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『悪役令嬢はもう泣かない 〜婚約破棄されたので隣国の王子と幸せになります。今さら戻ってこいと言われても、もう遅いですわ〜』

作者: 萩野P
掲載日:2026/10/13

第一話 


「婚約を破棄する!」……ええ、喜んで


「セレスティア・フォン・ヴァレンシュタイン! 貴様との婚約を破棄する!」


王宮の大広間に、王太子レオンハルトの声が響き渡った。

煌びやかなシャンデリアの下、数百人の貴族たちが息を呑む。


その中心に立たされていたのは、公爵令嬢セレスティア。

銀色の髪に、氷のように澄んだ青い瞳。


誰もが認める美貌の持ち主でありながら、感情を表に出さないことから、社交界では『氷の悪役令嬢』と呼ばれていた。


「理由をお聞きしても?」


セレスティアが静かに尋ねると、レオンハルトの腕にしがみついていた少女が、一歩前に出た。


男爵令嬢のリリアーナだ。


「セレスティア様が、わたくしをいじめたんですぅ……!」


彼女は大きな瞳に涙を浮かべた。


「教科書を隠されたり、階段から突き落とされそうになったり……。わたくし、怖くて……!」


「そうだ! 彼女は身分を笠に着て、リリアーナを虐げていた!」


レオンハルトは正義の味方を気取った顔で叫ぶ。

周囲の貴族たちは、ひそひそと囁き合った。

セレスティアは、ゆっくりと目を伏せる。


――ああ。


また、この茶番ですのね。

リリアーナの教科書を隠したことなどない。

階段から突き落とそうとしたこともない。

むしろ、彼女が学園で困らないよう、裏で教師たちに頼み込み、教材を用意させていたのはセレスティアだった。


それだけではない。


レオンハルトが遊興にふけって作った借金を、公爵家の資金で何度も肩代わりしてきた。

王太子妃教育を受けながら、王宮の財政改革案まで作成した。


それでも、彼はセレスティアを一度として褒めなかった。


「セレスティア。貴様のような冷酷な女は、王太子妃にふさわしくない!」


レオンハルトは勝ち誇ったように告げる。


「そして、リリアーナを新たな婚約者とする!」


その瞬間。

セレスティアは、ふっと笑った。


「……承知いたしましたわ」


「な、何?」


「婚約破棄、謹んでお受けいたします」


あまりにもあっさりとした返答に、レオンハルトが目を丸くする。


「な、泣いてすがるつもりではないのか?」


「なぜですの?」


セレスティアは首を傾げた。


「わたくし、あなたに一度でも愛されていたかしら?」

「っ……!」


「あなたの浪費を補填し、失政の尻拭いをし、王太子妃としての責務を果たす。それがわたくしの役目だと思っておりました」


彼女の青い瞳が、レオンハルトを真っすぐに射抜く。


「けれど、もう必要ないのでしょう?」


セレスティアは扇を閉じた。


「でしたら、これ以上あなたに尽くす理由もございませんわね」


その声には、怒りすらなかった。

ただ、見限った者に向ける静かな冷たさだけがあった。


「お、おい! 待て! その態度は何だ!」


「失礼いたします。わたくし、明日の朝には王都を離れますので」


「はあ!?」


「ちなみに、これまで公爵家が立て替えた王太子殿下の借金、総額は金貨三十万枚。証書はすべて国王陛下に提出してございます」


大広間が凍りついた。


「さ、三十万枚だと!?」


「それから、殿下がご自分の手柄として発表なさった財政改革案。あれは、わたくしが作成したものですわ」


セレスティアは微笑んだ。


「原本も陛下にお渡ししておりますので、ご安心くださいませ」


レオンハルトの顔から、みるみる血の気が引いていく。


「そ、そんなことをすれば、王家の恥になるぞ!」


「ええ。ですから、今まで黙っておりましたの」


彼女は優雅に一礼した。


「ですが、婚約者でなくなった今、わたくしに王家の名誉を守る義務はございませんでしょう?」


そして、最後に。


「どうぞ、リリアーナ様と末永くお幸せに」


それは、氷のように美しい別れの言葉だった。


セレスティアが大広間を去ったあと、誰も彼女を呼び止めることはできなかった。

ただ一人、リリアーナだけが、笑顔を引きつらせていた。

なぜなら彼女は知らなかったのだ。


セレスティアがいなくなれば、王宮の財政も、外交も、王太子の身の回りのことも、すべて立ち行かなくなるということを。


そして、この夜。


セレスティアの運命を大きく変える人物が、彼女を待っていた。 


隣国、アストリア帝国の第二王子。

クロード・アストリア。


黒髪に金色の瞳を持つ、冷徹無比と噂される美貌の王子である。

彼は王宮の馬車寄せで、セレスティアの姿を見つけると、静かに歩み寄った。


「お迎えに上がりました、セレスティア嬢」


「……クロード殿下?」


「ええ。あなたとの約束を果たしに来ました」


彼は彼女の前で片膝をつき、そっと手を差し出した。


「我が国へいらっしゃいませんか?」


「それは……どういう意味でしょう?」


クロードは、わずかに目を細めた。


「あなたの能力を正当に評価し、あなたの尊厳を守る国へお連れしたいのです」


そして、誰にも聞こえないほど優しい声で付け加えた。


「……もう、誰かのために一人で耐える必要はありません」


セレスティアの瞳が揺れた。


その言葉を、彼女はずっと欲しかったのかもしれない。

誰かに認められたかった。

誰かに、大丈夫だと言ってほしかった。

けれど、彼女は公爵令嬢だ。

人前で涙を見せるわけにはいかない。


「……少しだけ、考える時間をいただけますか?」


「もちろんです」


クロードは立ち上がり、彼女の手を取った。


「返事を急かすつもりはありません。あなたが望むまで、私は待ちます」


彼の手は温かかった。

セレスティアは、その温もりを確かめるように、そっと握り返した。

その夜、彼女は初めて思った。

――もう一度、誰かを信じてみてもいいのかもしれない、と。 



第二話 



悪役令嬢のいない王宮

セレスティアが王都を去ってから、わずか三日。

王宮は、早くも混乱に陥っていた。


「財務大臣! なぜ今月の支払いが滞っている!」


「そ、それは……ヴァレンシュタイン公爵家が資金援助を停止したためでございます!」


「ならば別の資金を用意しろ!」


「すでに予算の大半は殿下の遊興費に……」


「黙れ!」


レオンハルトは机を叩いた。

いつもなら、セレスティアが先回りして問題を解決していた。


帳簿の整理も、各国への返書も、貴族たちとの根回しも。

彼女がいなくなって初めて、レオンハルトは知った。

自分がどれほど彼女に依存していたのかを。


「……セレスティアを呼び戻せ」


「殿下、それは……」


「婚約破棄は取り消してやる! あの女も、本当は私に戻りたいに決まっている!」


しかし、使者が持ち帰ったのは、たった一通の手紙だった。

そこには、整った美しい文字でこう書かれていた。


『謹んでお断り申し上げます。

わたくしはすでに、王家に仕える義務を負っておりませんので。

なお、殿下ご自身の借金につきましては、返済計画を財務大臣とご相談くださいませ。

セレスティア・フォン・ヴァレンシュタイン』


「ふざけるなああああっ!」


レオンハルトの絶叫が、王宮に響き渡った。

一方、隣国アストリア帝国。

セレスティアは、人生で初めて、誰かに仕事を押しつけられることなく朝食を楽しんでいた。


「……おいしい」


思わずこぼれた言葉に、向かいに座るクロードが微笑む。


「気に入っていただけましたか?」


「ええ。こんなにゆっくり食事をしたのは、何年ぶりでしょう」


「それはよかった」


クロードは紅茶を置いた。


「ところで、今日の予定ですが」


「はい」


「庭園を散歩しませんか?」


「……それだけですの?」


「はい。それだけです」


セレスティアは、ぽかんとした。

これまで彼女の一日は、朝から晩まで仕事で埋め尽くされていた。


勉強、外交文書、社交、王宮の雑務。

休息は、すべてが終わったあと。


けれどクロードは、彼女に何も要求しない。

役に立てとも、期待に応えろとも言わない。

ただ、一緒に散歩しようと言うのだ。


「……殿下は、わたくしに何をお望みなのですか?」


クロードは少し考えてから答えた。


「そうですね」


彼は真剣な顔で言った。


「あなたが好きなものを見つけること、でしょうか」


「好きなもの……?」


「ええ。好きな花でも、好きな本でも、好きな食べ物でも。あなた自身が望むものを、もっと知ってほしいのです」


セレスティアは言葉を失った。

そのようなことを、誰かに尋ねられたのは初めてだった。

彼女はゆっくりと窓の外を見た。

庭園には、白い薔薇が咲いている。


「……白い薔薇が、好きですわ」


小さな声だった。

クロードは、嬉しそうに笑った。


「では、庭園の薔薇をすべて見に行きましょう」


「すべて、ですか?」


「ええ。あなたが気に入る花が見つかるまで」


セレスティアは思わず笑った。

それは、誰かの期待に応えるための笑顔ではなかった。

ただ、自分が嬉しいからこぼれた笑顔だった。

そしてクロードは、その笑顔を見つめながら、心の中で決意していた。


――必ず、この人を幸せにする。


誰よりも優秀で、誰よりも強くて。

それなのに、誰よりも自分の幸せを後回しにしてきた女性を。


今度こそ、心の底から笑わせてみせる、と。

第三話 隣国の王子は、悪役令嬢に夢中です

アストリア帝国に来てから、一か月。


セレスティアの名声は、瞬く間に広がっていた。


帝国の財務官たちが頭を抱えていた財政問題を、彼女はたった五日で整理した。

長年停滞していた隣国との貿易交渉も、双方が納得する条件でまとめ上げた。


そのうえ、孤児院への支援制度まで提案したのである。


「セレスティア様は、まさに才女ですな!」


「帝国の至宝と呼んでも過言ではない!」


称賛の声が上がるたび、セレスティアは困ったように微笑んだ。

以前の彼女なら、当然のことだと思っていただろう。

けれど今は違う。

頑張ったことを認めてもらえる。

失敗を恐れず意見を言える。

そして何より、仕事を終えたあとには、自分の時間がある。

その時間のほとんどを、クロードと過ごすようになっていた。


「セレスティア嬢」


ある日の午後、彼は彼女を宮殿の温室へと案内した。

そこには、色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。


「以前、白い薔薇がお好きだとおっしゃいましたね」


「まあ……!」


温室の中央には、見事な白薔薇のアーチがあった。

セレスティアは思わず駆け寄り、花びらにそっと触れた。


「なんて美しい……」


「あなたに見せたかったのです」


振り返ると、クロードがこちらを見ていた。

いつも冷静な彼の金色の瞳が、今はひどく優しい。


「殿下?」


「セレスティア嬢。私は、あなたに謝らなければなりません」


「謝る?」


「ええ」


クロードは一度、視線を落とした。


「本当は、あなたが我が国へ来る前から、あなたのことを知っていました」


セレスティアは驚いた。

「わたくしを?」


「あなたが王太子のために、どれほどの仕事をしていたのか。あなたが誰にも評価されず、それでも王国を支え続けていたことも」


彼は静かに語った。

以前、アストリア帝国は隣国との外交交渉で、何度も窮地に陥っていた。


そのたびに届いた王国からの提案書は、驚くほど緻密で、双方の利益を考え抜いたものだった。

署名こそなかったが、クロードは気づいていた。

それらの文書を書いていたのが、セレスティアだということに。


「私はずっと、あなたに会いたかった」


「……なぜ、もっと早く?」


「あなたが王太子の婚約者だったからです。私が近づけば、あなたの立場を悪くするかもしれなかった」


クロードは苦笑した。


「ですが、あなたが婚約を破棄されたと聞いたとき、もう待つ理由はないと思いました」


彼は一歩、彼女に近づいた。


「私は、あなたを尊敬しています」


もう一歩。


「あなたの聡明さも、責任感も、誰にも見せなかった優しさも」


そして、彼女の前で足を止めた。


「ですが……それだけではありません」


セレスティアの鼓動が、速くなる。


「あなたが笑うと嬉しい。あなたが困っていると助けたくなる。あなたが他の男性と楽しそうに話していると、少し嫉妬してしまう」


「で、殿下……?」


「どうやら私は、あなたが思っている以上に、あなたに夢中らしい」


セレスティアの頬が、みるみる赤くなった。


「そ、そんな……わたくしは、悪役令嬢と呼ばれていた女ですのよ?」


「それが?」


「冷たい女だとも、傲慢だとも……」


「私には、そうは見えません」


クロードは、そっと彼女の手を取った。


「あなたは、傷ついても立ち上がれる強い女性です。そして、誰かに優しくできる女性です」


彼は微笑んだ。


「私は、そんなあなたが好きです」


セレスティアの目に、涙が浮かんだ。

誰かに愛されたいと思うことさえ、いつしか諦めていた。


完璧でなければならない。

役に立たなければならない。

そうしなければ、自分には価値がないと思っていた。


けれど、クロードは言った。

あなたが好きだ、と。

何かを成し遂げたからではなく。

王太子妃にふさわしいからでもなく。

ただ、セレスティアという一人の女性を。


「……わたくし、怖いのです」


彼女は震える声で告げた。


「また、信じて裏切られるのが……」


クロードは、彼女の手を両手で包み込んだ。


「では、少しずつ信じてください」


「え……?」


「明日も、明後日も。その次の日も。私はここにいます」


彼は、真っすぐに彼女を見つめた。


「あなたが私を信じられるようになるまで、何度でも証明します」


とうとう、セレスティアの頬を涙が伝った。

けれど、それは悲しい涙ではなかった。


「……ずるいですわ、クロード殿下」


「おや。何がでしょう?」


「そんなことを言われたら……好きになってしまうではありませんか」


クロードは、一瞬だけ目を見開いた。

そして、今まで見たことがないほど嬉しそうに笑った。


「それは、困りました」


「……困るのですか?」


「ええ。私のほうが、ずっと先にあなたを好きになってしまっていますから」


彼は彼女の手の甲に、そっと口づけた。

白薔薇の花びらが、二人の間を静かに舞った。

その日、セレスティアは初めて、自分の未来を楽しみに思った。



第四話 元婚約者からの手紙



それから二か月後。


王国は、かつてない混乱の渦中にあった。

レオンハルトは財政問題を解決できず、貴族たちからの信用を失っていた。


リリアーナは、王太子妃教育の厳しさに耐えられず、教師たちを次々と辞めさせた。


外交文書の返答は遅れ、貿易は停滞し、王宮では責任の押しつけ合いが始まっていた。


そしてついに、国王が決断した。

レオンハルトの王太子位を剥奪する、と。


「なぜだ! 私は王太子だぞ!」


レオンハルトは父王に詰め寄った。


「セレスティアがいれば、こんなことには……!」


国王は、深い失望を込めて告げた。


「お前は、自分を支えてくれた者を自ら追い出したのだ」


その言葉に、レオンハルトは何も返せなかった。

数日後。

セレスティアのもとに、一通の手紙が届いた。

差出人は、レオンハルト。


『セレスティア。

私は間違っていた。

お前がどれほど私を支えていたのか、今になってようやく理解した。

あの女との婚約は解消する。

だから、戻ってきてくれ。

お前を王太子妃にしてやる。

今度こそ、お前を大切にする。

返事を待っている』


読み終えたセレスティアは、しばらく黙っていた。

隣に座るクロードが、静かに尋ねる。


「どうしますか?」


「……そうですわね」


彼女は手紙を折りたたんだ。


「昔のわたくしなら、きっと喜んだのでしょうね」


自分を必要としてくれた。

今度こそ大切にすると言ってくれた。

そんな言葉を、どれほど待ち望んでいたことだろう。

けれど。


「今のわたくしには、帰る理由がございませんわ」


セレスティアは、穏やかに笑った。


「わたくしが欲しかったのは、必要とされることではなく……一人の人間として大切にされることだったのです」


クロードが、そっと彼女の肩を抱いた。


「その気持ちを、私は忘れません」


「……ええ」


彼女は、彼の胸に寄り添った。


「もう、過去には戻りませんわ」


セレスティアは返事を書いた。


『レオンハルト殿下。

お手紙、拝読いたしました。

わたくしは、あなたを憎んではおりません。

ですが、あなたのもとへ戻ることもございません。

わたくしは今、自分の意思で選んだ場所で、自分の意思で人生を歩んでおります。

どうか殿下も、ご自身の人生と向き合ってくださいませ。

セレスティア・フォン・ヴァレンシュタイン』


封をした手紙を、彼女は使者に託した。


そして振り返ると、クロードが何かを言いたそうにこちらを見つめていた。


「……殿下?」


「いえ」


彼は微笑んだ。


「あなたが以前より、ずっと美しくなられたと思いまして」


「まあ……!」


「以前も美しかったのですが、今はもっと輝いている」

クロードは彼女の手を取った。


「きっと、ご自身の幸せを大切にできるようになったからでしょうね」


セレスティアは、頬を染めた。


「……本当に、あなたはずるい方ですわ」


「光栄です」


二人は顔を見合わせ、笑った。

その笑い声は、春の風に乗って庭園へと広がっていった。



最終話 「私と、結婚してください」



冬が終わり、帝国に春が訪れた。

セレスティアがアストリア帝国へ来てから、半年。

彼女は今や、皇帝からも貴族たちからも絶大な信頼を寄せられる存在となっていた。


そして、クロードとの関係も少しずつ深まっていた。


毎朝、一緒に朝食をとる。

仕事の合間に、お茶を飲む。

休日には、二人で街へ出かける。

特別なことなどなくても、彼と過ごす時間は幸せだった。

そんなある日の夕暮れ。


「セレスティア嬢。今夜、少しお時間をいただけますか?」


クロードにそう告げられ、彼女は首を傾げた。


「もちろんですわ。何かございましたの?」


「ええ。大切なお話が」


その声がいつもより少し緊張していることに、セレスティアは気づかなかった。


夜。


案内されたのは、宮殿の奥にある小さな庭園だった。

白薔薇が満開に咲き誇り、無数のランタンが柔らかな光を放っている。


「まあ……!」


セレスティアは息を呑んだ。


「素敵ですわ……」


「あなたに見ていただきたかったのです」


クロードは、彼女の隣に並んだ。

二人はしばらく、何も言わずに庭園を眺めていた。

やがて彼は、静かに口を開いた。


「セレスティア」


「はい」


初めて、敬称をつけずに名前を呼ばれた。

彼女が振り向くと、クロードは真剣な表情で彼女を見つめていた。


「あなたに、伝えたいことがあります」

彼は一歩、彼女に近づいた。


「私は、あなたと出会ってから、毎日が楽しみになりました」


「……殿下」


「朝、あなたに会えること。あなたの話を聞けること。あなたが笑ってくれること」


彼は少し照れたように笑った。


「あなたが隣にいてくれる。それだけで、私は幸せなのです」


セレスティアの胸が、いっぱいになる。


「私は、あなたを守りたい。あなたを笑顔にしたい。そして、あなたが望む未来を、隣で一緒に歩いていきたい」


クロードは、そっと片膝をついた。

セレスティアは目を見開いた。

彼の手には、小さなベルベットの箱。

その中には、白いダイヤモンドを中心に、繊細な花の装飾を施した指輪が輝いていた。


「セレスティア・フォン・ヴァレンシュタイン嬢」


クロードは、まっすぐに彼女を見つめた。


「私と、結婚してください」


世界から音が消えたようだった。

セレスティアは口元を押さえた。

涙が、あふれてくる。


「……わたくしで、よろしいのですか?」


「あなたでなければ、意味がありません」


「わたくしは、強い女ではありません。傷つきますし、間違えることもあります。時には、あなたを困らせてしまうかもしれません」


「ええ」


クロードは、優しく頷いた。


「それでも、あなたがいいのです」


そして、彼は微笑んだ。


「完璧な王妃が欲しいのではありません。私が愛するセレスティアと、一緒に生きていきたいのです」


その瞬間。

セレスティアの中で、ずっと張り詰めていた何かが、ほどけていった。

もう、完璧でなくてもいい。

誰かの期待に応えられない日があってもいい。

泣きたいときには泣いて、嬉しいときには笑っていい。

この人は、そんな自分も愛してくれる。


「……はい」


涙を流しながら、セレスティアは笑った。


「喜んで、お受けいたしますわ」


クロードの表情が、ぱっと輝いた。


「本当に?」


「ええ。わたくしも……あなたと一緒に生きていきたいのです」


彼は立ち上がると、震える手で彼女の指に指輪をはめた。

そして、彼女をそっと抱きしめた。


「ありがとう、セレスティア」


「……こちらこそ、ありがとうございます」


彼の胸に顔を埋め、セレスティアは泣いた。

今まで流せなかった涙も。

誰にも見せられなかった弱さも。

すべて受け止めてくれる腕の中で。

クロードは、彼女の髪に優しく口づけた。


「愛しています、セレスティア」


「……わたくしも、愛していますわ。クロード様」


白薔薇が、二人の周りで静かに揺れていた。

かつて悪役令嬢と呼ばれた少女は、もう誰かに認めてもらうために生きる必要はなかった。

彼女は、自分の意思で幸せを選んだのだ。

そして、その選択の先には。

どんな宝石よりも輝く、愛しい人との未来が待っていた。



エピローグ 悪役令嬢の最高に幸せな結婚式



結婚式の日。


帝国中の貴族が集まる大聖堂で、セレスティアは純白のドレスに身を包んでいた。

鏡に映る自分を見つめ、彼女は小さく微笑む。

半年前まで、自分がこんな日を迎えられるとは思っていなかった。


「セレスティア様、とてもお美しいです!」


侍女たちの言葉に、彼女は頬を染めた。


「ありがとう。でも……少し緊張してしまうわね」


「クロード殿下なら、きっと世界一お幸せそうなお顔で待っていらっしゃいますよ」


その言葉どおりだった。

大聖堂の祭壇の前。

クロードは、彼女の姿を見た瞬間、完全に言葉を失っていた。


「……クロード様?」


「……美しい」


彼はようやく、それだけを口にした。


「夢を見ているのかと思いました」


「まあ。大げさですわ」


「いいえ。私の人生で、最も美しい光景です」


差し出された手を、セレスティアは取った。

二人は神の前で永遠の愛を誓い、指輪を交換した。

そして、誓いの口づけ。


大聖堂いっぱいに、祝福の拍手が響き渡った。


その頃、遠く離れた旧王国では。

元王太子レオンハルトが、新聞に掲載された結婚式の記事を見つめていた。


そこには、満面の笑みを浮かべるセレスティアと、彼女を愛おしそうに見つめるクロードの姿があった。


「……セレスティア」


レオンハルトは、震える手で新聞を握りしめた。

自分が手放した女性。

自分が冷酷だと決めつけた女性。


その女性は今、隣国の王子に愛され、誰よりも幸せそうに笑っていた。


「戻ってきてくれれば……」


けれど、言葉は最後まで続かなかった。

彼女はもう、戻ってこない。


彼女の人生に、自分の居場所はないのだから。

一方、アストリア帝国。

式を終えたセレスティアは、クロードの腕にそっと寄り添った。


「クロード様」


「はい、愛しい人」


「わたくし、今とても幸せですわ」


クロードは微笑み、彼女の手を握った。


「私もです」


「これからも、ずっと一緒にいてくださいますか?」


「もちろん」


彼は、彼女の額に口づけた。


「あなたが百歳になっても、その先も。ずっと、あなたの隣にいます」


「……ふふっ。では、約束ですわね」


「ええ。約束です」


二人は笑い合った。

春風が吹き抜け、白薔薇の花びらが舞い上がる。

悪役令嬢と呼ばれた女性は、もう過去を振り返らなかった。


だって、彼女の未来には。


彼女を愛し、尊重し、何よりも大切にしてくれる人がいる。

そして彼女自身もまた、その人を心から愛しているのだから。


これは、悪役令嬢が自分の幸せを取り戻し、最高の王子様と結ばれる物語。


めでたし、めでたし。

——完——

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― 新着の感想 ―
あんな態度で婚約破棄されたのに昔の私なら喜んだかもって、昔のセレスティアはかなりいたい女性だな。
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