十四
「あの、ちょっといいかしら?」
腫れた目元をごまかしながら働いていると、蔵書室ではめったに聞かない女性の声が聞こえ、周りが急に色めきたった。
「久しぶりの女性だぞ」なんて声があちらこちらから聞こえ、明燕としては少々複雑な気持ちである。
しかし、入口から声をかけた女性はそんな気持ちを吹き飛ばすほどの妖艶な美女であった。白磁のような白い肌に、紅をひいた艶やかな唇。目は黒曜石のよう。そして女官服の女性らしいデザインが、女のふくよかな胸元や腰を一層際立たせていた。絶世の美女だと言っても過言ではないだろう。
「はい、何の御用でしょう」
入口の傍にいた、幸運な官吏が鼻の下を伸ばしながら対応する。
「個人的に本を借りたいのだけれど、私でも借りられるかしら?」
「はい、もちろんです!何の本をお探しですか?」
「えぇっと……そうね、あの子に案内してもらっても?」
美女に指名をされた憎い官吏は誰だと、皆の目が美女の指先の方へ向く。
「え?私?」
完全に傍観を決め込んでいた明燕は、突然の指名に資料を整理する手を止め、自分の方へ顔をむけて微笑んでいる美女を凝視した。
「ええ、お願いできるかしら?」
「はい、私でよければ」
「なんだ、明燕か……」
「明燕は女だもんな、まあいっか」
美女が指名したのが明燕だと分かると、蔵書室の官吏達は煮えたぎらせていた敵対心をすっと沈め、各々の仕事に戻っていった。
戻り際に好きな食べ物は何かとか、好きなタイプをさりげなく聞いてくれと明燕に耳打ちすることは忘れない。
「では、ご案内しますね。お探しの本の題名は分かりますか?」
「うーん、そうね。題名というか、西国の医術についての本を読みたくて」
「西国医術ですね、分かりました」
西国医術の書物は、医術書の棚にあったはずだ。広い蔵書室の中を迷うことなく歩いていく。
「…こうして、女が医術書を借りに来るのは変かしら?」
「いいえ、蔵書室は宮廷に勤める者ならば誰にでも書物を貸出しますし、私自身多くの人に読んでもらいたいと思っていますから。…まあ、女性の方は、まだかなり珍しいですけど。」
「そう。今の帝がどうであれ、そう簡単に世の中が変わるものではないわよね。」
女官は形の美しい目を細めて、明燕を見る。相手の本心を探るような目だ。
「あなたは噂の庶民出身の官吏でしょう。身をもって感じたのではなくて?」
「……もちろん簡単ではありませんね。でも、私は変えていきたいんです」
明燕も、まっすぐに女官を見た。




