メアリーの恋4
「…ふう」
大広間のソファに横たわり、メアリーは息を吐いた。
今日は朝からいい天気で、金色の光が窓を通して差し込んでき、メアリーの元に届く。
まるて癒してくれているような温もりに、メアリーは光を掴まえようと手を伸ばす。
「ーメアリー様?」
メイドのジュリーが側に控えており、声をかけてきた。
心配そうな、不安そうな表情の彼女。
申し訳ないと思いつつ、メアリーは無理に笑ってみせる。
「大丈夫よ。私はいつも通りですわ」
強がって言ったのがまずかったらしく、ジュリーが痛々しそうな眼差しを向けてくる。
そんなに心配しなくてもいいのにと思いつつ、ジュリーの優しさがありがたかった。
ー…私、自分でもよく分からないのよね。
頭に浮かぶのは、ダニエルの姿のみ。
どうして彼に固執するのか、分からなかった。
ーこれは何? 胸が苦しくて、痛くて、悲しくて…。
伸ばした手を胸に当てると、ケントがやって来る。
「メアリー、ちょっといいか?」
「どうしたんですの、お兄様?」
身体を起こそうとすると、ジュリーが手伝ってくれる。彼女の親切な心に甘えながら、ケントに聞く。
「お兄様? 私に何の用ですの?」
「いいから、目隠ししてくれる?」
「め、目隠し…?」
訳が分からず、首を傾げると、ケントが布を差し出してきたので、ジュリーが庇おうとする。
「メアリー様は今、その、危ない状態で…」
「ー分かっている。大丈夫。メアリーにはプラスになることだから」
ケントの真摯な言葉に、ジュリーは頭を下げ、控える。
メアリーはじっとしていると、ケントが側にやって来て、布で目隠しされる。
「お兄様…? 何も見えないのですが…?」
「それでいい。俺を信じて」
「は、はい…。お兄様を信じますけれど…」
手を取られ、メアリーは立ち上がる。
ジュリーも手伝ってくれているらしく、少しずつ歩いていく。
見えるのは眩しい光のみで、まるで五感に蓋をしたような、不安感が募る。
ーどうなるのかしら、私…?
ゆっくり歩いていくのはいいが、どこがゴールなのか見えない。
今、手を放されたら、命に関わりそうで、ケントの手をぎゅっと握りしめる。
後ろにはジュリーの気配を感じ、前と後ろで挟まれ、守ってもらっているのだと実感する。
ゆっくり進んでいくと、ジュリーが「え」と声をあげる。
それをケントが首を振ることで阻止したようで、メアリーは気になってしょうがなかった。
「お兄様、お兄様。どういうことですの?」
「あともう少し。…いいよ」
急に手が放され、メアリーは不安から宙をかくと、別の人物の腕に支えられる、
メアリーはとっさに掴むと、力強いものが返ってくる。
「この…!!」
「ジュリー…!! いいから、控えろ」
ケントの命令に、ジュリーが悔しそうに、メアリーの背中を支える。
メアリーは意味が分からず、じっとしていると、耳の下に口づけられる。
「き、きゃあ!! な、何ですの…?」
パニックになって暴れようとすると、掴んだ手が引き寄せられる。
ふわりと漂う香り。
まるで青空に浮かぶ雲のように、軽くて心地のよい香り。
メアリーは「え」と声を発しようとしたが、できなかった。
ーこれは…。まさか、まさか…!!
胸がどくんと大きく動く。
ケントが側にやって来て、目隠しを取ってくれる、
「もういいよ、メアリー」
「…?」
最初は眩しくて、よく見えなかった。
視界の隅に入る光景から、玄関ホールに来たのだということは分かるのだが、メアリーは目を細めると、じっと目の前の人物を見ようとする。
それを察したのか、相手が静かに声を発してくる、
「ーメアリー」
「!! そんな…!!」
メアリーははっとし、目の前に集中する。
すると相手が泣き笑いしそうな表情で立っている。
ーそんな、そんな…。
メアリーはパニックを起こし、荒い息を吐きながら何故か涙が溢れてくる。
その量は少なくなく、まるでメアリーを襲う豪雨のようだった。
「…っ…!!」
涙は自分の唇に触れ、塩のような味がする。
それは苦しいような、甘いような感じがして、メアリーはいつの間にか、号泣していた。
「メアリー、メアリー」
相手が抱き寄せようとするのを、メアリーは反射的に拒み、相手の胸を叩きつける。
「だ、ダニエル様…!!」
名前を呼ぶと、ダニエルが嬉しそうに笑い、メアリーの殴打を静かに受け入れてくれる。
会いたくて、会いたくて、しょうがない人物だった。
「この…!! この…!!」
メアリーは今までの悶々とした日々を、鬱憤させようと、ずっと叩きつける。
ダニエルは黙って受け入れ、髪に触れようとしてくる。
「さ、触らないでくださいませ…!!」
逃げようとするのを気づかれ、引き寄せられてしまう。
抱きしめられると、慣れた感触に安心してしまう。
ー私…。
メアリーは自分の気持ちに気づいたが、今は封印することにした。
それで楽になるかと思いきや、苦しさは募り、顔は酷いものだろうと自覚する。さらにダニエルを叩こうとする自分がいて、もうぐちゃぐちゃだった。
「うう…。だ、ダニエル様…。どうして?」
「ちょっと忙しくて。待たせてごめん」
素直な彼の言葉は、メアリーの身体に伝わってくる。
涼やかな風が吹いたように、メアリーの中のもやもやが晴れていく。
それを知らず、ダニエルは苦しそうな表情で言ってくる。
「落ち着いて、メアリー。僕を拒まないで」
「こ、拒みますわ…!! だ、だって、ずっと待っていたのに…!!」
ダニエルの背中に爪を立てると、彼は軽いキスを髪や頬にしてくる。
嫌悪感はなく、むしろ欲しがっていたかのように、メアリーは受け入れる。
「ずっと待っていてくれたの…? ありがとうね」
「ひ、卑怯ですわ!! 私ばかりが振り回されて!!」
憎まれ口を叩くと、ケントが手招きし、ジュリーを伴って去っていく。
2人っきりになったメアリーとダニエルは、眩しい光に満ちた玄関ホールで抱き合った形となる。
ーああ、ダニエル様ですわ…!!
ぐすりと鼻を啜ると、瞼にキスをされる。
顔をわざとずらそうとすると、追いかけてきて、涙をなめらる。
「く、悔しい…!! あなたなんか、あなたなんか…!!」
「ごめんね、メアリー。ごめん」
ぎゅっと抱きしめられ、メアリーから離れまいとするようだった。
その力強さにメアリーは安堵し、少しずつ落ち着いていく。
「だ、ダニエル様の馬鹿!! 馬鹿!! 馬鹿!!」
「そうだね。メアリーを1人きりにしてごめんね」
罵倒しているのに、ダニエルは穏やかな声を返してくる。
背中を撫でられ、メアリーはゆっくりと息を吐く。
「大丈夫? 僕のメアリー」
「だ、誰が、僕のメアリーですの!! もう!!」
「僕のものだ。メアリーが何を言っても駄目」
頭を抱きかかえられ、メアリーは身動きがとれなくなった。
ダニエルの胸に頬をつける形となり、しっかりと彼のシャツを掴む。
「メアリー、メアリー。僕を拒絶しないで」
「き、拒絶しますわ…!! わ、私はずっと、ずっと、その…もう!!」
もう涙は流れず、首に軽く噛みつくと、ダニエルの身体が反応する。
彼もどうやら平然ではいられないらしく、脈が速く打っているのが伝わってくる。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿!! もう嫌い!!」
「…嫌い? メアリーは僕が嫌いなの?」
一瞬、不安そうな声に、メアリーは気づいて黙り込む。
もうメアリーの負けだった。
ー受け入れなければ。私、ダニエル様のことを…。
もう封印するどころではなく、ようやく大きなものを咀嚼した感覚に、メアリーは顔を動かそうとしたが、ダニエルの腕が拒み、聞いてくる。
「メアリーは僕が嫌い…?」
「き、嫌いですわ…!!」
そう言いつつ、彼の身体に触れていく。
ダニエルの身体も弛緩し、メアリーの気持ちに気がついたようだった。
「ー愛しているよ、メアリー」
「あ…!! もうダニエル様!!」
メアリーは顔を真っ赤にし、口を閉じる。
もう彼には言いたいことが思いつかず、自然と身体を預けると、ダニエルが穏やかに言ってくる。
「僕のメアリー、僕のメアリーだ」
「ぼ、僕のメアリーと言うのでしたら、もう少し私の気持ちも分かってくださいませ!!」
「ごめん、メアリー。それとありがとう。僕を拒まないでくれて」
「し、知りませんわ」
ふふとダニエルは笑い、心地のよい息が耳に当たる。
メアリーは自分がどこにいて、誰に抱かれているのか、しっかり把握し、身体を放そうとするのだが、ダニエルが許さない。
「た、ダニエル様…?」
「僕だって我慢したんだよ、メアリー。僕だって辛かったし、悲しかった。身体が焼けるくらい痛かった」
「…。ダニエル様…」
彼は嘘を言っていないと判断し、メアリーは頬をこすりつける。
すると少し束縛が緩み、ほうと息を吐く。
「大丈夫、大丈夫。僕は絶対に離れないから。絶対に」
「だ、ダニエル様…」
2人は身体を放すと、ダニエルがメアリーの肩を掴んでくる。
「メアリー、僕を受け入れて」
「…も、もう受け入れてますわ!! そうじゃなければ、身体を預けたりしませんもの!!」
「メアリー」
すごく嬉しそうな顔をし、ダニエルが再び抱きしめてくる。
メアリーも正直な気持ちになり、素直に身体を託す。
2人は何も言わず、姿を重ねたままとなる。
それを祝福するように、多量の光が2人に注がれ、金色の影を作り出す。
「だ、ダニエル様。その…」
「しっ。もういい。何も言わなくて。このままでいい」
ダニエルに抱きしめられ、メアリーはゆっくりとうなずく。
2人の姿はしばらく動かず、誰も干渉する者はいなかった。




