十一
「あの、ここから奥は……」
明燕は道すがら小声で男に声をかけた。明燕の手をひく男は、どんどんと宮中の奥へと足を進めていく。しかし宮中の奥は、国王陛下、蒼止水が住む場所である。明燕のような一般官吏にとって、おそらく一生入る機会のない場所であろう。下手に入ったら、処罰されることだってありうるような場所なのだ。
困惑する明燕に、男は「気にするな」と一声かけるが、止まる様子はない。
とうとう寝所へと続く門まで来てしまった。
いくら国王陛下と親しいからといって、自分だけならまだしも、いきなり連れてこられた見知らぬ女まで入ることは難しいに違いない。松明の明かりによって、強面の門番の顔が照らされ、明燕は思わず男の後ろに隠れるように下がった。
しかし、男が小声で何かを告げると、門番はうやうやしく頭を下げて二人を通した。追い返されなかったことにホッとするも、今度は違う恐ろしさが湧いてくる。
(もしかしたら、お役人様は王族なのでは……?)
帝の生活する場に、緊急の場合を除いて、何の申告もなく入れるのは宰相と腹心の側近、それから帝から信頼されているという数人の王族だけである。もちろん湖宰相でないことは明らかなので、残るは側近か王族になる。そして男の服装からしてみるに、王族という線が濃厚であった。
もし王族だとしたら、明燕はろくに臣下の礼もせずに無礼極まりない対応をしたことになる。
そこまで考えたところで、男はくるりと明燕に向き直った。
濃紺の髪がさらりと流れる。
ちょうど雲のあいまに出た月が、向かい合う二人を照らした。
明燕は、なぜか動けない。
月に呪いがかけられているのだろうかなんて、頭の片隅で思う。
男の目の中に映っている自分の姿が、なんだか別のもののように感じられた。
「明燕、私の名は」
男はそこで小さく息を吐いた。
そして、またあの射抜くような強い目で明燕を貫く。
(……ああ、呪いは、月ではなくてこの目だ……)
もう瞬きさえできない。
「…私の名は、蒼止水だ」
風が、ざあっとふいた。




