第10話
「私達のチームは賛成票を入れます」
スピーカーの放送が終わるとほぼ同時にティナがチームに向けてそう宣言した。
突然の提案に戸惑っていたメンバーはティナの宣言で追い打ちをかけられたようにより混乱してしまっている。
「………うん、反論はないみたいね。じゃあ、私は主様の元に投票して来ます」
混乱して口を開けずにいたことによりできた沈黙を肯定と捉えたティナが満足気頷いた。
そして、すぐにインターホンに向かうべくチームに背中を向けるのを見て慌ててダグラスが呼び止める。
「あっ、おい!待て待て待て!何を勝手に決めてんだよ!」
ダグラスに呼び止められたティナは素直に足を止め、くるりと半回転して改めてメンバーのいる方に向き直した。
だが、呼び止められることを予想していたのか不満気な様子は一切なく、むしろいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべている。
「確かに、勝手に決めた。それは認めるし謝れって言うなら謝るよ。
でもさ、話し合った所で結論は変わらないと思うよ」
「は?そんなの実際に話し合わないとわからないだろ」
「わかる。今回の提案は賛成票を出したら作戦に強制参加ってわけじゃない。
ほとんどのチームがとりあえず賛成票を入れるでしょうね。私達のチームも例外じゃない。
お肉・乳製品・卵料理は食べたいけど作戦に参加するのは嫌だ。
とりあえず賛成票を入れて作戦自体はやる気のある奴に任せよう。
どうせ、話し合った所で結論はこんな所になるわよ」
「そ、それはわかるが…」
「話し合うべきなのは誰が作戦に参加するか。このままだと人数不足で作戦自体がなくなりかねない。
私は参加するわよ。主様と一緒にここを楽園にするために。皆はどうする?無理強いはしない。好きにして」
ダグラスはそこで口ごもる。ティナはダグラスが言い淀むのを確認すると、ダグラス以外のメンバーを見渡した。
メンバーは皆一様にダグラスのように何か言いたいこともあるがそれを堪えて、ティナの目から逃げるように視線を泳がせていた。
そんな中、ジャックだけがティナの目から逃げることなく真っ直ぐと目を合わせている。
「人数なら集まると思うぞ」
目が合ったジャックはそうポソリと呟いた。
ティナもダグラスも突然のジャックの発言に目を丸くする。
「今回の作戦は4エリア合同だ。そして、家族に会いたくても会えない奴が大量にいる。
他エリアのことを知れるのは、恐らくこれが最初で最後のチャンスになる。
藁にもすがる思いで参加する奴が少なくないはずだ。俺もその内の一人。
家族のことを知ってる人間が参加してるかもしれないと思うと黙ってられないんだよ」
「………そう。動機はどうあれ、戦力が集まるのはいいことね。
私達のチームからは2人ってことでいい?」
「いや、1人だ」
「…何言ってるの?私とあなたで2人。違う?」
「言っただろう。人数は充分に集まる。
だから、スピーカーのために君が身を犠牲にする必要はない」
「………バカにしてるの?私は主様のお考えに共感して自主的に行動してるだけよ」
「スピーカーのためと言うなら作戦には参加しない方がいい」
「どうして?主様はここを楽園にすべく尽力してるのに協力するなって言うの?」
「いや、スピーカーからしたら今回の作戦は実行したくないはずだ。
これまで徹底的にエリアを分断してきたのに接触のチャンスを作る事はスピーカーも本意じゃない。
だからといって約束した以上は提案を無下にはできない。
スピーカーは人数不足による作戦中止を望んでるはずだが、作戦は恐らくは実行に移される。
それは、スピーカーもわかってるはずだ。本当にスピーカーの為を思うなら待機しておくべき。
そして、いざって時にスピーカーの理解者や味方になってくれることをスピーカーも望んでるはずだ。間違っても無理に参加して死ぬことじゃない」
ティナは言い返すことができなかった。
ジャックの言葉が間違っていないことはティナも頭ではわかってるが、それをすんなりと受け入れることは難しい。
ジャックは不機嫌そうに睨みつてくるティナに皮肉を込めて言った。
「…反論はないみたいだな。じゃあ、俺は主様の元に投票に行って来るよ」
ジャックがティナに背中を向け、軽く手を振ってその場を去る。
ティナの視線が背中に突き刺さるが、ティナの時とは違い呼び止める声はないため、ジャックはそのまま足を止めずに歩き続けた。
だが、すぐに立ち去るジャックを走って追いかけて来るような足音が聞こえてくる。
ジャックはティナが恨み言の1つでも言いに来たのかと思ったが、足音の主はティナではなかった。
「待てよ、俺も付き合うぞ」
そう言いながら走った勢いのままジャックの肩に腕をかけてきたのはダグラスだった。
ジャックは衝撃で転びそうになるのを何とか堪えながら、横にいるダグラスの顔を覗き込む。
後ろにいるティナ達に聞かれないようにか小声で話せるようにとやたらと顔を近付けるダグラスだが、ジャックは視界いっぱいのダグラスの顔に圧されている。
「別に投票ぐらい1人で行ける」
「違う、違う。それもあるが、俺は牧場に付き合うって言ってるんだ」
「…なんだ?お前も家族か何かが別エリアにいるのか?」
「いや、いない」
「だったら止めとけ。同情のつもりかも知れんが、死なれたら迷惑だ」
「そう言うなよ。別に同情で付き合うって言ってるんじゃない。
俺はな、今まで何不自由なく生きてきたんだ。親がそこそこ裕福で、欲しい物は欲しいと言えば手に入る。そんな家だ」
「…どうした、突然?自慢か?」
「いや、ただ作られた楽園に住むぴよぴよ言いながら口を開けてエサを待つ雛鳥みたいな生活はもう真っ平だ。俺は自分の翼で飛び立ちたい。
だが、今までは臆病な俺はそんなチャンスが来るたびに何かと理由を付けては雛鳥のままでいた。今回の牧場は飛び立つ最後のチャンスだって俺の勘が言ってるんだ。
これを逃したら後はない。もう逃げない、俺は自分の力で飛び上がってやる」
「………勝手にしろ。死んでも知らんからな」
「やけにあっさり折れるな。ティナちゃんが参加するのはあんなに拒んだのに」
「別に拒んだわけじゃ」
「いーや、拒んでた。あんなキチガイ女、外のゾンビにくれてやりゃよかったのに。
運動神経も体力もなさそうだし、銃の扱いも慣れてなさそうだった。
放っておけば死んだぞ」
「………深い意味はない。外に行けば勝手に死ぬってのも同意だ。
だからこそだ。あんな若い女の子を見殺しにするのは目覚めが悪い。
それに、あの娘。今は極限状況でスピーカーに縋ってるが根は悪い娘じゃないと思うんだよな」
「今も後ろであんたのこと睨んでるけどな」
ダグラスの言葉を受けて、ジャックがチラリと後ろを見ると、距離が離れてしまってるにも関わらず、膨れっ面でジャックを睨むティナがいた。
流石のジャックもこれには苦笑いがこぼれる。
「あれでも、娘に合わせたらいいお姉ちゃんになるような気がするんだがな」
「なんだそりゃ」
「でも、あいつ見てるとなんか元気になるよ。絶対に生きて帰ってあの女の憎まれ口を聞こうな」
「………あぁ。当然だ」




