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山茶花の春  作者: 木村
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豊かな海に面した蒼の国、蒼国そうこく。言葉通り海からの恵みと、地の利を生かした海上貿易によって栄えている大国である。先帝が崩御してから六年。蒼国が強国となったのは現帝の御世によるところが大きい。腐敗しきった官僚制をただし、年貢の見直しを行い、航路の再編成を行った。昨年からは身分を問わない学舎を創設し、民衆の知識水準の向上をはかっている。それらの全てを行ったのは当時二十歳を迎えたばかりの今世帝であったのである。

前代未聞とさえ言われる大改革の結果、蒼国は六年前と比べ格段に豊かになり、あらゆる都市は人であふれることになった。

既に賢王と名高い今世帝、蒼止水そうしすいの威光は、留まるばかりか、今なお広がり続けている。




栄華を極める今世であったが、蒼国は一つの大きな問題を抱えていた。帝自身がその問題の解決に全く前向きではないため、周りの者はもうお手上げといった様子である。


「止水様、どうかお后様をお迎え下さい。后でなくとも、妃でもいいのです。せめて側室のお一人でも。」


国務の間のわずかな休憩。狙ったようにやってきた貴族の懇願を、止水はあっさりと撥ねつけた。


「私は好いた者としか契りを結ぶつもりはない。何度いったら分かるのだ。」


「しかし、この国にはお世継ぎが必要です。陛下のお戯れは役目をはたしてから、いくらでも好きなようにできるのですから。」


暗に男色をほのめかしてきた貴族に、止水は呆れた目を向けざるを得なかった。


「禅譲という手があろう」


「ですが…それでは陛下のお血筋が!」


「国を率いるのが必ずしも、開国の祖の血でなければならないということはない。現に我が父と兄に民は着いて来ず、国を滅亡の一歩手前までおいやったではないか。持ち堪えたのは民を支え続けた湖宰相の尽力があったからだ。」


前帝の時代を思い出したのか、止水の藍墨色の目が冷たさを帯びた。思わず周りにいた役人の身が竦む。

目の前にいる憐れな貴族は、その比ではないのだろう。顔が死人のように青白くなっている。


「まあまあ陛下。そこの貴族殿は、宮中の誰もが思ってることを言ってるんですから、そんなに圧力かけないであげてくださいよ。」


執務室の凍った空気を緩ませるような、のんびりとした声が入り口から響いた。陛下の側近である李千樹(りせんじゅ)が戻ってきたのだ。やっとこの空気から解放されると、皆がほっと力を抜く。


「荘殿も今日のところは帰った方が賢明なご判断ですよ。もっとも、陛下の機嫌を悪くさせたいなら別ですがね」


持ってきた茶をそそぎながら、男が軽口を叩く。


憐れな貴族、もとい荘景南そうけいなんはこれ以上止水の機嫌を損ねる勇気などあるわけなく、一礼をするとそそくさと退室していった。


「…助かった。」


「そう思うんでしたら私の禄のほうよろしくお願いしますね。」


「…」


ジロリと睨む止水に、千樹は気にした様子もなく肩を竦めた。


「冗談ですよ、冗談。それにしても、わざわざ執務室にまで来るなんて、図太い神経してますね〜」


「あれは、左大臣か右大臣あたりに言わせられてるのだろうな。荘影南には妙齢の娘はいなかったはずだ」


止水はため息をつきながら千樹の淹れたお茶に口をつけた。不味くもなければ上手くもない、普通の味だ。何をやらせても人並みをゆうに超えてゆく千樹だったが、茶を淹れることだけは人並みにしかならなかった。それも、血の滲むような努力をして、ようやく人並みなのである。その千樹は止水の言葉に、いたずらっぽく笑った。


「陛下のいう年頃の娘がどのくらいの範囲を指すのかによりますね。確か彼には後妻さんの五歳の娘さんがいらしたは…あ、すいません。冗談です、冗談…」


先ほどとは比べものにならないぐらい冷徹な笑みを浮かべた止水にさすがの千樹も身震いを感じたのであった。

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