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転生者たちがチートに酔いしれる世界で、俺だけは生身の知恵と和洋折衷呪術でラグナロクを阻止する  作者: あやと


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第14話 漆黒の地下室と尋問の罠

皇神学園の校舎裏手から旧校舎へと延びる石畳の通路は、太陽の光が届かない深いコンクリートの谷間であり、頭上を覆う古びた配管の継ぎ目からは冷たい地下水が絶えず水滴を落としていた。


賀茂の或は足音を完全に殺し、濡れたアスファルトの表面を滑るようにして影から影へと移動する。

右手首のサラシの下では、前夜からのインフラの過負荷に共鳴する青黒い呪印が、微熱を帯びた針で神経を突き刺すような鈍痛を放ち続けている。或は奥歯で自身の舌の側面を軽く噛みしめ、その鉄錆の味を頼りに身体の芯の感覚を引き締めながら、風祭鈴音の端末から放たれた微弱なシグナルを追っていた。


旧校舎の裏口に通じる重い鉄製の勝手口は、厳重な魔導ロックによって閉ざされていたが、或が懐から取り出した木製のマスターキーの模造品を鍵穴に差し込み、エルダー・ルーンの刻印の位相を逆算して相殺すると、カチリという乾いた音とともに内側へと静かに開いた。


内部の空気は、表棟の洗練された浄化魔力とは異なり、古いコンクリートの粉塵と錆びた鉄の臭いが混ざり合った澱んだ湿気に満ちていた。

或は身をかがめて暗い廊下へと滑り込み、重い扉をそっと閉めて内側から施錠する。


ここから先は、管理機構の公式な監視網すらも迂回する、旧校舎の地下層へと続く保守用の通路である。

鈴音を連れ去ったヴォルフガング・リッターが向かった先は、さらに深く潜った場所にある地下室――下級幹部たちが秘密裏に不穏分子を締め上げるための私的な尋問室、そして神代回廊の実験炉へ直結する最果ての領域であった。


(……足取りを乱すな。奴らが張っている魔導グリッドの密度は、表通りや管理棟の比ではない)


或は暗がりの中で身を低くし、壁面に這う古い魔導配線の束に視線を走らせた。

案の定、地下室へ続く下りの階段の手前には、肉眼では捉えられない淡い青色の光の網目が幾重にも張り巡らされていた。自動感知グリッド――生身の人間がわずかにでもその魔力場に触れれば、即座に旧校舎全体の警報が鳴り響き、高圧の霊的パルスが侵入者の神経を焼き切る仕組みの厄介な罠である。


或は立ち止まり、懐から麻の布袋を探って指先で一枚の血塗られた逆相ルーン呪符を引き抜いた。

表面に刻まれた五行の相生を断ち切る相剋の網目は、周囲の湿った冷気に触れて青白い微光を明滅させている。或はその呪符を地面に突き立てた一本の木製呪具の中腹に素早く巻き付け、自らの指先からわずかに血を滲ませて新たな呪印を上塗りした。東洋の陰陽道における「金生水、水生木」の循環をあえて「火」の相剋で逆転させることで、接近する魔導グリッドの検知波長に対して強烈なフィードバックの衝撃を叩き込む準備を整える。


「……来い。お前たちがいくら高尚な自動感知を並べようが、この配線の根本にあるのは泥臭い現実の電力と霊脈だ」


或が低く呟き、呪符を巻き付けた呪木を床の継ぎ目にそっと押し当てると、青白い閃光が静かに走った。

ズウン、と足元のコンクリートの底で重い地響きが走り、感知グリッドの青い網目が一瞬だけ歪んで不規則なノイズの隙間をぽっかりと開けた。そのわずかなタイミングを逃さず、或は音もなく身を翻し、グリッドの隙間に身体を滑り込ませて地下室へと続く階段を駆け下りた。


階段の底にたどり着くと、湿った冷気とともに、かすかな人の声が反響して聞こえてきた。

音の出どころは、地下通路の突き当たりにある分厚い防音扉の奥――旧校舎の地下室である。


或は壁面に這う古い空調ダクトの吸気口を見つけ、足場を確認しながら身軽に這い上がった。

細いダクトの内部を這い進み、尋問室の真上に位置する通気口の格子戸の隙間から、或は下を覗き込んだ。


冷たい蛍光灯の光に照り出された地下室の内部は、かつての古い実験室を無理やり改修したような荒涼とした空間であった。

中央には無機質な鉄製の椅子が置かれ、その背もたれと肘掛けには太い魔導拘束具が巻き付けられている。その椅子に拘束されていたのは、銀色の神楽鈴を手から離された風祭鈴音であった。彼女の制服の袖口や襟元には激しい衝撃を受けた際の擦り切れが見られたが、その冷徹な黒曜石のような双眸の光は依然として失われておらず、微塵も恐怖を浮かべることなく目の前の巨体の男を睨みつけていた。


その目の前に立っていたのは、北欧神話の終末魔獣フェンリルの力を宿す転生者、ヴォルフガング・リッターであった。

ヴォルフガングは両腕の魔導ガントレットの金属の爪をガチャリと鳴らし、不気味な笑みを浮かべながら鈴音の顔を覗き込んでいる。前夜の戦闘で或に付けられた微細な亀裂がガントレットの表面に残っているが、その狂気と暴力の気配はかえって鋭さを増していた。


「――ほう、大した度胸だ小娘。或の野郎が仕込んだネットワークのエラーのありかについて、まだ口を割る気はないらしいな」

ヴォルフガングの野太い声が、地下室のコンクリートの壁に低く反響した。「どれ、その小賢しい口から本当のことを吐かせるために、少しこのガントレットの牙で骨の髄まで痛みを教えてやろうか」


ヴォルフガングが脅すようにガントレットを振り上げた瞬間、鈴音は冷ややかに鼻で笑った。

「……何度同じことを問われても答えは同じさね。私たちが持っていたのは、あなたたちの腐りきった特権の嘘を暴くための真実のデータだけだ。或がそのデータをどう扱うか、あなたたちごときに想像できるものか」


「口だけは達者な雑種め……!」

ヴォルフガングが怒声を上げ、ガントレットの魔力回路を過負荷に回転させて鈴音の頬のすれすれを殴り抜けようとしたその時、或は通気口の暗がりで奥歯を強く噛みしめた。


(……動くな。ここで下手に飛び出せば、鈴音の命が危ういだけでなく、こちらの隠密の利点がすべて潰える)


或の心内での自制とは裏腹に、右手首の青黒い呪印が尋問室から漏れ出す微弱な神話的魔力の残響に反応し、激しい熱を帯びてジリジリと疼き始めた。その神経を焼くような痛みに反射し、或の指先がわずかに震え、通気口の金属製の格子戸をほんの数ミリだけ軋ませてしまった。


カチリ、と微小な金属音が地下室の天井付近に響いた。


ヴォルフガングの動きがピタリと止まり、その野獣のような黄色い双眸が鋭く天井へと向けられた。

「……ん? いまの音は何だ……?」


或は息を呑み、足音を完全に消してダクトの影へと身体をさらに深く沈めた。

しかし、或の右腕の呪印から発せられる青黒い霊的アークの微光が、通気口の隙間からかすかに下の空間へと漏れ出している。


地下室の入り口の暗がりから、もう一人の人影が冷ややかに歩み出た。


地下室の天井付近に張り巡らされた古い空調ダクトの暗がりの中で、賀茂の或は自らの心音さえも聞き取れないほどに呼吸を殺していた。

右手首のサラシの下で脈打つ青黒い呪印が、ヴォルフガングの放つ野獣のような闘気と地下層の濃密な魔力に当てられて熱を帯び、焼けるような鈍痛が神経を這い上がってくる。


(……くそ、この呪印の共鳴が、奴らの鋭敏な感覚を刺激しているというのか)


或は奥歯で舌の側面を強く噛みしめ、その鉄錆の味を頼りに痛みを全身の理性の内側へと押し込めた。

ダクトの格子戸の隙間から見下ろす下の空間では、天井から漏れた微かな霊的アークの気配を察知したヴォルフガングが、不気味に首を鳴らしながらガントレットの爪をギリギリと噛み合わせていた。


「おい……上のダクトのあたりから、妙な霊気の残り香がしたぞ。……そこに這いつくばっているネズミは、もしかして昨夜のあの雑種の陰か?」


ヴォルフガングの野太い声が地下室の冷たいコンクリートの壁を震わせる。

拘束された風祭鈴音は、そのヴォルフガングの威圧的な視線が天井の或に向けられた瞬間、微動だにしない冷徹な黒曜石のような双眸の奥に、わずかな緊張の色を走らせた。しかし、鈴音はその表情をすぐに引き締め、鼻でふっと冷ややかに笑ってみせた。


「……何を勘違いしているのさね。あなたたちのその凝り固まった被害妄想のせいで、そこら中の天井裏にネズミの幻影でも見えているんじゃないのかい?」

「口を慎め、雑種が……!」


ヴォルフガングが苛立ちに満ちた唸り声を上げ、巨体の拳を床に叩きつけようとしたその時、地下室の入り口の暗がりからもう一人の人物の足音が静かに響いた。

冷ややかなプラチナブロンドの長髪を揺らしながら歩み入ってきたのは、ヘレナ・フォン・エッダであった。彼女は教室内での査察の失敗による屈辱をまだ払拭しきれていないのか、その白磁の顔には険しい緊張の影が色濃く張り付いていた。


「ヴォルフガング、無駄な威嚇はやめなさい。学内のセキュリティ・ログによれば、この旧校舎の地下層には外から侵入した形跡を示す別のノイズ反応がわずかに残っているわ。……天井裏にいるのが本当にあの或とかいう下級民なら、ここで油断して逃がすわけにはいかないのよ」


ヘレナの鋭い指摘に、ヴォルフガングは荒々しく鼻を鳴らし、再びガントレットの爪を天井の方向へと向けた。

「ガハハ、そういうことなら話が早い。この旧校舎の天井ごと、丸ごと噛み砕いてあそこのネズミを引きずり出してやろうか」


(……厄介だな。ここで奴らに気付かれれば、この狭い地下ダクトの中での全面的な挟撃戦になる。自動回復も膨大な魔力タンクも持たない俺にとって、この密閉空間で正面から相手の物量を受けるのは自殺行為に等しい)


或は心内で冷徹に状況を分析し、右手をそっと懐の麻の布袋へと滑り込ませた。

指先が触れたのは、昨日から用意していた血塗られた逆相ルーン呪符の束と、細長い木製の呪具であった。地下室の通路や部屋の入り口に張り巡らされた重層的な魔導の罠――自動感知グリッドや高圧の霊的パルスを突破するためには、力任せの破壊ではなく、相手の魔力回路の位相を逆算して強制的にハッキングし、わずかな「死角」をこじ開けるほかない。


或は通気口の格子戸の隙間から音もなく身体を引き抜き、ダクトの暗がりを利用して少しだけ後方の通路の上へと静かに移動した。

床下の配管や壁面の古いダクトを伝うその動きは、長年のスラム暮らしで培われた野生の猫のように滑らかであり、周囲の魔導センサーに余計な負荷をかけないよう細心の注意が払われている。


ダクトの継ぎ目から、或は再び旧校舎の地下通路へと身を滑り込ませた。

目の前に広がるのは、下級幹部たちが構築した厳重な包囲網の第一防壁――青白い光を明滅させる重層的な魔導グリッドの網目であった。その先には、鈴音の拘束されている尋問室の重い鉄製の扉が待ち構えている。


或はしゃがみ込み、冷え切ったコンクリートの床面に指先で小さな呪文の軌道を描いた。

懐から取り出した木製呪具を床の亀裂へと突き立て、その周囲に血塗られた逆相ルーン呪符を規則正しく並べていく。東洋の陰陽道における「金」と「木」の相克関係をあえて逆転させ、敵の自動感知グリッドが放つ監視波長を内部から相殺するための反転結界のアンカーを構築する作業である。


(……奴らが地下室の奥でこちらを警戒しているこの隙こそが、包囲網の裏側を突き破る唯一の好機だ)


冷たいコンクリートの床面に突き立てた木製呪具の頭頂部から、チリリと微弱な霊的スパークが青白い軌跡を描いて散った。

賀茂の或はしゃがみ込んだ姿勢のまま、額に浮かんだ冷汗を手の甲で無造作に拭い、目の前に幾重にも張り巡らされた魔導グリッドの青白い光の網目を鋭い煤色の瞳で見据えた。旧校舎の地下層を貫くこの通路の空気は、地下水脈から這い上がる湿気と、ヴォルフガングらの纏う殺伐とした神話的魔力に冷たく冷やされ、肺腑に吸い込むたびに気管の奥を鋭く疼かせた。


(……グリッドの密度が予想以上に高い。ただの力任せの破魔符では、通過した瞬間に警報のパルスが奥の尋問室まで跳ね返る。回路のノードを一つずつ逆相の相剋関係で相殺しながら、情報の出入り口だけに微小な死角を作り出すしかない)


或は指先を素早く動かし、床に並べた血塗られた逆相ルーン呪符の位置をミリ単位で微調整した。

東洋の五行の理における「金生水、水生木」の循環をあえて「火」の相剋で断ち切り、その反発力を敵の自動感知システムの検知波長に同化させる。ジジジと乾燥した電子音が微かに響き、目の前でうねる青白い光の網目にほんのわずかな、人の頭一つ分ほどの情報の空白地帯がぷつりと浮かび上がった。


奥の尋問室の内部からは、ヴォルフガングの不機嫌な唸り声と、それを冷ややかにいなす風祭鈴音の乾いた物言いが、防音扉の隙間をすり抜けてかすかに漏れ聞こえてきている。


「――まだ口を割らないつもりか、小娘。どれだけその神楽鈴の結界技術に自信があろうが、この地下の最果てで或の野郎が助けに来る奇跡なんて起きやしないんだぜ。お前のその冷徹な仮面が、どこまでこのガントレットの牙に耐えられるか試してやろうか」

ヴォルフガングの野太い威圧に、鈴音はまったく怯むことなく、むしろ冷ややかな笑みをその声に滲ませた。

「……私を脅したところで、学園の裏ネットワークに流した監査ログのバックアップが消えるわけじゃないさね。あなたたちがどれほど暴力で私たちの口を塞ごうと、泥の底から這い上がってきた者たちの意志を押し潰すことはできないよ」


その鈴音の毅然とした台詞を天井の影から聞き届けながら、或は奥歯で舌の側面を強く噛みしめ、尋問室の手前に広がる包囲網の隙間へと静かに足を踏み出した。


(……待っていてだな、風祭。お前が命がけで回収したそのログの証拠品を、ここで奴らに渡すわけにはいかない)


或は作り上げた逆相ルーン呪符の網目に自らの生体磁場を完全に溶り込ませ、周囲の自動感知グリッドの視界からその存在を完璧に消し去った。足音を一切立てず、旧校舎の地下通路の床の冷たさを足裏の感覚だけで捉えながら、或は血塗られた呪符をしっかりと握り締め、尋問室の重い鉄製扉の真横へと音もなく肉薄した。扉の隙間から漏れ出す冷徹な蛍光灯の光が、或の煤色の瞳に鋭い闘志の光を映し出していた。


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