十三
ゆっくりと目を開くと、見慣れぬ部屋の景色が飛び込んできた。
昨日のことが夢でないことを、改めて思い知る。
泣き疲れていつの間にか寝てしまったらしい。ゆっくりと上体を起こすと、止水は隣の長椅子で横になっていた。国王陛下を長椅子で寝かせるなんて、と慌てて寝台から降りる。
立ってみると、格子窓の外で、薄く夜が明けていく様が見えた。
何か、大事な忘れているような気がして首を傾げる。
「っ仕事!」
今日は休みではない。まだ出仕して間もないのに、遅刻なんてしたら蔵書室はともかく、他の部署からどんな批判を浴びるものか分かったものではない。他の女性官吏へのとばっちりも考えると、それは許されないことである。
「…起きたのか?」
上体だけを起こした止水が、おもしろそうに明燕を見ていた。
「陛下、私仕事に」
「そんなに慌てなくても、まだ寅の刻だ」
「え?寅の刻?」
必死に服を整えていた手がとまる。
「なんだぁ…」
止水がするりと立ち上がると、安心して力を抜いた明燕を抱きしめた。
「陛下……」
「……夢では、ないのだな。明燕がここにいるのは。」
止水も同じことを思っていたらしい。まるで存在を確かめるように明燕の頬に触れる。
「また会ってくれるか?」
断れるはずもない。しかし言葉にするのも恥ずかしくて明燕はこくりと頷いた。
「時間がある時、明燕の部屋に文を投げさせる。もし、明燕の時間さえあったら英寮殿の山茶花の下で会おう。英寮殿は今は空き殿だ。めったに人は入らない、見つかることもないだろう」
「はい」
また、この人に会えるのだ。
きゅっと結んでいなければすぐにゆるむ口もとを隠そうと顔を下に向ける。
「明燕」
しかし、止水にあごを掬い取られて目があってしまう。
(また、だ……。)
からめとられたように動けなくなった。
そのまま、頬に小さな口づけを落とすと、止水はにやりと笑う。
「期待したか?」
「なっ、してないです!」
止水は、またゆるやかに笑うと真っ赤になった明燕の手をひく。
「送っていってあげよう」
十年前と同じ言葉。しかし、あの時とは全然違う。
止水は自らの手に伝わる、明燕の手の温かさを感じていた。
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「おはようございます」
「おう、おはよう……って丁。お前ずいぶん目腫れてないか?」
「きっ気のせいじゃないですか?いつもこんな感じですよー」
「……なんか隠してるな?」
張高悠は訝しげな目で、否定する明燕を見る。
「また他の部署の奴らに!?」
「ええっ!それはないです!月餅に誓ってないです!」
「誓う相手が月餅かよ……。食い意地はってんな。まあそんだけ言うなら信じるけど、お前、ほんと何かされたら言えよ!」
「ありがとうございます」
(されたといったら、されたのかも……)
お礼を言いつつ、今朝止水に口づけられた頬を思わずおさえた。まだその時の感触が生々しく残っているようだ。
顔を染めて仕事を始めた明燕に、高悠がますます訝しげな目をしたのは言うまでもない。




