなくても襲いかかってくる。
そのため、出入口から離れた所に参加しない人々が花火などを使ってゾンビを集めてその隙に出動する手筈になっている。
帰りも同じで屋上で牧場方角を見張り、トラックが帰ってくるのが見えたら再び出入口からゾンビを遠ざける予定だ。
今は作戦開始前の準備時間で、準備が出来たらインターホンでスピーカーに知らせ、後はスピーカーの指示で動くことになっていた。
しかし、地下駐車場に集まったのは寄せ集めの集団で人数こそ多いが統制がとれておらず、ざわつくだけで、準備が進まない以前にそもそも何の準備なのかよくわかってない。
そんな何も進展がない不毛な時間が流れるのに耐え切れなくなった一人の老人が先頭のトラックのドアを開き、クラクションを鳴らすことにより注目を集めた。
「ほぅ、やっと静かになったわい。
ワシはケネス・カーターと言う者じゃ。あんまり、でしゃばる方じゃないんだがの。ちょっとあまりにも見るに耐えん状態だったからの。
まずは、指揮を出す者を決めるべきだろう」
注目を集めた中でケネスが気怠そうに、だが全員に聞こえるような声量で言った。
群集はしばらく戸惑ったようにざわめくが、すぐに落ち着きを取り戻した後に群集を代表した誰かが声を上げた。
「爺さんがやればいいんじゃねぇか?」
「ワシか?ワシはそういう柄じゃないし、見ての通り半分ボケた老いぼれじゃ。いつ死ぬかわかったもんじゃない」
「なら、俺がやろう」
一人の男が人混みを掻き分けてケネスの方に進み出てきた。
ケネスは想定よりも早く現れた立候補者に驚き、値踏みするようにその男を見回した。
「…お主が。失礼じゃが、指揮官の経験は?」
「ない。だが、そもそもこの牧場の作戦をスピーカーに提案したのは俺だ。指揮官に一番適してると思うが」
「ほう、なるほど。そういうことなら、ワシの出る幕はないかの」
ケネスはそこで身を引き、群衆の中に入っていった。
指揮官を買って出た男は反対意見がないかをしばらく黙って見渡すことにより確認をし、これといった反対意見がないことに満足し口を開いた。
「では、僭越ながらこのデニス・ゴールドマンが指揮官を勤めよう。
君達が今回の作戦をどう捉えてるかは分からんが、まず大きく2つに分けたい。
牧場に着いた際に牧場内で動物などを回収するのと、牧場周辺の警戒をする2つ。
警戒をする方はゾンビが来ても可能な限りは銃は使わないように。
音が出ると直ぐに集まりだすからな。
だが、可能な限りだ。自分の命を優先して行動して欲しい。
肝心な分け方だが、俺から見て左側にいるのが警戒をするということにしよう」
「それじゃあ、人数にばらつきが出ないか?単純に2つに分けるならエリアで分けるのがいいと思うが?」
「厳密に半々にする必要はない。
どちらかというと警戒の人数のが少ない方がいい。
この牧場は広いが出入りができる場所となるとそこまでは多くはない。むしろ、一気に回収して一気に帰るべきだろう。
エリアをチーム分けに使わなかった理由は再会した家族を別れさせるのは心苦しいと思っただけだ」
デニスが言い終えると地下駐車場は静寂に包まれる。
誰も口を開かずに黙ってデニスを見ており、少しすると誰からともなく乾いた拍手がチラホラとし始める。
デニスからしたら自分の作戦が認められたことを喜ぶべきなのだろうが、デニスは言い様のない不安を感じていた。
デニスは長々と話したが、その作戦の内容は突っ込んで回収して帰るという何の捻りもない物だ。
もし、デニスが逆の立場なら牧場の地図から細かく作戦を決めるべきだと言うだろう。
せめて、動物ごとの担当を決めるべきだ。
だが、目の前の群集はだんまりを決め込み、口を開くことはなかった。
デニスは作戦の成功ではなく、他エリアとの接触を目的としているため、失敗してもいいと考えていた。
しかし、あまりにも参加者に意欲が感じられない。
このままだと自分も死にかねないと思ったデニスがもう少し深く練った作戦を提案しようとするのを妨げるように人混みから声が響いた。
「ふむ。皆、お主に従うようじゃの。よかったな。では、早速だが行動を指示してくれ、指揮官殿」
ケネスが再び群集から出てきて、デニスにそう言った。
デニスはケネスの目を見ると、全てを見透かされてるような気がするため、なるべく目を合わせなかった。
デニスは作戦が失敗してもいいと考えていたが、集まった群集があまりにも頼りなく、最悪の場合は全滅すると思い作戦を練り直そうとした矢先にケネスは発言したのだ。
まるで、作戦を練り直そうとするのを妨げるようなタイミングだ。
デニスの考え過ぎなだけかもしれないが、ケネスの全てを見透かしたような目を見るとそんな気がしてならない。
(くえないジジィだ。
だが、何がしたい?作戦が失敗することがこのジジィに何の特になる?
このジジィはどちらかというとスピーカー寄りの人間だ。
俺みたいな奴がいることを見越していっそのこと全滅させようとしてるのか?
いや、銃持ちだったが、そこまで狂信的ではなかった。
むしろ、激戦を楽しもうとしてると言われた方がしっくり来る。
どちらにせよ、油断ならない。やはり、ここで始末するべきだ)
心の中で考えを纏めたデニスはこちらを見ているケネスを視界の端に追いやって集まった人々に声をかけた。
「………では、トラック1台につき8人ずつ乗り込んでくれ。この8人は特に指定しないから好きな人と組んでいい。
ただ警戒組は後ろのトラックに乗るように」
デニスの声を聞き、群集がゆっくりと無秩序に動き出す。デニスはケネスの視線を気にしないふりをしながら近くにいるフィルに周囲に聞こえないように耳元で言った。
「あのジジィから目を離すな。そして、頃合いを見て殺してくれ。あいつだけは絶対に生かしておくな」
フィルは軽く頷くことで了解の意を伝えるが、デニスは不安感を払拭しきれなかった。
今この瞬間もケネスは全てを見透かしたようにデニスを見ているのだ。
聞こえていないはずだが、今の会話を聞かれたような気がしてならなかった。




