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醜悪の掟  作者: 郁多 述
6/10

6  秘密

 

「うーん、来ないなあ……」

 

 午後六時を迎えて、毒原(ぶすはら)は休憩を貰っていた。作ってもらったサンドイッチを頬張りながら、頻繁に客席の方を確認する。しかし待ち望む憐治の姿は見られず、溜め息をついてスマホを確認する。

 

「連絡もナシ。電話は……」

 

 呼び出し音がなるだけで憐治は一向に出ない。仕方なく通話を止めてポケットにしまい、サンドイッチを食べ切る事に専念する。気付けば、休憩時間は残り十分と無い。

 

「今日は、忙しかったのかな……。仕方ないよね」

 

「嫌われた訳じゃ、ないよね……うん! それは無いっ!」

 

「でも連絡は無いし……」

 

 不安を目一杯に含んだ独り言が止まらない。一口食べるにつき独り言を一つ、他の従業員に聞かれなかったのが幸いである。皿を洗い場に置くと、ウェイター服や髪形を整える。仕事に集中する前に、今度は口に出さず言い聞かせる。

 

 ――あの事も秘密にしておかないと。

 

 ――バレたらきっと、愛してもらえなくなるから。

 

 ――ワタシは、前とは違うんだから。

 

 両側からぱちんと頬をはたいて、気持ちを切り替える。注文を聞いて、机に運んで。もやもやをかき消すように懸命になって仕事をこなす毒原は、ようやくスマホに届いたメッセージに気付かない。彼女がそれを確認するのは、もうしばらく後である。

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 午後九時。自宅にいる憐治は悩んでいた。内容は、毒原真弓を近い内に殺すか、彼女の愛を信じて自分の想いに正直になるか、という事だった。このままずるずると悩んでいる内に疎遠になってしまう事が一番最悪なケースな上、掟の一つである『標的の愛を理解してから殺す』に反してしまう恐れがある。

 

 結局彼は、依頼の電話を受けた時と全く同じ服装に身を包んだ。貰った合鍵を手にして、勇み足で自宅を出る。思い出したように仕事用のスマホを取り出すと、画面上のボタンに指を弾ませ滑らせる。

 

『ごめんね。今仕事終わったよ。

 

 家にお邪魔させてもらおうかな。終わったら連絡して?

 

 寝ちゃわないよう、気を付けるよ!

 

                          愛徒        』

 

 文面とは相反して心まで黒づくめになった憐治が、否、醜悪が標的の家へと向かう。確証となる物を見つけ出して、掟に基づいて殺す。見つからなかった場合は真実を聞き出してから殺す。ようやく醜悪な心を取り戻した彼の足取りは、決して軽くはなかった。

 

 

 

「相変わらず面倒な仕組みだな……」

 

 醜悪はこの前のように枕やクッションを扉の下に挟み込んでいる。着て来たコートのせいで若干通りにくかったため、慎重に部屋まで入り込んだ。相変わらず段ボール箱が一つあるだけで、他には何も無い空間である。

 

 一つ違っていたのは、段ボール箱の蓋を担う上下左右の四枚がそれぞれ開かれているという点。初めて醜悪が見た時はきっちりと閉まっていたというのに――つまり、その時以降に標的が開けたという事になる。

 

 ――俺がこの部屋に入った事に気付いたのだろうか。

 

 そっと中を覗くと、変わっていない収納物が醜悪を迎えた。上から覗いたら隙間の一つも見えないくらいにぴっちり並んでいる札束に、やはり変化は無いように見える。その内の一つを手に取った瞬間、見計らったようなタイミングで電話が鳴った。

 

 仕方なく反対の手でスマホをポケットから抜くと、標的からの着信だと表示されていた。まだ十時になっていないのに――醜悪は未だ鳴っているそれを床に置く。今は作業を優先するべきだと判断したのだ。徒歩で喫茶店に通う標的が帰るまでは、早くても十五分はかかる。

 

 醜悪が取り出した札束の下にはまた札束があり、面倒になって全ての札束を取り出したところ、札束の層によって今まで見えていなかった一回り小さい段ボール箱を発見した。その時――。

 

 がちゃり。  きぃ。  こっ、こっ――。

 

 鍵が開けられ、玄関の扉が開かれた。ヒールの音と共に標的が帰宅してしまった事に気付いた醜悪は、咄嗟に動く事が出来ない。

 

 下に空間を作っている扉の前に鞄が落とされた。扉の下を這って中に入って来る標的はあまりにも無防備だった。しかし、自身の定めた掟が醜悪を動かさない。彼はその場で立ち上がって、ようやく全身が部屋に入った標的を見据えている。

 

「……毒原真弓。ここにある金は、結婚詐欺に()めた対象から盗んだものだな? 俺は被害者からお前を殺す依頼を受けた、醜悪という者だ」

 

「なぁんだ……お金の事も全部、知ってたのね……?」

 

 醜悪は(ふところ)に忍ばせているサバイバルナイフの柄に手をかけた。

 

 

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