白と寝癖とたまに犬
「なあ、俺に妹なんていたか?」
問いかける声は頼りなく、問いかける姿は挙動不審。そんな友人の姿を胡散臭さそうに見る、灰色の髪に寝癖の少年。
「今さら何言ってんだバカか死ねよ」
「息を吐くように罵倒すんなよ」
「君は罵倒されるようなこと言うなよ」
「いや、変なこと聞いてるとは思うんだけど。真面目に答えてくれないか」
表情の見えない、というか、顔も見たことがない、真っ白ローブの友人。でも、困ったことはない。声だけで感情も真意も相手に筒抜けなのだから。
こいつほど純粋なやつもいない、少年は首肯する。
「…いつも君の後を、ちょろちょろと付いて回ってたろうが」
妹、緑の髪のちび。
冗談とは思えない声色。錯乱、記憶喪失、、頭の病気。ハテナが舞い踊る。
双子の妹を忘れるか?
「いつ?」
「は? いつもだって」
「具体的に」
………あれ。
少年は口をぽかんと開け、驚いた。友人とは気持ち悪いくらい、一緒にいるのだ。学院内では特に。端からは、互いに他に友人がいない寄せ集めに見えるだろうが、案外少年は気にいっていた。
その少年の記憶。妹の情報。友人の後ろを追っかけ回してる妹。なら、友人と共にいる少年は会ったことがあるはず。いや、会った。何を話した? わからない。情報だけで、記憶にない。
「おお。なんか面白いな」
「は?」
「Xファイルみたいな」
「へ?」
「なに、侵略されてんの君」
少年は一変して、楽しそうに笑った。頭の回転は早い方だと自負している。自覚した瞬間、当たり前のように出てきた記憶。
帰り道でラーメンを食べた、四人で。
昼休みに抜け出した、四人で。
なんて滑稽。なんて嘘臭い。自分の脳内が弄られた感覚に、いっそ笑いがこみ上げてくる。
「はっは、これはすごいね」
「よくわからないんだが、わかってくれたのか」
「まあ。でも、次はだめだな。蓋されたから同じ手は通じない」
「…つまり?」
「君の味方は僕だけ」
にやりと笑う少年。白いのが、後ずさりするように一歩下がった。
「味方が出来たはずなのに」
「なのに?」
「敵を増援したような気が」
「君はたまに賢いな」
「…つまり?」
「聞きたいの?」
「いや、やっぱいい」
ふるふる、ローブが幼子のように揺れる。そう嫌がられると、少年は愉快で痛快で仕方がないんだが。少年の視覚できない尾が、少年の気持ちを表し蛇のごとく波をうつ。
「お揃いでー」
燃えるような赤い長髪に、褐色の肌、少年とは頭一個分違う身長、ついでにイケメン。しかし、その頭には髪と同色の、犬耳。その尻にはこれまた同色の、もふもふ尻尾。
言わずもがな、獣人であり、ラーメンを食べ抜け出した最後の一人。
「なんやなんや、けったいな顔しおってからに」
「いや、顔は見えてないだろ」
「白やん、心の目、心の目や」
「君の目は年がら年中曇ってるだろ。ああ、そうだ。ちょっとうざいから死んでくれよ」
「消しゴム貸してくれへん?ぐらい、お手軽に罵倒すんなや。恐ろしい子やな」
で、何の話してたんや、と犬は言う。その様は、遊んでくれよと言わんばかりのゴールデンレトリバーを想像させたんだとか。少年だけは何故か、踏み潰したくなったんだとか。
「俺の妹の話なんだが」
白いのは迷う。この犬に話すことに、意味はあるのだろうか。
だんだん風も冷たくなってきたし、俺が風邪引いたらどうするんだ。他にはどうとでもない風邪でも、体の弱い俺は死ぬる自信がある。
白いのは迷う。
「おうおう。妹ちゃんがどうしたんや。なんや、今日は連れてへんのかいな?」
「………」
「なんや、しょっぱい顔して」
「だから顔は」
「白やん、心の目、心の目やで」
「君の目は本当に見えているのかい。よければ僕が潰してあげようか」
「優しく気遣ってるように罵倒すんなや。優しさが痛いわ」
「ああ、そうか。すまないね。要らないのは、話を聞こうとしない、その耳か」
「すみませんでした」
尻尾が左足に巻きつき、必死に怯えを表している。
白いのはため息。そして、口を開く。
「妹は偽物だ」
「なるほど、本物は地下の牢獄に閉じ込められとるわけやな」
「わけやない」
「君、犬がうつってるぞ」
白いのは自分でも整理しながら、ことのあらましを語った。少年は理解し、背景を思案した。犬は頷き、今日の晩御飯を思案した。
「…お前わかってないだろ?」
「偽物なんやろ?」
「信じんのか?」
「嘘なん?」
「嘘じゃないけど、普通信じないだろ」
「俺が白やん疑うと思うてん?」
「そういうわけじゃないが…」
「白やんはあの日、俺のこと信じてくれたやないか。あの日から俺、白やんには無償で尽くす決めとんねん」
「あの日?」
「給食費が盗まれて、俺に容疑がかかった、あの日」
遠いどこか向こうを見て、たそがれる、犬。その目はどこか悲しげで。
遠い昔、獣人は人の奴隷だった。今でこそ学校にも職にも困らなくなったが、獣人はまだ人として認められてない部分がある。主に精神的な面で。人から蔑んで見られることもしばしば。
犬だけに。
そんな犬を、たまに白いのは自分に重ねて見てしまうのだ。白いのは手を伸ばし、頭を丁寧に撫でる。男の頭を撫でると考えると薄ら寒いものがあるが、犬だから支障はない。
そして、さとすように。
「うち、弁当だろ」
「白やん、心の給食費、心の給食費や」
「まかせろ、僕にいい考えがある。金がないのなら、君の命でまかなうといい」
「俺の命は空気より軽いみたいやな。生かせてくれや」
くしゅん、白いのがくしゃみをした。少年は焦る。犬と書いて馬鹿とよむ、あれに付き合ってたせいで、配慮が足らなかったようだ。友人はただの風邪で、重態。三途の川で水遊びをした、もやしっこだ。
「ほら、中に入ろう。この話はまた今度。いいね?」
「ああ」
「寒いか、白やん。俺の懐で暖めたろか?」
「結構よ、ホモ要員は速やかに撤退して欲しいところね」
「ホモ要員て。いやや、俺かて嫁にするなら雌のが好きや」
「そう思っていたはずだったのに」
「いつの間にか育ってしまった心やかましいわ」
「犬、君の脳みそはミクロサイズなのかい、そうなんだろ」
犬が振り向くと、白いのと寝癖の少年は気づかないうちに歩調を止めていたらしい。隣には、緑が見える。若葉色の。
「………うぉっ。噂の妹ちゃんやん」
「ハローエブリワン」
「何人やねん」
火蓋は切って落とされた。