表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

白と寝癖とたまに犬



「なあ、俺に妹なんていたか?」



問いかける声は頼りなく、問いかける姿は挙動不審。そんな友人の姿を胡散臭さそうに見る、灰色の髪に寝癖の少年。

「今さら何言ってんだバカか死ねよ」

「息を吐くように罵倒すんなよ」

「君は罵倒されるようなこと言うなよ」

「いや、変なこと聞いてるとは思うんだけど。真面目に答えてくれないか」

表情の見えない、というか、顔も見たことがない、真っ白ローブの友人。でも、困ったことはない。声だけで感情も真意も相手に筒抜けなのだから。

こいつほど純粋なやつもいない、少年は首肯する。

「…いつも君の後を、ちょろちょろと付いて回ってたろうが」

妹、緑の髪のちび。

冗談とは思えない声色。錯乱、記憶喪失、、頭の病気。ハテナが舞い踊る。

双子の妹を忘れるか?

「いつ?」

「は? いつもだって」

「具体的に」


………あれ。


少年は口をぽかんと開け、驚いた。友人とは気持ち悪いくらい、一緒にいるのだ。学院内では特に。端からは、互いに他に友人がいない寄せ集めに見えるだろうが、案外少年は気にいっていた。

その少年の記憶。妹の情報。友人の後ろを追っかけ回してる妹。なら、友人と共にいる少年は会ったことがあるはず。いや、会った。何を話した? わからない。情報だけで、記憶にない。

「おお。なんか面白いな」

「は?」

「Xファイルみたいな」

「へ?」

「なに、侵略されてんの君」

少年は一変して、楽しそうに笑った。頭の回転は早い方だと自負している。自覚した瞬間、当たり前のように出てきた記憶。

帰り道でラーメンを食べた、四人で。

昼休みに抜け出した、四人で。

なんて滑稽。なんて嘘臭い。自分の脳内が弄られた感覚に、いっそ笑いがこみ上げてくる。

「はっは、これはすごいね」

「よくわからないんだが、わかってくれたのか」

「まあ。でも、次はだめだな。蓋されたから同じ手は通じない」

「…つまり?」

「君の味方は僕だけ」

にやりと笑う少年。白いのが、後ずさりするように一歩下がった。

「味方が出来たはずなのに」

「なのに?」

「敵を増援したような気が」

「君はたまに賢いな」

「…つまり?」

「聞きたいの?」

「いや、やっぱいい」

ふるふる、ローブが幼子のように揺れる。そう嫌がられると、少年は愉快で痛快で仕方がないんだが。少年の視覚できない尾が、少年の気持ちを表し蛇のごとく波をうつ。

「お揃いでー」

燃えるような赤い長髪に、褐色の肌、少年とは頭一個分違う身長、ついでにイケメン。しかし、その頭には髪と同色の、犬耳。その尻にはこれまた同色の、もふもふ尻尾。

言わずもがな、獣人であり、ラーメンを食べ抜け出した最後の一人。

「なんやなんや、けったいな顔しおってからに」

「いや、顔は見えてないだろ」

「白やん、心の目、心の目や」

「君の目は年がら年中曇ってるだろ。ああ、そうだ。ちょっとうざいから死んでくれよ」

「消しゴム貸してくれへん?ぐらい、お手軽に罵倒すんなや。恐ろしい子やな」

で、何の話してたんや、と犬は言う。その様は、遊んでくれよと言わんばかりのゴールデンレトリバーを想像させたんだとか。少年だけは何故か、踏み潰したくなったんだとか。

「俺の妹の話なんだが」

白いのは迷う。この犬に話すことに、意味はあるのだろうか。

だんだん風も冷たくなってきたし、俺が風邪引いたらどうするんだ。他にはどうとでもない風邪でも、体の弱い俺は死ぬる自信がある。

白いのは迷う。

「おうおう。妹ちゃんがどうしたんや。なんや、今日は連れてへんのかいな?」

「………」

「なんや、しょっぱい顔して」

「だから顔は」

「白やん、心の目、心の目やで」

「君の目は本当に見えているのかい。よければ僕が潰してあげようか」

「優しく気遣ってるように罵倒すんなや。優しさが痛いわ」

「ああ、そうか。すまないね。要らないのは、話を聞こうとしない、その耳か」

「すみませんでした」

尻尾が左足に巻きつき、必死に怯えを表している。

白いのはため息。そして、口を開く。

「妹は偽物だ」

「なるほど、本物は地下の牢獄に閉じ込められとるわけやな」

「わけやない」

「君、犬がうつってるぞ」

白いのは自分でも整理しながら、ことのあらましを語った。少年は理解し、背景を思案した。犬は頷き、今日の晩御飯を思案した。

「…お前わかってないだろ?」

「偽物なんやろ?」

「信じんのか?」

「嘘なん?」

「嘘じゃないけど、普通信じないだろ」

「俺が白やん疑うと思うてん?」

「そういうわけじゃないが…」

「白やんはあの日、俺のこと信じてくれたやないか。あの日から俺、白やんには無償で尽くす決めとんねん」

「あの日?」

「給食費が盗まれて、俺に容疑がかかった、あの日」

遠いどこか向こうを見て、たそがれる、犬。その目はどこか悲しげで。

遠い昔、獣人は人の奴隷だった。今でこそ学校にも職にも困らなくなったが、獣人はまだ人として認められてない部分がある。主に精神的な面で。人から蔑んで見られることもしばしば。


犬だけに。


そんな犬を、たまに白いのは自分に重ねて見てしまうのだ。白いのは手を伸ばし、頭を丁寧に撫でる。男の頭を撫でると考えると薄ら寒いものがあるが、犬だから支障はない。

そして、さとすように。

「うち、弁当だろ」

「白やん、心の給食費、心の給食費や」

「まかせろ、僕にいい考えがある。金がないのなら、君の命でまかなうといい」

「俺の命は空気より軽いみたいやな。生かせてくれや」

くしゅん、白いのがくしゃみをした。少年は焦る。犬と書いて馬鹿とよむ、あれに付き合ってたせいで、配慮が足らなかったようだ。友人はただの風邪で、重態。三途の川で水遊びをした、もやしっこだ。

「ほら、中に入ろう。この話はまた今度。いいね?」

「ああ」

「寒いか、白やん。俺の懐で暖めたろか?」

「結構よ、ホモ要員は速やかに撤退して欲しいところね」

「ホモ要員て。いやや、俺かて嫁にするなら雌のが好きや」

「そう思っていたはずだったのに」

「いつの間にか育ってしまった心やかましいわ」

「犬、君の脳みそはミクロサイズなのかい、そうなんだろ」

犬が振り向くと、白いのと寝癖の少年は気づかないうちに歩調を止めていたらしい。隣には、緑が見える。若葉色の。

「………うぉっ。噂の妹ちゃんやん」

「ハローエブリワン」

「何人やねん」


火蓋は切って落とされた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ