はじまりを語る
いつの間にか、自分だった。
始まりはわからない。
昨日だったようにも思うし、数年前の気もする。はたまた、何百年前。うん、言い過ぎたな。けど、あながち間違っていないのかもしれない。
私にはそれくらい、曖昧なことなのだ。
大きな屋敷の小さなバラ園の隅。
私はひっそりと蔓を伸ばし、小さな白い花をぽつぽつと咲かせている。誰に気づかれることもなく。
その日の太陽は優しく。
私はうたた寝を始めたのだった。
ひっく、うぐ、ぐ、ひっく。
子供の泣き声。
声を抑えようと必死で。
そして、失敗してるような。
私は眠い目をこすり、葉を震わせ、様子をうかがう。
蔓を伸ばし、赤い一際大きなバラの紅玉に話しかける。
《ねぇ、あの子はどこ?》
《君のお気に入り? ほら、そこ》
紅玉が言う先に、白いまりものようなちんちくりんな生物が。
うごうごとゆっくりバラ園を進む。
奥へ、奥へと。
《面白いわね、毎回》
《命がかかっているからね、面白がるもんじゃないさ》
《にやけてるわよ》
《……わかる?》
にへら、人間で言うところのだらしない笑みを浮かべる紅玉。花とは真っ向から正反対の性格なのだ。不思議なことに。
《今日はどうしたんだろうね》
《決まってるじゃない》
《聞いてみただけさ》
紅玉は大きくあくびをすると、瞬く間に深い眠りへと落ちていった。私にはお構い無しに。
いつものことなので、気にしない。
それよりも。私は。
定位置であの子を待つ。
今日は綺麗に花が咲いたんだ。
うまく慰められるかな。
まりもが見えた。
丸まっているのは、泣いている姿を見られなくないから。真っ白なのは、体を覆うように分厚いふかふかのローブを着ているから。
あの子に取って、太陽は恵みではなく。
あの子に取って、太陽は枷でしかない。
少しでも隠して上げられるよう、私は葉を広げる努力を欠かさない。
「やだ、もう、いやだ」
泣かないで。
あなたが泣くと、不思議と私も泣きたくなるの。
私の育った場所は、泣いているあの子の秘密基地。人間は誰も知らない。植物はみんな知ってる。
「こんな風なら生まれたくなかった」
涙は枯れる事なく、地面にシミを作る。
《私は会えて嬉しいわ》
私の言葉は届かない。
《本当よ》
私の言葉は届かない。
声は太陽の位置が変わるまで続き、私は彼が何か言う度に応える。これは雨が降ったら傘をさす程度の、当たり前のこと。届かなくてもいい。私がしたいからしてるだけ。
嘘だ。
でも、どんなに願っても、届かないものはある。そのことに文句を垂れるほど、もう私は子供ではない。
《ばいばい、またね》
背中を丸め、弱々しく帰って行く背中。その手を引くことも、頭を撫でることも、返事すら、私には不可能で。
綺麗に咲いた、自慢の花。
あなたには気づいてももらえなかった。
《私の花にも意味があるかな》
他の意味なんて要らないから。