なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
わたくしはカッコウの娘。でも本当の父親は間違えません
学園に報せが来た、お父様が倒れたと。
慌てて実家のタウンハウスへ戻ると。
いつものように、あの女……母はいなかった。
お父様が倒れたのをこれ幸いに、男のところへ行ったのだろう。
いや、あの母のことだ。お父様と関係なく男のところへ行っているのかもしれない。
歓楽街のどこかでけだものの楽しみにふけっているにちがいない。
「お父様」
「エレノア……」
お父様のお顔には心痛が濃かった。
「私はもう長くない」
「そんなことはありませんわ」
「自分の寿命だからな。そのことであとに残すお前には――」
「ご心配なさらないでください。わたくしのお父様はお父様だけです」
お父様はしばらく沈黙した。
「知っていたのか」
「ええ。奉公人と言うのは口さがないものですから」
わたくしにお父様の血は一滴も流れていない。
顔も髪もまったく似ていない。
母が浮気して産んだ娘、それがわたくしだ。
「……そうだな。お前は私の愛しい娘だ」
「ええ。わかっております」
「……なぜだろうな。知っていたのに、赤ん坊のお前の顔を見た瞬間、この子を守らなければと思ったのだ」
「わたくしもです。知っても、お父様への気持ちは変わりませんでした」
母への気持ちは消えましたが。
もともと遊び惚けて家のことはなにもしない母でしたから。
「万事よいように取り計らいますが。よろしいでしょうか?」
「ああ。すまない。私がするべきことだったのにな……あいつはあれでも昔は……」
「情というのはやっかいなものですから」
お父様には母に対して思うところがあるのでしょう。
だが、わたくしにはありません。
いえ、この言い方は正確ではありません。
わたくしとて、知った最初は少しだけ悩みました。
ですが、ある日、ふと思ったのです。
これは単なる思い込みではないか。血が繋がっていれば何かあるはずだという。
わたくしは母との思い出をさがしました。
なにもありませんでした。
いつも遊び惚けている母は、わたくしと交流などしたことがなかったのです。
決定的だったのは、母と実の父らしき男が、逢引きしているのを見た時でした。
母は野良猫と野良猫が盛っている時のような目をしておりました。
嫌悪が湧きました。
ああ、そうか。あいつらは単なるふしだらなオスとメスなのだと。
※ ※ ※
お父様が死んだ報せをもたせた使いを、歓楽街へ出しました。
母はすぐ、帰って来ました。
わたくしの実の父らしき男をつれて。
なまぐさいにおいがしました……いえ、実際はしなかったのでしょうけど、そう感じたのです。
「あのひとは死んだの」
「ええ」
「哀しむことはないわ」
「お父様が亡くなってしまったのです。哀しくないわけがありません」
「でも、あなたは泣いてませんわね」
「……なぜか涙が出ないのです」
「当然です。あなたも心のどこかでうすうす察していたのでしょうね」
「え……」
「可哀想な子。でも、これでみんなしあわせになれるわ」
「しあわせに……? お父様はなくなってしまったんですよ!」
母は、首を振った。
「ああ、かわいそうに! 本当の父親を知らないなんて!」
「本当の父親……?」
「でも、これでようやく、あなたは本当の両親と暮らせるのですもの」
「本当の……両親」
「実はね、あの男は、子供を産ませられない体質だったの。だけどわたしは子供が欲しくて」
言い方というのは、便利ですわね。
単なる遊び好きで淫乱な女のくせに。
わたくしの実の父であるらしい男が、口を挟んできました。
「ああ、オレと君のかあさんは真実の愛だったんだ。キミは愛の子供なんだ」
いつも遊び惚けていたのに?
このふたり、お互い以外にも遊び惚けていたのに?
「それを証拠立てられるものは?」
「わかるだろう。ほら、同じ目の色で同じ髪の色だ」
確かにそうでした。
男の顔は、鏡の中で見慣れたわたくしの顔と、はっきりと似ていました。
「他には」
「何を言っているの、見ればわかるでしょう」
「そう言われても困りますわ。もし本当の親だというならば、裁判所に証拠を提出しなければいけません」
「なにを言っているの! そんなことしたら、あなたは財産を継げないのよ!」
ああ、やっぱり。財産目当てですね。
お父様は堅実な領主経営をしていましたから。
それに、この反応からすると、証拠はないようです。
男が、わたくしを懐柔するような、親切ごかした笑顔を浮かべ、
「何も問題ないさ。だって、何もなければ、この家の財産は娘であるキミがひきつぐのだろう?」
「ええ」
「なら、届け出とか裁判とか書類とかで、事態を面倒にせず。3人で暮らせばいいだけだ」
「ようやく、親子3人が水入らずで暮らせるのよ」
わたくしは、外へ声をかけました。
「このひとたちは、屋敷の乗っ取り犯です」
「え」
「司直に引き渡します」
「なにを言ってるんだ。オレは――」
扉の外で、待機していた奉公人達が部屋へ入って来て、男を押さえつけました。
「あなたの本当の父親なのよ!」
「わたくしの本当のお父様は、ひとりです。そいつは赤の他人ですわ」
猿轡をかけられ連れ出される男。
無言でわたくしの命を待っている3人の奉公人へ。
「母は、狂われました。領地の別荘へ」
奉公人達は、母もおさえつけました。
横暴で横柄な母に対して、情がある奉公人がいないのは確認済みです。
それに奉公人の皆様にとっても、この家とこの屋敷がまともに続いていく方が得なのです。
女が髪を振り乱し、
「実の両親になんという恩知らずな! あいつはあなたの父親じゃないのよ!」
「わたくしのお父様はひとりだけです」
奉公人が母の口に、手早く猿轡をかけ。部屋から引きずり出していきました。
何か心に浮かぶものがあるか、と思って少しだけ佇んでおりました。
ありました。
ああ、もう、あの女にわずらわせられることは、ないのだな。
それだけでした。
わたくしは廊下の一番端の部屋へ行きました。
ここなら騒ぎは、聞こえなかったはずです。
お父様は生きています。少なくともまだ。
「お父様、全て終わりました。お耳汚しを申し訳ありませんでした」
「……いや」
でも、お父様は辛そうでした。
母からお父様へ向ける気持ちはなくても、お父様には何かしらあったのでしょう。
「わたくしはあの女になんの情もありませんから」
「……結果的に。お前に押し付けてしまった」
「いえ、わたくしはお父様の娘ですから」
「ああ、エレノア。お前は私のたったひとりの愛娘だ」
男とは、それきり二度と会うことはなかったし。町からも姿を消したようでした。
あちこちに借金を作っていたらしいですが、本人がいなくなったので、貸した方は困っているらしいです。
ですが、あんなのに金を貸す方がどうかしているので、同情はしません。
母は別荘に行く途中で、馬車から脱走して、行方不明になりました。
そういうことにして、ちいさな葬式をあげました。
二人が死んだことだけは本当です。屋敷の地下で確認しましたから。
半年ばかりで、お父様は回復しました。
医者曰く、何か心にのしかかっていたものがなくなったのか、素晴らしい回復ぶりですと。
たまに物思いにふけることがあるようですが、それ以外の変化はありません。
わたくしに向けてくれる細やかな愛情は変わりありません。
考えてみれば、屋敷にほとんどいないあの女は、いてもいなくても同じ存在だったのですから。
もともと、わたくしの家族はわたくしと父だけだったのです。
母だった女の葬儀から一年後。
わたくしはお父様の書斎に呼ばれました。
「エレノア。お前は自分の結婚をどう考えている?」
「我が家の親戚から婿を迎えるつもりです」
わたくしは、この家の血を一滴も引き継いではおりません。
ですから、せめて一族の血を――
「その必要はない」
「ですが」
「お前は、私のたったひとりの愛娘だ。親というのは、娘のしあわせを願うものだ」
お父様はわたくしに、愛と誇らしさがこもったやわらかい笑顔を向けてくださいました。
「エレノア。お前は自分のしあわせだけを考えなさい」
胸にこみあげてくるもので、しばらく声が出せませんでした。
「……はい」
泣きそうでした。
ですけど、泣いてはいけません。
お父様が仰っているのは、娘を愛する父として意外でもなんでもないことですもの。
わたくしはお父様の娘。
たったひとりの愛娘なのですから。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




