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醜悪の掟  作者: 郁多 述
8/10

結末2  非情

 

「動くなよ。その場に立っていろ」

 

 愛用のサバイバルナイフの切っ先を標的に向けて、醜悪はまだ確認していない方の箱を開ける。中には四冊のノートが入っていて、表紙にそれぞれ違う名前が書かれていた。青色のノートには『吉良愛徒(きらあいと)』の名が。

 

 醜悪がページをめくっていくと、標的の表情が(ゆが)む。見られてはいけなかった秘密を眼前で暴かれているのだから、それも仕方無いだろう。そんな事は全く気にかけず、ページをめくり続けていた醜悪の手が止まった。

 

『愛情投与度、九十。  予定金額、五百万』

 

 これで標的の本性は、明確に(あらわ)になった。

 

「まるで薬みたいに言うんだな。愛情投与……面白い」

 

「……薬みたいなものでしょ? 男は愛情を貰えるだけで何だってしてくれるんだから。欲しい物を買ってくれて、我儘にも付き合ってくれて、お金もくれる。そのためには、愛情は与え続けないと駄目なものなのよ」

 

「それが、お前の本性だな」

 

 ノートをおざなりに床に捨て、ゆらりと立ち上がった醜悪。ナイフの切っ先を向けたままで、じりじりと標的との距離を詰める。彼女も若干(ひる)みはするものの、恐怖を噛み殺して醜悪を睨み付けている。

 

「殺すと決めた相手は必ず殺す。掟に基づいて、依頼を遂げる」

 

 据わった目をして小声で意思を唱えながら、充分に距離を詰めた醜悪は右腕を振り上げた。そのまま振り下ろされたナイフを、すんでの所で標的が避ける。いつもなら一発で仕留められているはずが、今日は風切音を鳴らせてしまった。

 

「護身術を欠かす程、人生を舐めてないわ」

 

「良い心がけだな。今日で全て終わりだが」

 

 突き出された切っ先が、程良い肉付きである標的の右腕に刺さった。短い悲鳴と共に鮮血が傷口から溢れ、よろけてその場に倒れてしまった標的の背中に醜悪が乗っかる。両腕を拘束して、ナイフを首元に当てた。

 

「……お願い、許して……」

 

「今更命乞いか? 自分勝手な女だな」

 

 ナイフの平面で首筋を撫でる。標的の目からは涙が流れるが、芝居である可能性を醜悪は疑っている。体が小刻みに震えているのも芝居の一つなのだろうか。

 

「わ、ワタシには借金があるの! 数年前彼氏だった人に騙されて変な契約しちゃって、返さないと落ち付いて暮らせないのよ! だからワタシは貴方に依頼した男に近付いた……あの男は闇金融とも関わりを持つヤクザだから、取り入れば何とかなるかもしれないと思って」

 

「だが、結婚詐欺を肯定する事には繋がらないだろう」

 

「ワタシは被害者よ!? 愛していた人に裏切られて……こうしなきゃ生きていけなかったの! 人間誰だって嘘をつくじゃない!!」

 

 ナイフの事も忘れて体の動かせる部分を全てばたつかせ、必死に訴えかける毒原。彼女の抵抗に冷静な対処をする醜悪の目は、嘲るようなものになっていた。標的の掴まれている左腕と、膝に圧迫されている右腕からはみるみる力が抜けていく。

 

「だが、結婚詐欺をしていい理由にはならない」

 

「仕方ないじゃないっ! ワタシは生きなきゃいけないの! お母さんの治療費だって払わないといけないし……ッ!?」

 

 ナイフの刃の部分が標的の首筋に当てられる。細い傷口から血液が滲み出て、銀色と重なり合って(したた)り落ちた。悲痛な声は、醜悪の心に届かない。

 

「知った事か……辞世の句は、もう終わりか?」

 

「……貴方の事、結構好きだった」

 

 醜悪はいつものように、標的の首を()ねた。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「依頼は達成した……標的が未使用だった五百万ちょうどを、貰っていく」

 

『ようやくか……助かったぜ醜悪さんよ。いくらヤクザやってても、個人的な用件で人を殺すのは組に迷惑かかる時もありゃあ、面倒な事にもなりかねねぇしな。また何かあった時は頼むとするぜ、つーかうちの組に入らねぇか?』

 

「興味無いな。毎度、ごひいきに」

 

 下卑た笑いを纏った勧誘を醜悪が一蹴する。電話を切って、空を見上げた。流石に深夜の空は真っ黒で、ありふれた表現をすれば彼の心を映しているようだった。星一つ輝かない空の下で、化け物は家へと向かった。

 

 醜悪は毒原真弓の事を、もう思い出さないだろう。彼が抱き始めていた愛情は、知らぬ間にどこかへ飛んで行ってしまったらしい。

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