紙の向こう側
とある物語の裏側という設定です。
物語の中でしか生きられないから、自分をなくした登場人物。
そんな中、私と彼女だけが、自分を失わずにそこにいた。
互いにとって互いが救いであり希望。
そんな話です。
この世界は醜く歪んでいる。
皆が口を揃えて言う。
「君の為に」「あなたの為に」
それらは全て、私に向けられた言葉。
「僕たちはここにいる」「あなたの側に、ずっと」
必要と、されているのだろうか。私は、彼らに。
私がいなければ、彼らはきっと存在する事すらできないのだろうから。
けれど、それは滑稽だと笑い飛ばすにはあまりに重く、私をここに縛り付ける。
「「愛してる」」
何重にも重なって聞こえるその言葉は、私にとって意味はない。
そこに込められた想いは、純粋な好意なんかではないと、私は知っている。
だからその言葉を、私は欲して等いない。
けれど、たったひとつだけ。この世界にも、意味が有るものがある。
その為に、私はここに居座っていると言っても過言ではないだろう。
「あら、あなたがこんなところにいていいのかしら?」
冷やかすようなその声は私にまっすぐに向けられている。
ああ、そう…この声だ。
私は振り返る。そこには一人の女が立っていた。
「みんなあなたを探しているんじゃなくて?」
「ええ、きっと…いえ、絶対そうね。でも、少しだけ息抜きがしたかったのよ。」
わかりきった質問を敢えてする彼女に対し、私はほんの少しだけ疲れを見せるように話す。
「でも、もういいわ。あまり離れてると、悪いもの。」
そうわざと諦めるように言い、私は彼女とすれ違おうとする。
そうして彼女の反応を誘う。
「あなたは幸せね?皆に愛されて。」
彼女はそう言って、私を引き止める。
彼女の言う事は皮肉だ。わかっている。
でも私は、それが聞きたかった。
彼女はそんな言葉とは裏腹に、とても悲しそうな、私を哀れむような、そんな顔をしていた。
私はいつも思う。どうして彼女がそんな顔をするのかと。これは私の問題で、彼女は関係ないのにと。
けれど同時に私には、彼女のその表情が、それが何よりも嬉しかった。
だけど本音を口にしてはいけないから、だから私は笑って答える。
「ええ、幸せよ。」
私の笑顔は、きっと輝かしいものではない。
だって私は、寂しくて、悲しくて、空しくて、どうしようもないから。
『…どうして…』
言葉にできない言葉を、彼女の口は唱える。
彼女はきっと、どうしてあなたなのかと。どうしてあなたがこんな目に遭わなくてはいけないのかと。
そう言いたいのだろう。
けれど私たちは、この世界にいるものは、決められた台詞以外を吐いてはならない。
全ては偽りでしかなく、本音を語るのは表情でしかない。
しかしその表情も、本音も、時には偽りに染まる。
勝手に、動かされてしまう。
今この世界で正気を保っているのは、私と彼女だけだろう。
他の人はもう、ただの操り人形と化している。
私は未だに不思議でならない。
何故、最も影響を受けやすい私が、未だに正気を保っていられるのか。
けれど彼女に会うと、なんとなく、わかる気がする。
始まりからずっと一緒だっただろう彼女は、誰よりも私を心配してくれている。
私の事を気に病み、一番に想ってくれている。
それは偽りでなく、本心から。
きっと、それなのだ。それが理由なのだ。
現に私は、彼女という存在を唯一のよりどころとし、彼女の想いで満たされている。
そう、だから私は、ここにいる。
彼女と離れないためならば、なんだって我慢できる。
たまにこうして彼女と会って、偽りの言葉の裏で、本当の想いを受け取って。
それで、充分だろう。
「それじゃあ、ごきげんよう。」
彼女に想ってもらえる。それが唯一だけど、何よりの救いだから。
彼女がいてくれる、それが、私に許された、ささやかな幸せなんだ。