四
ちょうど同じ頃、止水は宰相である湖千峰と東北地方における灌漑工事について話し合っていた。
「その件については、北安の国司に至急連絡を取りましょう」
「頼む。それと、北安への監察御史の派遣も同時に行いたい。手筈を整えてくれるか?」
「御意に」
湖千峰は軽く目を伏せ、臣下の礼をとる。これでひとまずの仕事は終わった。
(いつものことながら、この若い帝の迅速で確実な判断に目を瞠らされる。)
千峰は自分の妹の孫、千樹が淹れたというごく普通のお茶を片手ですすりながら長く蓄えられた白い顎鬚を撫ぜた。このような上に立つべき帝の側に仕えられる千樹が少し羨ましい。
「しかして湖宰相。あなたの孫娘が第三位で国試に合格したようだが。」
執務室の窓を開けようと立ち上がっていた帝が、ふと思い出したように振り返った。
「麗千ですか。あれは我が一族の中でもかなり優秀でしてね、首席はかたいと思ったのですが。やはり上には上がいる」
「おめでとう、と言っていいのかな」
「いや、だめでしょうな。中々プライドの高いもので」
千峰が神妙な顔で言い、止水はこらえたように小さく笑った。
湖宰相は、三位合格の通知を握りしめて泣いていた孫娘の姿を思い浮かべる。もちろん合格した嬉し涙ではなく、自分の上に二人もいたことに対しての悔し涙だ。かなり負けず嫌いなところは自分の妻に似てしまったらしい、と嬉しいやら困ったやら複雑な気持ちである。堪えきれずに緩んだ宰相の頬に気づいた止水はさらに笑った。
「氷の宰相も、孫娘には弱いんだな」
「ハハハ、ご冗談を。それにしても、今年は次席と第三位合格がそろって女性だとは。これからはそういう時代が来るかもしれませんのう。女性がいるというのは監視の目があるようでして。なかなか仕事がはかどっているようです」
千峰は温くなりかかっているお茶を卓の上において続ける。
「家の者によると、会議の前の根回しや賄賂なども三年前と比べたら格段に減っているようですぞ」
「…お前の情報収集能力は恐ろしいな」
「今更ですな。それに陛下は知っておられますかな?」
止水は眉根を少し寄せ、首を傾げる。
「確か…次席合格の…丁明燕といいましたかな。平民出身で変わり者らしいですよ。なんでも蔵書管理官が第一志望だとかで。宮中でも噂になっております」
「ほう、それは珍しい者がいたものだな」
止水の目がすぅっと細まったのを千峰は見逃さなかった。
(はて、何か帝と蔵書室はつながりがあっただろうか?)
頭の中を逡巡したが、記憶の持ち合わせはなかった。
「さて、すっかり長話をしてしまったな。湖宰相。今日もご苦労だった。ゆっくり休むといい」
止水もこれ以上話す気はないらしい。
話を打ち切ると、止水自らが立ち上がって執務室の扉を開けた。




