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陰キャ男と天才美少女の金で繋がった友情

作者:
掲載日:2026/08/03

追記:誤字報告をいただきました。とても助かりました。本当にありがとうございます。たくさんミスをしてしまって申し訳ありません。

突然だが、世の中友情・努力・勝利を体現した作品というのはたくさんある。

なぜか、それは美しいとされているからだ。

かげがえのない友との友情、血のにじむような努力。

それらが勝利をつかむ方程式。

世間一般ではそれらは美しいものであるとされている。

そんな価値観を持つ方を否定するわけではない。

実際、多くの人がそう思っているのならきっとそれは正しいのだろう。

だが残念ながらというべきか、俺はそういった考えに共感できない。

いや、はっきり言おう『気持ち悪い』。

なぜならそれは現実では滅多にないからだ。

どれだけ友情を育もうと、どれだけ努力をしようと負けるときは負ける。

現実とは非情なものだ。

少なくとも俺は、金よりも重要視される友情も天才にかつ秀才も見たことがない。

俺が見たことないだけで、そういったものが実際にある。

そうなのかもしれない。

だが少なくとも、俺の周りにそれはないしあったとしてもひどく稀なものであると思う。

さて、なぜ俺がそんなことを考えているのか。

その答えをお見せしよう。

ここは俺が通っている高校の体育館。

そして、絶賛球技大会中。

もっと言うならうちのクラスの女子バスケットボールの試合中だ。


ビー


試合終了のブザーがなる。

相手のクラス3年生で、女子バスケットボール部が3人。

いずれもスタメンだそうだ。

他も運動部。

大してこちらは1年生で面子は、バスケットボール初心者1人。

もちろん、1人では出場できないので数合わせにコートに入っているが一切動いていない。

試合結果24対0うちのクラスの勝利。

うちのクラスで動いていたのは1人だけ。


早瀬唯(はやせゆい)


彼女は早瀬グループとやらの社長令嬢で成績優秀運動神経抜群の美少女。

いわゆる典型的な天才。

勝ち組というやつだ。

球技大会チーム決めのホームルームで彼女はこう言った。


「バスケットボールはしたことないですが、私一人で問題ありません。他の人は足手まといだからコートに入って立ってるだけで構いません」


通常なら猛反発を受けるだろうそのセリフも反発などなく、クラス全員がその言葉に従った。

当然だ、早瀬唯ができるといったならばできるのだ。

俺たちクラスメイトはこの1学期間でいやというほどそれをわからせられた。

そのため、うちのクラスで早瀬唯という女王様に逆らえる人間などいない。

基本的に誰にでも遠慮なく話しかける陽キャたちすら、早瀬唯にだけは話しかけられない。

まぁ、あんなに話かけるなオーラ出してたら話かけるなんて無理だろう。

ついでに言えば、早瀬唯は毒舌だ。

正確に言えば、空気を読んだり他人に気を使ったりしない。

彼女が言うことはいつも正論で、否定ができない。

そういうわけで、彼女はクラスを支配していながら基本一人で行動している。

そして今回も有言実行。

たった1人で相手をぼこぼこにしてしまった。

そして汗一つかいていない。

相手選手は悔しさで涙を流している。

早瀬唯の噂は学校中に広まっている。

だが、彼女は部活に入っていないし学校が終わったらすぐに帰ってしまうのでクラス外の人との関わりが全くない。

そのせいでクラスメイトからの情報しかクラスの違う人間には伝わらないわけだ。

結果的に早瀬唯は学校内で過小評価されていた。

だが、今早瀬唯の能力が目に見えてわかる形にして示された。

上級生のバスケ部スタメン相手をたった一人でぼこぼこにした。

そうして、球技大会女子の方はうちのクラスが優勝した。

ちなみに男子は普通に負けた。





放課後


「クラスで打ち上げしよーぜー」


「いいねぇー」


陽キャたちが打ち上げを提案し、盛り上がっている。

シンプルに怠いし、向こうも俺みたいな陰キャに参加されても困るだろうという善意でさっさと帰宅する。

学校は嫌いだ。

というか、外が嫌いだ。

家以外の場所は基本的に落ち着かない。

俺は基本ひきこもり気質なのだ。

そんなことを考えながら、昇降口に向かって歩く。


夜川凪(よがわなぎ)さん」


突然俺の名前が呼ばれる。

この学校で友人はいない。

俺は部活にも入ってないし、所属している図書委員の仕事も今日じゃない。

つまり、さっきの声が幻聴ということだ。

QED証明完了。

ということで俺は振り返ることをせず、そのまま歩く。


「夜川さん」


やばい、また聞こえた。

これはだいぶ疲れているな。

俺は歩く速度を早くして、さっさと校内を出る。


「夜川さん」


今度は肩を掴まれた。

どうやら幻聴じゃなかったらしい。

俺は現実逃避をやめ、俺の肩を掴んだ人物を視界に入れる。

早瀬唯。

声を聴いたときから、正直わかっていた。

関わらないよう幻聴というわずかな可能性に賭けたがその賭けには負けたらしい。


「何ですか?早瀬さん」


「貴方とお話してみたいんです。一緒にお茶でもしませんか?」


早瀬さんが無表情で提案する。

早瀬唯という人間は基本的に常に無表情だ。

むしろ無表情以外の表情を俺は1学期間見たことない。

そしてその無表情、近くで見ると圧力がすごい。

クラスの支配者たる早瀬唯の提案。

蹴ればロクなことにならないのは目に見えている。

選択肢など一つしかない。


「わかりました」


「では、行きましょう」


そうして俺と早瀬は近くのカフェに入った。

店内にはほとんど人がいない。

店員は注文を聞いたらすぐに去って行った。


「人払いはしておりますので、周囲をお気遣いになる必要はありません」


人払いって簡単にできるものなのか?


「それで、突然関わりのないクラスメイトを捕まえて何用ですか?」


あくまで丁寧な言葉遣いを心掛ける。

相手の行動理由も地雷も一切わからない。

丁寧にしておけば、とりあえず相手の不興を買う可能性は減らせる。


「あら、私たちはクラスメイトなのですからもっと敬語など使わずにもっとフランクに接しても構わないのですよ」


「早瀬さんが私に敬語を使われている間は、私も敬語を使わせていただきます」


「面白い方ですね。では、私が敬語をやめます。なので貴方もやめてください」


「わかった。これでいいか?」


「ええ、それでおーけー」


急にフランクになった。

早瀬さんが敬語を使っていないところは初めて見たな。

正直、それが染みついているから簡単にはやめないと思っていたんだが。


「それで、要件は?意味もなく俺とお茶をするほど早瀬も暇じゃないだろ」


「別に暇だよ。だからこれは暇つぶし」


そういいながら内ポケットから何か紙を取り出した。


「単刀直入に言う。お金払うから私と友達になって」


俺は少し考える。

物事を考えるときはメリットとデメリットを整理する。

まずメリット金がもらえる。

最もシンプルかつ最高のメリットだ。

うちの高校はバイト禁止だし課題もそこそこあるので金を稼ぐことはできない。

月2000円のお小遣いでは高校生には少々物足りない。

次にデメリット。

まず俺は今まで友人という友人がいたことがない。

だから、友達になる。

というのは中々に難しいし、苦労するだろう。

また、その友達関係の中で早瀬唯の不興を買う可能性がある。

だが、人間関係の苦労というのは実際にバイトすればもっと大変だろう。

不興を買うというのも、ここで断ったらそれこそすぐに不興を買うことになりかねない。


「わかった。俺と早瀬は今日から友達だ」


俺は右腕を伸ばす。


「契約成立だね」


そうして早瀬も俺と同じように右腕を伸ばし、握手をする。


「その契約書に名前を書いて」


俺は手渡された契約書を三度程読む。

特に不備はなさそうだ。

ただ金額がおかしかった。

月10万って何の冗談だ?

それほどまでに過酷な仕事なのだろうか。

ただ、少なくとも嵌められるようなことはなさそうだ。

俺は早瀬から手渡されたボールペンで署名欄に名前を書いた。


「はい、これで正式に私と貴方は友人です」


「それで、具体的に俺は何をすればいい?友人といっても俺は生まれてこの方友人などいたことがない」


「奇遇。私もいたことない。だから、私の暇つぶしに付き合ってくれたらいい」


そこで店員が注文したものを持ってきた。

俺はオレンジジュースを一口飲む。

早瀬はショートケーキを一口食べた。


「暇つぶしねぇ。具体的には?」


「これ」


早瀬が一冊の小説を取り出してくる。

いわゆるライトノベルというもの。

それも割とコアな作品だった。

そして、俺が好きな作品でもある。


「貴方、教室で読んでたでしょ。ブックカバーも着けずに」


「ああ、読んでたな」


俺は友人がいないので、休み時間は常に持参したラノベを読んでいる。

なるほど、そういえば早瀬も休み時間は本を読んでいたな。

ブックカバーをしていたから何の本かは知らなかったが、早瀬もこっち側の人間なのか。


「語りたい」


「理解した。俺を暇つぶし相手(ともだち)に選んだのもそれが理由か」


「いえす」


「さっきから思ってたんだけど、口調がどんどん緩くなってるけど大丈夫か?」


「これが素。普段は面倒だから常に丁寧にしてる」


「相手によって対応を変えるのが面倒だから、全員に丁寧に接すれば問題ないってわけか」


「大正解」


「なんというか、今日一日でお前の印象ががらりと変わったわ」


「貴方はこっちの方が親しみやすいと思ったから」


「そりゃ、誰でもそうなんじゃないのか?敬語って距離を感じるし」


「そうなの?」


「そうらしいぜ。生憎、俺には理解できない感性だ」


「ふーん。それじゃあ、語ろう」


そうして早瀬は一呼吸おいて、


「ぶっちゃけ、最推しは誰?」


オタク同士の会話が始まった。





3時間後


「それでさ、やっぱり最後に主人公とくっつくのはこの子だと思う」


「残念。その人の声優を調べてみろ」


「…無念。私の最推し負けヒロイン」


「っと、もう8時か」


「もう帰るの?」


「友人と晩飯食って帰るつったからもうちょい遅くなっても問題ない」


俺たちは契約書を交わしてから3時間ぶっ通しでオタク談義をしていた。

文武両道完璧美少女の面影など一切ない。

早瀬唯は俺のなかで趣味の合う同類の友人兼雇用主という認識となった。


「友人いるわけないって、疑われない?」


「学校のこと最低限しか話してないからな。問題ない」


「誰もが友達いるなんて思ったらだめ」


「それな。世の中には、友人のいない人間だっているんだ」


「まぁ、今日から私たちにも友人ができたから…」


ここ数時間、早瀬と話していくつかわかったことがある。

一つ、早瀬は素だと案外わかりやすい。

顔は常に無表情だが、感情が声に出やすいらしい。

二つ、俺ととんでもなく趣味が合う。

俺が呼んでいる小説の中でもかなりコアなものを読んでいたことからうすうす思っていたが、俺と趣味がめちゃくちゃ合う。

三つ、両親は放任主義。

基本的に家を空けていて、家事はお手伝いさんがしてくれる一人暮らし状態らしい。


「そうだ。帰る前に一つだけ言っとく。学校では休み時間にわざわざ友人しにくる必要はない。だけど…私がハブられてたり余ってたら助けて」


「わかった。逆に俺がハブられてたり余ってたら助けてくれ」


俺と早瀬は強く握手をした。

友人のいない俺たちは経験があるのだ

グループを組めで余るというあのトラウマ級の経験が。


「それじゃあ、私は帰る。お代は払っとくから。また明日」


「自分の分は自分で」


「オタクはお金がかかる。私はお金には困ってない。友人は助け合うもの」


「友情に金を持ってきたら終わりだと思うが?」


「私は友情を金で買った女」


早瀬は胸を張っていった。


「そりゃそうだな。それじゃあ、奢られとく」


「ん」


そうして、俺と早瀬はカフェを出て別れた。

早瀬には迎えの車が来ていた。


「送ってこうか?」


「いや、ここから家近いから構わん」


「おーけー。それじゃー」


そうして早瀬は車で帰っていった。


「不思議な奴だったな」


俺の中で完璧超人早瀬唯は消えた。

あいつの素は中々ユニークで面白いものだった。

俺はあの面白人間と金で友人関係になったらしい。


「事実は小説より奇なりってな」


そんなことをぼやきながら、俺は帰路につくのだった。






早瀬唯視点

私は今日、友情をお金で買った。


「お嬢様。趣味の合うご友人ができてよかったですな」


昔から私の世話をしてくれている運転手が話しかけてくる。


「うん」


夜川は面白かったし、趣味もあった。

いい暇つぶしになりそう。

にしても、月100万(・・・)にしたけど正直もうちょっと値段交渉はしてくると思ったんだけど。

すんなりいった。

まぁ、何か言ってきたらその時対応すればいいか。





翌日

夜川凪視点

俺はいつも通りの時間に家を出る。


「おはよー」


なぜか俺の家の前に早瀬がいた。


「なぜ、俺の家を知っている?」


「調べたから」


どうやって?

聞かない方がよさそうだ。


「なぜここにいる?」


「友達と一緒に登校しようと思ったから」


「わかった」


別に対したことじゃない。

友達と一緒に登校なんて話は特段珍しい話じゃない。

まぁ、俺は人生初なわけだが。


「私、友達と一緒に登校するの初めて」


「そりゃ、お互い高校生にもなって初めての友達だからな」


早瀬と一緒に登校となると多少悪めだちするだろうが、まぁ最悪すべて無視してしまえばいい。

学校に近づくにつれて、痛くなていく視線を感じながら俺たちは登校した。

教室に着くと、普段うるさいクラスメイト達が固まって教室が静まり返った。

そのすきに俺と早瀬は各々の席に着いた。

考えることは一緒のようで、俺も早瀬もさっさと持参した本を開く。

ついでに俺はイヤホンつけてスマホで音楽流し、周りの音をシャットアウト。

陰キャ特有の関わるなオーラを出しながら読書をする。

人を無視することは俺の数少ない特技なのだ。

結局、俺も早瀬もホームルームが始まるまで読書をして過ごしたのだった。

その後も休み時間はすべて読書をして乗り切り、気づけば昼休みになっていた。

4限目の授業が終了した瞬間、早瀬が席を立って俺の席に来た。


「お昼、一緒に」


「わかった」


友達と一緒に昼食をとる。

なんらおかしなことじゃないだろう。


「着いてきて」


すぐに席を立って、早瀬についていき教室を出るのだった。





俺と早瀬は使われていない空き教室に移動していた。


「俺、学食のつもりだったから飯ないんだけど」


「問題ない。作ってきた」


「はい?」


「はいこれ」


無言で早瀬から弁当箱が手渡される。


「食べて、感想聞かせて」


「わかった」


俺は貰えるものは貰っておく主義なので遠慮なくいただく。

弁当箱を開けると、そこには俺が好きな具材だけが入っていた。


「なぜ俺の好物を把握している?」


「調べた」


「それ朝も言っていたが、聞かない方がいい奴か?」


「おすすめはしない」


「一つだけ聞かせてくれ。もしかして、昨日の提案をする前に事前に身辺調査とかされてたりする?」


早瀬の視線が逸れた。

ギルティ。

まぁ、別に特段気にならないから問題はないんだが。

俺は弁当に入っているハンバーグを一口食べる。


「うまっ」


「よかった。久しぶりに料理したから」


「久しぶりに?」


「うん。普段は料理人が勝手に作ってくれるから。でも今日は夜川の分と自分の分作った。友達に手料理をふるまう。一度やってみたかった」


「それ、友達ってよりカップルとかでやるやつじゃないの?」


「私には友情と恋情の違いがわからない。夜川はわかるの?」


「その人と人生添い遂げたいって思うかどうかじゃないのか?」


「なるほど。でも、それだとクラスの陽キャたちはどうなるの?あれらは先の人生なんて深く考えずに勢いで男女交際をしてる」


「ふむ、それもそうだな。っていうかこと人間関係に関する経験値なら俺とお前の間だと大差ないだろ。俺に聞くなよ。聞く相手間違ってる」


「確かに。まぁ私としては初めての体験で楽しかった、また気が向いたら作ってあげる」


「楽しみにしている。そうだ、材料費は…」


「いらない。その代わり今日の放課後つきあって」


「わかった」


そうして俺と早瀬は適当な雑談をしながら昼食をとるのだった。





キーンコーンカーンコーン


ホームルームを終えた俺はいつも通り、荷物をもって席を立つ。

すると早瀬も同じタイミングで席を立った。

にしても、早瀬も教室出るの早いな。

俺も早瀬も部活をしてないんで、さっさと校舎から出る。

他のクラスメイト達は教室に残って話したりしているが、俺は帰宅よりそんなことを優先する神経が理解できない。


「それで、今日はどこに行くんだ?」


「私の家」


俺はもう驚かない。

この天才少女がなにをしてもお愚かない。

天才とはどこか頭のおかしいものだ。

当たり前のように来ている迎えの車に俺も乗せて貰い、早瀬の家に向かった。

早瀬の家はマンションだった。

いわゆるタワマンほど高さはないが、警備に関してはひけをとらなそうだ。


「早瀬の家は何号室なんだ?」


「家、という意味ならこのマンション全部」


「は?」


「このマンション全部うちの所有物。私の部屋は404号室。最上階の7階は両親が使ってて5、6、2、3階は使用人とか警備の人とかみたいな関係者が使ってる。1階は客室。4階は404は私のプライベートルームというだけでそれ以外の部屋も私が自由に使っていいことになってる。夜川がお泊りするなら4階」


「マンションの使い方が豪快すぎるだろ。それとさすがに泊まらん」


「遠慮はいらない。4階は完全に私のもの。両親にだって文句は言わせない」


「そ、そうか」


そんなこんなしていると、402号室に着いた。


「今日はここ」


早瀬が402号室の鍵を開ける。


「入って」


「お邪魔しまーす」


俺は恐る恐る部屋の中に入り、思わず目を見開いた。

そこにあったのは、大量のライトノベルと漫画だった。


「私のコレクションたち。自由に読んで」


「いいのか?」


「ん」


そうして、俺は部屋にあるソファに座って気になっていたラノベの一巻を抜き出して読み始める。

早瀬も本棚からラノベをとって読み始めた。

俺は関わりを持って二日の友人の家で二人無言でラノベを読んでいる。

距離感おかしくないか?

本を読みながらもそんなことを考える。

ちなみに内容はしっかり読んでいる。





そうして、気づけば日は沈んでいた。


「っと、もうこんな時間か」


「帰る?」


「ああ」


「下まで送る」


「別に大丈夫だぞ」


「友達は送るもの」


「わかった」


そうして俺たちは、エレベーターで一回まで降りた。


「それじゃあ、また明日。家の前まで行くから」


「…わかった」


この二日で分かった。

こいつに何か言っても無駄だということが。

そうして俺は、家に帰るのだった。

なお、家は徒歩で20分くらいで着いた。





早瀬唯視点

今日は夜川を家に呼んだ。

夜川は私のコレクションを楽しんでくれたみたい。

友達なって二日目だけど、夜川とは趣味があう。

私は世間一般で有名な作品はあまり好かないらしい。

つまらないのだ。

仲間との友情も努力で天才に勝つのもありきたりで、そして現実ではありえない光景。

フィクションは現実でありえなものを楽しむ手段だ。

だけど、友情も努力も金と才能に平然と裏切られる事を知っている私はそれを面白いだなんて思えない。

どうしても冷めた目で見てしまう。

だけど、世間で評価されるのはそういった作品ばかり。

結果的に、私が好きな作品はいわゆるコアな作品となるとが多い。

そのせいで趣味が合う人が少ない。

友達となれるような身近な人間だとさらに少ない。

だから趣味が合う夜川は非常に希少。

ということで私は夜川と友達になることにした。

人生初のちゃんとした友達。

今までも金や権力にすりよってくる自称友達はたくさんいた。

ただ今までとは違う。

私は本当の友達を欲しかった。

だから私はそうならないよう夜川を徹底的に調査した。

調べたところ、夜川はまぁ典型的な陰キャ。

完全な無害。

ただ、性格が少し冷めていて重要な決断をするときには合理性を重んじることが分かった。

とりあえず、ざっと調べたところ人格面に問題はなし。

両親も普通のサラリーマンと専業主婦で関係良好。

友達にして問題ない人間だとわかった。

ただ、この条件に当てはまる人なら過去にもいた。

だけど、そういった人も私が自分から少しでもかかわろうとすると結局金や権力に目がくらんで友達として不適格な人間になる。

そこで私は天才的な思い付きをした。

最初からお金を払えばいいのだ。

友情をお金で買えばいい。

それは本物の友情とは言わないという人もいるかもしれないけれど、友達になったあとお金目的ですり寄られるより100倍まし。

ということで、夜川にお金を払う代わりに友達になる提案をした。

彼は、すんなりと受け入れた。

そして、昨日今日二人で友達として過ごしたわけだけど。

正直言って……

トモダチサイコー

一緒に登校して、雑談して、他の人には通じないオタク会話して。

もうマジサイコー。

これが月100万とか安すぎるくらい。

お金に困ってない私としては最高の関係。

私はその日、人生初の充足感に満たされながら眠りについたのだった。





夜川凪視点

早瀬と友達になってから1ヶ月近くが経過した。

この1ヶ月、俺と早瀬は平日は朝一緒に登校し、一緒に昼食を食べ、放課後一緒に遊ぶ。

そんな生活を繰り返していた。

うん、正直に言おう。

普通に人生初の友達と遊び惚けた高校生活を送っている。

そうして、いつの間にか終業式になっていた。

明日から夏休みだ。

なお、一学期の期末試験は問題なかった。

赤点はとらなければよし。

ちなみに、早瀬は全教科で学年1位だったらしい。

本当に、すごい奴だ。


「それじゃあ、夏休み楽しめよー。解散」


ホームルームが終わって、先生が教室を出る。

俺と早瀬はいの一番の教室を出る。

この1ヶ月、俺と早瀬は互いへの理解がかなり進んだ。

まず、二人ともひきこもり気質だということ。

外に出れないとかではなく、単純に家大好き人間というわけだ。

そして学校が大嫌いなこと。

まぁ、こっちからしたら学校が好きとかいうやつらの方が理解できない。

楽しいことなんてないだろうに。

そういうわけで、俺も早瀬も早帰宅は極めているわけで…

互いを待ったりする必要がなく、廊下で合流できるわけだ。

そうして、いつも通り早瀬の迎えの車に乗る。

既に運転手さんとは顔なじみだ。

そして当たり前に早瀬のマンションの402号室に入る。


「1ヶ月も来てると、一通り読みたいやつは一周したな」


「同じく。お気に入りは一周した」


「そうなのか?でも、早瀬。この本棚、まだ読んでない本たくさんあるぞ」


早瀬は読んだ本についている帯はとって、最後のページに挟むタイプらしい。

俺も最近はそうしている。

帯がボロボロにならないし、捨てるのもなんかもったいない感じがするのでちょうどいい。

そして、この本棚にはまだ帯がついている本が山ほどある。

ちなみに、俺はここで読んだ本には帯を触ったりしていない。

というか、奇跡的に俺が読んだ本には帯がついていなかった。

本棚にある本の半分くらいは帯がついているのに。


「その本は、好みじゃないやつ」


「じゃあなんで買ってるんだよ?」


「好きな本の作者と同じ作者の小説だったり好きな絵師さんの小説だったりで買ったはいいものの

内容がシンプルに好みじゃなくて結局読んでない本たち」


「もったいないな。だが、納得だ。帯がついているやつの内容確かに早瀬の趣味じゃないな」


「なんで内容知ってるの?」


「そりゃ、アニメ化されてタイトルが面白そうだったら一回見るからな。まぁ合わなかったらすぐにブラウザバックなわけだが。あとテレビCMとかで興味のない奴の情報も意外と知ってたりするんだよ。んで、この本棚にあって、さっき言ってた内容を軽く知ってるけど興味はない作品は大体帯がついたままだなって」


「なるほど。ちなみに夜川がおすすめで帯がついてるやつとかある?」


「少ないけど、あるぞ」


そういって俺は一冊を取り出す。

この作品、アニメ見てはまったんだよなー。

名前で敬遠されがちなんだけど、内容はめっちゃ泣けるやつ。


「読んでみる」


「おう。逆に、俺が読んでなくて早瀬おすすめな奴ある?」


「これ。一見ミステリーっぽいけど、SFバトルも恋愛もいろいろ混ざってる闇鍋。ヒロインがめちゃかわいい」


「それじゃあ、それ読んでみるかな」


そうして、俺たちはいつも通りに同じソファに座って読書する。

ちなみに、喉が乾いたら冷蔵庫からジュースをもらう。

ジュースの好みまで身辺調査で調べられていたらしい。

すでに俺と早瀬の間に遠慮というものは存在しない。

まぁ、俺としては身辺調査くらい気にならないからいんだけど。


「ん?やば、もう9時か」


「ありゃ、もうそんな時間か。ごはん食べていったら?」


「いや、さすがに悪い」


俺はそう言いながら、母さんにメッセージを打つ。

母さんは最近、俺が放課後遅くまで家に帰ってこないのを心配してるようだから連絡しとかないと面倒になる。


「一人のごはん、つまんない。友達との晩御飯。珍しいことじゃないでしょ」


「一人なのか?家族とかは?」


「滅多に帰ってこない」


そういった早瀬の表情は、心なしか普段の無表情とちがい沈んだように見えた。

声のトーンもあからさまに低くなっていく。


「確かに前そう聞いたが、夕飯の時間に帰ってこないのか?」


「ううん。普段は会社の近くのマンションに住んでる。このマンションに来るのは年に2回くらい私の様子を見に来るときだけ。干渉が少なくて助かる」


言葉では助かるといっているがそれが本心なのか、たった1ヶ月の付き合いである俺にはわからなかった。


「そうか。夕食も使用人さんが?」


「うん。今から作ってもらう」


「それじゃあ、貰う。金は」


「不要」


「わかった」


そうして、俺は早瀬家で夕食を食べることになった。

それが、仮初とは家友人である俺にできる精一杯だと思ったから。

夕食は豪華だった。

偏食な俺の好きなものしかなかったのは、まぁ今更だろう。

夕食を食べている間は、他愛ない雑談をした。

沈んでいたように見えた早瀬の表情も幾分か和らいだ。


「それじゃあ、帰る」


「うん」


早瀬の表情は再び曇った。


「なぁ早瀬。よかったら連絡先交換しないか?」


「え?」


早瀬は想定していなかった言葉にフリーズしている。


「だから、連絡先だよ。今まで交換してなかっただろ。友達なのに」


友達同士で連絡先を交換するのは普通のことだ。


「れんらく、さき」


「するのか?しないのか?」


「する、する。絶対する」


そうして、早瀬と俺は連絡先を交換した。

家族としたぶりでやり方が互いにわからなかったのはご愛敬だろう。


「それじゃあ、いつでも連絡してくれ」


「いつ、でも…わかった」


早瀬の表情はぱっと明るくなった。

もともと考えてはいたんだが、特に困ることがなくて後回しにしていた。

今回はいいきっかけだったといえるだろう。

そうして、俺は家に帰宅した。


「凪、最近ずっと家いないけど大丈夫なの?何か巻き込まれてりしてない?何かあったら相談するのよ」


「大丈夫だって。友達の家に遊びに行ってるだけだからって」


「でも、今まで友達なんていなかった凪がここ最近ずっと友達の家にいるっていうのは信じられない」


「まぁ自分でもちょっと頻度が多いなとは思ってるけどさ。まぁ仲良く楽しくやってるからあんまり気にしないでくれ」


「っていうか、毎日お世話になってるんでしょ。何か手土産かなんか持って行った方が…」


「いや、あいつそういうの気にしない。というか、あいつの家金持ちだからうちが買うような手土産じゃ見劣りするわ」


「でも今日は夕食をご一緒させてもらったんでしょ。友達はともかく親御さんたちには何かしないと失礼でしょ」


「いや、いなかった。というか向こうのご両親は忙しくて滅多に帰ってこないらしい。一応手土産とかあった方がいいかって聞いたんだけど。「毎日のように一緒に遊んでるだし、いちいち手土産買ってから来るくらいならさっさと家に来て」って言われてな」


「そう。まぁもう高校生だし大丈夫だとは思うけど…失礼のないようにね」


「わかってるよ」


俺は部屋に入る。

どうやら俺は母さんに心配されているらしい。

今まで、俺が友達の家に遊びに行くなんてことがなかったからな。

それが1ヶ月も続けば心配するのも無理はないか。

実際、今まで本屋に行く以外で外に出なかった俺が最近は休日に丸一日家にいないからな。

ちなみに、休日は普通に朝から早瀬の家に行っている。

というか最近、自分の家よりも早瀬の家にいる時間の方が長生きがする。

いや寝てる時間を含めたらさすがに自分の家だけど、起きてる時間を考えたら圧倒的に早瀬の家にいる時間の方が長い。


ポロンッ


ベッドで寝転がっていたらスマホの通知音がなった。


《家着いたー?》


相手は当たり前に早瀬だった。

まぁそりゃそうだよな。

家にいるんだから親が俺にわざわざメッセージを送るわけないし、祖父母は機械音痴だからメッセージなんて送ってこない。

そして、今日交換したというタイミングを考えれば相手は十中八九早瀬だ。


《着いてるぞ。そっちは今何してたんだ?》


《お風呂入ってた。今から寝るとこ》


《そうか。早瀬は寝るの早いんだな》


《訂正、寝るといってベッドに入ってアニメ見てた》


《何のアニメだ?》


《さっき薦めてくれた小説のやつ》


《面白かったか?》


《うん。アニメ楽しみ。そっちは今何してた?》


《さっき薦めてくれたやつのアニメの一気見を始めたとこ》


《同じだ》


《はは》


自然の笑いがこぼれる。

そういえば明日から夏休みか。


《明日から夏休みだけど、お前の方は何か予定あるのか?》


《ない。だから毎日来てね》


《毎日は無理だ。俺にも予定がある》


《……まさか、私以外の友達?》


《それこそ、まさかだ。ただの帰省だよ》


《なるほど。それじゃあその時は電話で許す》


《許すってなんだよ。まぁとりあえず、それじゃあ明日も家行くな。なんなら、明日はうちに来るか?》


ん?返事が来なくなった。

今まで即レスだったのに。


《いいの?》


30秒ほどしてから、そう短い文が来た。


《俺から誘ったんだぞ。いいに決まってる。まぁ異性の同級生の家に行くのはあまり世間体がよろしくないかもしれないが》


《今更。行く。絶対行く。何時くらいからがいい?》


《いつでもいいぞ》


《朝から行くよ?》


《構わん》


《手土産は何がいい?》


《いらん》


《適当に用意する》


《いや、俺は毎日お前の家行ってるけど手土産なんて一度も渡したことないし》


《親後さんいるんでしょ。挨拶しないと》


《育ちの良さが出てやがる》


《まぁそういうわけだから。一応親御さんに確認とっといて》


《了解》


俺は部屋を出て、リビングに移動する。


「母さん。明日友達をうちに呼んでいい?」


「友達って、いつもあんたがおうちに遊びに行ってる人よね?もちろんいいわよ。ご挨拶したいし。あ、それとも二人きりの方がいいかしら?」


「いや、大丈夫。それにあいつ朝から来るって言ってたから」


「そう。了解。具体的に何時かとかは聞いてる?」


「いや、朝からとしか。でもあいつの性格的にだいぶ早い時間だとは思う」


「それじゃあ、私が寝てても勝手に家入れちゃっていいわよ。お父さんにもそう言っとくわ。あ、それとお菓子とかどうしようかしら?」


「いつも食べてないし、大丈夫。というか必要なら俺の部屋にあるお菓子食わせる。それじゃあ、それだけだから」


そうして俺は部屋に戻って、アニメの続きを見る。


《親御さんの許可はとれた?》


《ああ、問題ない》


《ねぇねぇ。電話してもいい?》


《構わないぞ》


プルルルプルルル


『もしもし、聞こえる?』


『ああ、聞こえる。それでなんで急に電話?アニメ見てたんじゃなかったのか?」


『もちろん見てるよ。でも、見てても電話はできるでしょ」


『そりゃそうだけど』


『それと、寝落ち通話。一回やってみたかった』


『そうか』


『私ね、今まで寝るの、嫌いだった。一人で暗い部屋にいるとね、自然とその日一日を振り返っちゃうの。そして、今日もつまらない一日だったなって。無駄に寿命を浪費して、私の人生に何の意味があるんだろうって思うの』


早瀬が突然、普段よりも低く小さい声で言った。

それは間違いなく、早瀬の本音だとわかった。


『楽しいことはなかったのか?』


『アニメとかラノベは好きだよ。だって物語の主人公に強く共感しているときは夢中になって、自分のことなんて考えなくて済むから』


『早瀬は自分のことが嫌いか?』


『嫌いじゃない。大抵のことを苦労せずこなせる才能も多くの人から褒めそよされる美貌も買いたいものは何でも買える大金も。全部好き。でもつまらない』


昔何かで見た研究によるとゲームというものは、それが難しければ難しいほど楽しいと感じやすいらしい。

それはつまり簡単にクリアできてしまうゲームはつまらないということだ。

そして早瀬にとって人生とはまさに簡単にクリアできてしまうゲームに他ならない。


『この世界が物語なら、お前は主人公に打ち負かされて人生を楽しめるのにな』


『あは、確かに。テンプレだ。少年漫画でよく見るやつ。絶大な才能を持った敵に努力と友情で打ち勝つっていうくだらないテンプレ。あれほんと』


『『気持ち悪い』』


電話ごしなのに、俺と早瀬の声はそろった。

早瀬はさっき、ラノベは主人公に強く共感できるから好きだと言っていた。

つまり、早瀬が好きなのは自分が主人公に強く共感できる作品というわけだ。

奇しくも俺と同じだ。

だから主人公が努力や友情を謳い、天才に勝利する作品はそれを正面から踏みにじってきた早瀬からすれば全く共感できないものだろう。


『俺は早瀬程すごくはないけどさ。それでも似た感覚はわかる。知っての通り、人生でこの方友人はおらず、俺も人生でこの方努力らしい努力をしたことがない』


『あら、そうなの?』


『ああ、何せ受験期ですら1日3時間も勉強しなかったくらいだ。それでも人より平均以上の成績を出せる。まぁその分というべきか運動は割と壊滅的だけどな』


『ふふ、それでここの高校入ったの?もしかして勉強得意?』


『得手不得手があるだけだ。受験期は大半を英語に費やしたが、全く身に着かなかった。それに、学年1位様に言われたら皮肉にしか聞こえん』


早瀬は今回の期末テストで学年1位を取ったらしい。

ちなみに俺は50位くらい。

1学年250人くらいだから、まぁ上位20%というところ。

決して悪くはないだろう。


『まぁ、だからさ今すごく楽しい。寝る前に振り返った時、一日あなたと一緒に過ごして、くだらない話で笑って、何の生産性もない行動が楽しくて仕方がなくて。人生に意味なんてなくても、今楽しければそれでいいやって思える。凪のおかげ』


初めて、名前で呼ばれたな。


『俺もだ』


『え?』


『お前のおかげで、今すごく楽しい』


なんだか、俺ららしくない雰囲気が流れている。

だからつい、柄にもないことを言ってしまった。


『ふふ、柄にもなくちょっと真面目な会話をしてしまった』


『そうだな。俺らに真面目は似合わないな』


『ん、真面目なのは教師の前だけでいい。友達の前では互いにくだらないことで笑って軽口を言い合うくらいでちょうどいい』


『俺もお前も友達という関係性への理解がここ一ヶ月で進んだな』


『確かに』


『ふふふ』『あはは』


そうして二人で笑いながら再び雑談に花を咲かせ、くだらない話で盛り上がる。

気づけば夜が更けていた。


『あら、もう5時?時間が過ぎるのは一瞬』


『だな。というか結局ずっと話して寝てない』


『まぁ夏休みなんだし、いいでしょ。それより、そろそろ行く。20分後くらいに』


『了解。それじゃあ、俺はパパっとシャワーでも浴びることにする。着いたらインターフォン鳴らしてくれ。一応だけど、部屋番号は404だから』


『知ってる』


『個人情報を知られていることに慣れてしまった自分が怖い』


『私と友達やるんだから、慣れて。それじゃあ、いったん切る』


『了解。それじゃあ、またあとで』


そうして、電話は切れた。

俺はパパっとシャワーを浴びて着替える。

歯も磨いて、朝の支度ができたくらいの時にインターフォンがなった。


「はいはい」


『わたしー』


『いらっしゃい』


『夜川が出てくれてよかった。お母さんとかが出たらどうしようかと』


「生憎、まだ寝てるよ」


そういいながら1階のドアを開ける。


『ありがと』


そうしてインターフォンは切れる。

俺は玄関に移動する。


ピーンポーン


「はーい」


俺はドアを開ける。


「おはよう」


「おはよー。さっそくだけど、お邪魔しても?」


「もちろんだ。いきなりで片づけれてないから、他の部屋は閉めてる。俺の部屋かリビングどっちがいい?」


「夜川の部屋でってよく考えたら、この家の人は全員夜川か」


「凪でいいぞ。電話でもしれっと言ってただろ」


「あは、ばれてた?あの時は眠くてぼーっとしてたからちょっと恥ずかしんだけど。それじゃあ遠慮なく凪って呼ばせてもらうね。私のことも唯でいいよ」


「……異性の名前を呼び捨てとか人生初めてで緊張するな」


「口ではそういうけど、全然緊張してるようには見えないケド」


唯がジト目でこちらを見てくる。


「っと、着いた。ここが俺の部屋だ」


「へぇー、結構綺麗にしてるんだね」


「急いで片づけたんだ」


「まぁ、そういうことにしとく。にしても…」


唯の目線は自然と本棚に向かった。


「さすがに私の家ほどじゃないけど、ラノベ多すぎない?ざっと見た感じは100冊は超えてそうだけど?」


「さすがに数えたことはないが、200は届いてないと思うぞ。100は確実だが」


「これって全部新品で買ったやつだよね?」


「俺は中古は買わないからな、図書館で借りることはあるけど」


「それでこの量って、以前貴方に聞いたお小遣いから考えたらそのお小遣いのほとんどをつぎ込んでいるとしか思えないんだけど」


「実際そうだな。基本小遣いはラノベにしか使わん。お菓子とかジュースは普通に買ってもらえるからな、それ以外に使い道もない」


「そうなんだ。まぁうちにあるやつは全部お前の家にもあったから、今日読む必要はないだろ。今日は何か別のことをしないか?」


「それじゃあ、ゲームでもしましょう。持ってきたから」


「了解」


そうして俺たちは二人とも持っていた有名ゲームをローカル通信でいくつかプレイした。

今まで個人プレイしかしたことがない俺たちにとって、誰かとの共同プレイっていうのはとても新鮮だった。

互いに初めてで、最初はお世辞にもうまいとは言えないものだったがゲームを初めて3時間程度たった頃には互いに慣れて、スムーズにプレイできるようになった。


「これで」


「おしまいだ」


俺たちはモンスターを狩るゲームで協力して、二人で倒した。


「誰かとゲームするって初めてだったけど、悪くないな」


「一人でプレイするときとは違う楽しみがある」


がさがさ


リビングの方から物音がする。

ゲームに集中していて、気づいていなかったけど起き出しているらしい


時計を確認すれば7時。

普段なら朝食の時間だ。


「ああ、父さんと母さんが動き出したな」


「それじゃあ、ご挨拶しなきゃ」


「多分、この時間なら朝食の時間だから二人ともリビングにいると思う」


俺たちは部屋を出てリビングに移動する。


「おはよう、な、ぎ」


母さんは早瀬を見て、固まった。


「うん?母さん、どうしたん、だ」


父さんも母さんと全く同じ反応で固まった。


「夜川さん、お邪魔しています。凪さんの学友の早瀬唯と申します」


唯が丁寧に挨拶をする。

学校で俺以外の人間と話すときの口調だから違和感はない。


「こ、これはご丁寧に。私、凪の母の夜川佐紀と申します」


「同じく凪の父の夜川裕也と申します」


二人は突然のお堅い挨拶に、動揺しているらしい。

正直、それだけにしては過剰に見えるが。


「ちょっと、凪。お友達が女性だなんて聞いてないんだけど」


「凪って、お友達の家に毎日のように行ってたよな?異性の家に毎日通ってたのか?」


「あー、そういえば性別までは言ってなかったな」


「確かに、ぼっちの凪の人生初の友達が異性っていうのは確かに驚いてしかるべきかも」


どうやら両親は唯が男だと思っていたらしい。

確かに高校生で異性の友人って割と珍しいのかもしれない。

ラノベでも、異性の友人というだけで恋人とからかわれるのとか鉄板だし。

男女の友情は成立しない。

みたいな作品もあった。

つまり、高校生の友達は同性の方が多いというのが世間一般の常識らしい。

俺も唯も今まで友人がおらず、世間一般の友達事情ってのには疎い。


「「しかも、めっちゃ美人」」


どこで声をそろえてんだ。


「凪、失礼なことしてないでしょうね?」


「してねぇよ」


「早瀬さん、すいません。息子がお世話になっております。最近毎日のようにおうちに押しかけているようで」


「構いませんよ。むしろ、私が呼んでいるので」


「そうでしたか。でも他のご友人とか」


「私、凪が初めての友達なので」


唯の言葉に二人は押し黙る。


「まぁ、そういうことだから。気にしなくていい。そもそも俺に異性相手に変なことをする度胸があるとでも?」


「「ない」」


自分で言っておいてあれだが、親からの即答というのは少し頭に来るな。


「ああそれと、こちらどうぞ」


唯が持ってきていた、紙袋を渡した。

なんか、手土産にしてはやけに大きいと思っていたが何が入ってるんだ?


「こ、これはこれはご丁寧に、息子には何も持たせてないのに」


「ああ、そういったものは今後も結構です。毎日呼ぶので、いちいち受け取るのも面倒ですし」


唯は平然と言う。

唯は口調こそ丁寧だが、割と毒舌だからな。


「それじゃあ、私と凪は上の部屋で遊んでいますので、お気になさらず」


「朝ごはんは大丈夫なの?結構早くから来てたんでしょ?」


「ああ、お気になさらず。これから二人でカフェでモーニングでもと思っていたところなので」


全く、聞いていない。

まぁ別に構わないが。

逆らう理由もないし、二人で過ごすときに使う費用はすべて唯持ちだ。

今まで一緒に何か買い物をしたことはなかったが、契約書の隅にそう書いてあった。


「母さん、朝食の準備はまだだろ?聞いての通りだから俺の分はいらないから」


「それでは、私達はカフェに行ってきます。適当な時間に戻ってきて、適当な時間に帰ってきますのでお気になさらず。それじゃあ、凪いこ」


「おう」


そうして俺たちは家を出た。


「カフェに行くとか聞いていないんだけど?」


「別に凪に不利益はないし、問題ないでしょ。実際すんなり合わせてくれたし」


「そりゃ、唯がうちの両親と話すの嫌そうだったから」


「苦手なのよ、人と話すの」


「知ってる。なんでも器用にこなすお前の数少ない弱点だからな」


「そういうのに関しては凪の方が上手」


「めんどいから、世間一般的に目上とされる人間にしかしないがな」


「確かに、同年代とのコミュニケーションは苦手だったわね」


「というか、お前友達になった時と微妙に口調が変わってきてるよな」


「友人とのコミュニケーションくらいはちゃんとしようと思って推しキャラの口調をまねてるの。違和感ある?」


「いや、前の無口キャラ的なのも悪くなかったが、今の口調の方も嫌いじゃないぞ。たまに前の無口キャラ出てるけどな」


「あら、ずいぶんな高評価ね。それとまだ練習中なのよ。口調を変えるのって案外難しいのよ」


「高評価?嫌いじゃないは高評価ってほどでもないと思うけどな」


「貴方が素直に好きっていうのはラノベとかアニメに関してだけじゃない。それ以外に関して凪が好きって言ってるとこ聞いたことないし。それなら、嫌いじゃないは結構高評価でしょ」


こいつ、すでに親より俺のことを理解してる気がする。

まぁ今更か。

こいつ相手にプライバシーとかないしな。

そんな風に雑談をしていれば、いつの間にか以前唯と契約を結んだカフェに着いた。

入れば、前と同じく店内にはほとんど人がいない。

メニューを開き、さっさと注文をすます。


「はいこれ」


唯から分厚い封筒が手渡される。


「なんだこれ?開けていいのか?」


「もちろん。それは貴方のものよ」


「んじゃ、遠慮なく」


封筒を開けると、そこには万札が大量に詰め込まれていた。


「この金は何だ?」


「何って、今月の報酬に決まってるでしょ。間違いはないけど、ちゃんと100万入ってるか確認して頂戴」


俺は唯をにらむ。

契約書には月10万と書いてあった。

だが今この封筒には一桁多い額が入っている。


「うん?なに?足りなかった?」


俺は無言でスマホを取り出してアプリから契約書の写真を呼び出す。

こういう重要な書類や情報は写真をとったりスマホに記録したりしておく。

ハッキングとかされたら終わりだけど、忘れて使えなくなったりするよりましだ。


「契約書の写真ね。これがどうかしたの?」


「内容、読んでみろ。特に給料のとこな」


「あら、1000万だったかしら?」


そういいながら唯は契約書を読み始め、やがてあからさまに顔色が悪くなっていく。

ここまで顔色が悪い唯は初めて見たかもしれない。


「ごめんなさい。契約書の報酬額完全に一桁間違えてるわ。100万のつもりだったのだけれど0が一個足りなかったみたい。ごめんなさい、今すぐに新しい契約書を…」


「いや、いい」


俺はそういいながら封筒から札を10枚だけ取り出して残りを唯に返す。


「俺はもともと10万のつもりで、契約を結んだ。雇用主から間違えて実際よりも大きな額を支払われたのなら自分の分だけ受け取って、過剰な分は返す。別におかしなとこはないだろ」


「それじゃ、私が納得できないわ。貴方の仕事は期待以上のものだった。1000万出したっていいくらいに素晴らしいものだったわ。たった10万円じゃ明らかに足りないわ」


「俺が納得してるだろ。というか月100万とか普通に税金関係が面倒なことになるわ」


「そんなの、私が税理士でもなんでも用意すれば済む話よ」


「いや、親の扶養から抜けなきゃならんだろ。絶対税金関係の何かしらで俺たちの関係がばれる。それは唯にとって好ましくないことじゃないのか?」


「っく」


にしても、少々唯らしくないな。

契約書でミスしたり、税金関係に頭が回らななんて。

というか、唯からの視線が痛い。


「いやそんな睨まんでくれ。どうしようもないだろ」


「でもっ」


「はぁ、それなら残りの90万はお前が預かっておいてくれ」


「預かる?」


「そうそう。そんで将来大人になって税金関係とかが親にばれなくなってから返してくれ。贈与税とかそういうのはいろいろ発生するだろうが、俺からしたらもともとあぶく銭みたいなもんだからな減ったところで問題ない。なんなら減っても問題ないようにお前が投資でもして増やしといてくれ」


最後のはさすがに冗談だ。

だけど、こういうことにしておけばひとまず唯は納得するだろう。

実際、税金関係を気にしなくてよくなるのは社会に出てからだろう。

そこまで俺と唯の関係が続くとは思えない。

まだ高校一年生だ。

大学にはいくつもりなので、社会に出るまでに6年以上ある。

一般的に学生時代にできた友達と6年間関係が続くなんてのは稀だ。

クラス替えでクラスが変わるだけで、疎遠になるなんてよくある話だ。

あるいは何かで喧嘩してそれっきり、大学進学を期に一人暮らしのために引っ越して。

なんて、友人との関係が切れることなんて珍しいことじゃない。

そのうえ俺たちの友情は金で繋がったものだ。

切ろうと思えば雇用主(早瀬唯)からあっさり切れるのだ。

まぁもし、社会人になるころも早瀬唯との関係が続いているならばそれは将来の自分に任せるとしよう。


「わかった。100倍にしておくわ」


「ああ楽しみにしてる」


そんな冗談を言い交わしながら、運ばれてきたモーニングを楽しむのだった。





早瀬唯視点

私は今、凪とカフェでモーニングを食べている。

にしてもさっきは焦った。

まさか、契約書をミスしていたなんて。

よく考えたら、そもそも友情をお金で買おうなんて発想に至った時の私は疲れていたのだろう。

まぁそのおかげで私は最高の友達を手に入れたわけだし、今となってはあの時の深夜テンションの私をほめたたえたいくらい。

それに、さっきの反応的に給料が100万円だったら、凪は受けてくれなかっただろう。

ミスはミスだけど、そのミスも結果的にこの最高な状況に必要だったのなら悲観する必要なんてない。

税金関係とか学校でほとんど勉強しないし、いつも税理士に投げてるから忘れてた。

凪って成績自体はそこそこだけど、こういう妙に重要な知識がある。

将来、会社を継ぐことになったら雇おうかしら?

私の秘書あたりにすればいい。

コネ入社とかたたかれるかもしれないけど、凪は気にしないだろう。

この一週間で夜川凪という人間を私は深く理解した。

自分のミスとかは重く受け止めるし、目上からの評価は気にするけど、自分と同じか下の立場の人間からの評価は気に留めない。

実際、この1ヶ月私と関わっていることに関して凪はクラスメイト達から陰口をたたかれるようになった。

でも本人は気にも留めなかった。

私が一番気楽に話せる相手は凪だ。

たった一ヶ月の付き合いだけど、私は夜川凪を信用しきっている。

それはきっと、性格や考え方が似ているからだろう。

話していて心地いいし、二人で何かするのもやりやすい。

うん、大学3年生くらいになったら提案してみよう。

ああ、あと預かっておく凪のお金もちゃんと運用しないとね。

一時期、不労所得というものに興味があって投資の勉強をしたことがある。

というか実際に自分のお小遣いの半分は投資にあてている。

最悪うちの会社がつぶれたりしても、親と縁切って自堕落に暮らせるように。

返すまで大体6年。

時間は十分にあるし、100倍といわず最大限増やして返そう。

それと税金関係も軽く勉強しておきましょう。

投資の勉強をしたときに、税金関係の内容も教材にあったんだけど税金関係は税理士に投げればいいからって端折ったのよね。

凪との契約を変えることもあるかもだし、そういうときは税理士に頼れないから自分でちゃんとできるようになっといた方が安心。

私の優秀な頭脳なら、さして時間はかからないでしょ。

内心でそんなことを考えながら、私は凪とのモーニングを楽しんで凪の家に戻ったのだった。





夜川凪視点

家に戻った俺たちは部屋に戻って再びゲームに明け暮れた。


「ん、もうこんな時間」


「今何時だ?」


「19時」


「夢中になりすぎたな」


俺たちは昼食をとらず、ぶっ続けでゲームをしていた。


「そろそろうちでは夕飯の時間だな。食べてくか?」


「信用していない人の料理は食べたくない」


「まっそうだよな。俺も他人の家庭料理とかごめんだし」


「ん?うちでは食べてたけど」


「だって、お前の家の料理はプロが作ってるやつだろ?」


「うん」


「それなら店で食うのと変わらん」


「確かに、家庭料理と言われればうちのごはんは違うかも」


「ああでも、この先俺以外の友達ができたらもっとやんわりと断れよ。一応失礼にあたるだろうし。それで拗れる可能性もないわけじゃないからな」


「この先、凪以外の友人を作る予定はない」


「わからないぞ。俺以上に合うやつがいるかもしれない」


「いない」


唯の目線が険しくなった。


「可能性の話だ。それより、もう遅い。送っていくから帰れ」


俺は唯を家まで送った。

唯の家からの帰り道、俺は先ほどの会話を思い出す。

そう、可能性の話。

高確率で起こる可能性の話だ。

俺はいわゆる心配性で、人を中々信用できない。

唯を信用することができたのは、早瀬唯にとって俺をだますことにメリットがないからだ。

ついでに、俺は早瀬唯に勝てる要素が一切ないからだ。

自分の力でどうしようもないことが起こる可能性を考えるのは無駄。

そして何より早瀬唯はわかりやすいからだ。

早瀬唯は無表情なようで案外わかりやすい。

感情が身振り手振りや声にのる。

それに友達というものを知的好奇心から求めることも、それを実行するために金を使うというのも実にわかりやすい。

だから信用できる。

逆に言えば俺はこれだけの条件が当てはまらなければ人を信用できないのだ。

だから俺は友達ができなかった。

だが早瀬唯は違う。

早瀬唯に友達がいない理由は興味を持てないからだ。

俺の場合は同じクラスで偶然同じ趣味があったから興味を持たれただけだ。

だが興味なんてものは、ひどく曖昧なものだ。

早瀬唯は間違いなく優秀だ。

俺が知る人間の中で最も優秀な人間だ。

『天才』

凡人たる俺にはそんな陳腐な言葉でしか表せない存在だ。

だけど、世界は広い。

この先早瀬唯が成長し、大人になって社会に出て世界に羽ばたけば。

早瀬唯に並べる人間(天才)、あるいは一分野で早瀬唯を超える人間(天才)

そんな人間が現れる。

そうなれば、早瀬唯はそいつらに興味を持つだろう。

(凡人)なんかに向けるものよりもくらべものにならないほどの興味を。

だから唯。

お前には間違いなく、俺以上の友人ができるだろうさ。

だからこそ、世界に羽ばたいて素晴らしい友人ができるまでは俺で暇つぶしでもしておけ。





翌日


《うちに泊まって》


朝起きたら唯からこんなラインが来ていた。


《さすがにそれは…》


高校生の男が交際しているわけでもない女子の家に泊まるのはさすがにまずい気がする。


《泊まって》


返信はそれだけあった。


《いや、ダメだろ》


《泊まれ》


ついに命令になった。

つまりこれは雇用主からの命令ってわけだ。

なら従うしかないな。

俺は手早く準備をする。

リュックに着替えや歯ブラシなど生活必需品を詰めていく。

普段の旅行ならゲーム機でも持ってくんだけど、唯の家に暇つぶし道具を持っていく必要もない。

必要なものを入れたリュックをもってリビングに行く。


「母さん」


「おはよう凪。どしたの、そんな荷物もって?」


「ちょっと早瀬の家泊まるから、今日は飯いらない」


「え?」


「そんじゃ」


俺はそれだけ言って、家を出る。

さすがに止められるだろうからな。

いつも通りインターフォンを鳴らして、マンションに入る。


《マンション着いたぞ。今どこいる?》


《404。鍵は開けてあるあから勝手に入ってきて》


404って確か唯がプライベートルームとして使ってるっていう。

入って大丈夫なのか?

まぁ本人がいいって言ってるんだから問題ないか。

404のドアを開ける。

鍵はかかっておらず、すんなり入ることができた。


「唯ー、俺だ」


「ああ凪、おはよー」


唯が奥の部屋から出てきた。

ただ目が半分ほど開いておらず、歩き方もなんだかふらふらしている。


「おはよう。もしかして寝起きか?」


「ううん。別に起きたばっかってわけじゃない。ただ、私朝弱いの。めちゃくちゃ目覚めが悪い」


「そうなのか?いつも朝早くに俺の家の前いるからそんな印象はなかったな」


「私、毎朝5時起きだから。っていってもそこから三度寝くらいして起きるからちゃんと起きるのは6時半とかだけど」


「へぇ、そうなのか。俺も冬は中々起きれないんだよ、ベッドから離れられないタイプでな」


「私もー、めっちゃわかる」


唯はまだ完全に起きてないらしく、口調がかなりふわふわしている。


「とりあえず、顔でも洗ったらどうだ?」


「そうする」


唯が洗面所に行くのかと思いきや、近くのソファに座り…寝ころんだ。


「唯、唯。寝るな」


「ムーリー。凪が洗面所まで連れてって」


「無茶いうな。俺が同年代の人間を運べるとでも?」


俺の身体能力はお世辞にも高いとは言えない。

なんなら、唯よりも身体能力が低い。

まぁ唯は比較対象が悪いが、身体能力は平均以下だ。

特に体力がない。

が、腕力も高いとは言えない。

俺が持てる重量はできて20kgというところ。

同年代とか絶対無理だ。

かといって、引きずるわけにもいかない。


「無理だね。しょうがない、自分で行く」


そうして、唯はゆっくりと洗面所まで向かっていった。


「おはよう。凪。完璧に目が覚めた」


「それは何よりだ。それで、あのラインは何だ?突然泊まれって」


「いやさ、せっかくの夏休みだしお泊り会ってのをしてみたかったの」


「それ普通同性の友達とやるやつだろ」


「同性の友達がいないなら、異性の友達でやればいいじゃない」


「マリー・アントワネットみたいなこというな」


「いいじゃん。どうせ誰かに話すわけでもないんだし」


「いや、それでもダメだろ。というかお前の親は大丈夫なのか?」


「別にあの人たちは私に興味ないから。まぁその分ラノベとかでよくある習い事がーとか婚約者がーみたいなのがないから楽だけど」


「そうか」


「興味本位で作ってみたわいいものの、すぐに興味を失って親として最低限の義務としてお金と不自由ない生活を与えて放置。まぁ、会社を継いでほしいくらいは思ってるみたいだけど。それも自分が辞めたあとも影響力を残しときたいって打算だけみただし」


「寂しいのか?」


「まさか。物語みたいに冷遇されてたわけでも何かを強要されてるわけでもない。自由を愛する私としては万々歳。物語のヒロインなら親から十分な愛を与えられてる周りを見て、ひとりで涙を流すのかもしれないけど生憎とそういうものに興味を持てないんだよね。昔から」


「そりゃ、よかったな」


「へぇ、こういう話のときにそう返す人って初めて見た。普通黙ったり、何か励ましの言葉でもかけるんじゃないの?」


「励ます必要があるのか?お前がそれを本当は悲しんでるんなら励ましたかもしれないが、お前はそうじゃないんだろ。落ち込んでないやつに励ます理由がない。お前は親からの愛の代わりに自由を得た。お前は親からの愛なんてものに興味はなくて、自由を愛した。自分のいらないものを失って、ほしいものを得た。何か悲しむ要素があるのか?」


「あはは。さすが凪。わかってる。そう、励まされる謂れなんてないの」


「その言い方、過去に励まされたことがあるのか?」


「従兄弟なんだけど、昔親戚の集まりで親から放置されてる私を見つけて同情して励ましてきたやつがいたなよねぇ」


「そいつも若かったんじゃないか?」


「今の私達も十分若いけど」


「それもそうだな」


俺たちは二人で笑う。


「あはは、ごめんごめん。せっかくのお泊り会なのに暗い話しちゃった。そういうわけで私の親は問題なしっ。遠慮なく泊まっていって」


「そうさせてもらおう」


「今日は私の家にあるゲームやろうよ。昨日やったやつなら大体あるから」


「了解」


そうして俺たちは昨日と同じく、二人でテレビの前のソファに座ってひたすらにゲームをし続けた。





5時間後


「うーん。いったん休憩」


「またぶっ続けでやったな。もう昼食の時間だな。というか俺朝ごはん食べてない」


「私も。まぁ休みの日は朝は抜くこと結構あるし」


「実をいうと俺もだ。だけどさすがに昼は何か食べたほうがいい」


「使用人に何か作ってもらおうか?それとも部屋にあるお菓子食べる?」


「…お菓子で」


「賛成ー」


俺も唯にもとっても酷似した共通点がある。

究極の面倒くさがりという点だ。

まぁ早い話、飯を食べるという行動も面倒なのだ。

そこで提示されたお菓子。

片手で食べれて、お腹も満ちて、ゲームしながらできる。

食事のために移動という手間も省ける。

ちなみにすでに俺と唯の間に行儀などという概念はない。

これまた共通点というか、なんというか。

二人とも効率を重視するのだ。

行儀などよりも、どれだけ今したいことをたくさんして面倒なことをさっさと終わらせられるかを考えるのだ。

その結果行儀というのは犠牲にされるのだ。





さらに7時間後


「あー、夕飯どうする?」


「ここに有名なバランス栄養食があります」


「もらう」


夕飯もまともな食事をしないことが決定した瞬間だった。





さらに7時間後


「もう、夜中じゃん。寝るかー」


「風呂入ってないぞ」


「それくらいよくない?家の中涼しいから汗もかいてないし」


「それは女子としてどうなんだ?というか、俺の方は臭くないか?」


「全然大丈夫」


「じゃあ、明日の朝入るか」


「んー」


唯がソファに寝転がんだ。

そして自然に俺の足の上に頭をのせる。

いわゆる膝枕の体勢だ。


「おーい、ここで寝るなー。体痛めるぞー。というか何自然に膝枕してんの」


「一回やってみたかったの」


「いやそれ恋人とやるやつだから。友達とやるやつじゃないから」


「ねぇ凪。友達と恋人って何が違うの?」


「向ける感情が友情か恋情かの違いじゃないの?」


「でも、恋人になる前って友達だよね。告白するときのテンプレもまずはお友達からっていうし」


「まぁそうだな」


「なら恋情って友情を発展させたものってことじゃない?」


「あー確かに。じゃあ友達を発展させたのが恋人ってことなんだろうな。あーでもそれだと一目ぼれが説明できないか。あれは友情を介さず恋情が生まれてる」


「確かに。じゃあ恋情は友情が発展させたものじゃなくて友情が変異して恋情になることもあるってのはどうだ?最初から恋情を得ることもあるし、友情が変異して恋情になることもあるって」


「おっ、いいね。それなら納得。でも友情が変異して恋情になるのなら、私達の友情はどうなると思う?いつか変異して恋情になっちゃうかな?私達の友情は金で繋がったものだし、例外かな?」


「そうだな。生憎と初恋もまだだから恋情ってのを理解することはできないけど。でも俺たちの友情も、世間一般のそれと大差ないんじゃないか?」


「なんでそう思うの?」


「きっかけこそ金だったけどさ。もし今お前が突然お金はもう払いませんって言っても俺はお前と友達でいたいと思っているから、だな」


「…」


唯は黙った。


「ああでも、少なくとも俺の方から給料を払うのをやめて普通の友達になろう。なんて言わないから安心しろ」


唯が体勢を変えて俺の方を見た。


「お前は、俺との関係が金で繋がったものの方が安心できるだろ」


早瀬唯は無償の愛情も、友情も、善意も知らない。

だからそれにお金を使うことで、友情が簡単には切れないと信じられている。

だからここでお金という俺と唯をつないでいる友情の鎖を切れば、唯は友情を信じられなくなる。


「だからさ、お前が金なんて使わないでも俺との友情を信じれるときがきたら、俺をクビにして俺と友達になってくれ」


「わかった。約束」


「ああ、約束だ。契約書でも作ろうか?」


「ううん。友達との約束といえば、これ」


唯は小指を差し出してきた。


「そうだな」


「人生初めて」


「俺もだ」


そうして小指を絡めて。


「「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」」


こうして俺と唯は約束をした。

それから俺と唯は遅くまで、他愛もない話で盛り上がった。

そしていつの間にか眠りについていた。





翌朝


「んー」


俺は目を覚ました。


「からだいたい」


どうやら昨日あのままソファで寝てしまったらしい。

ん?なんか足に重みが?


「唯?ああ唯も昨日あのまま寝落ちたのか」


「唯、唯?」


「う、うーん。なぎ?」


「ああ、お前の友達の凪だ。足しびれてるからどいてくれ?」


「……凪っあっごめん。すぐどく」


目覚めが悪いという話はどこにいいったのか唯は一瞬で目覚めて飛び起きた。


「とりあえず、シャワー浴びよう。凪先浴びていいよ」


「いいのか?」


「うん」


その後交代でシャワーを浴びた。


「とりあえず、朝食を食べよう。今用意させてる」


「俺の分もか?」


「当たり前でしょ」


「いや、それは」


「友達相手に遠慮は不要。それに、今更でしょ」


「それもそうだな。というか、昨日の生活退廃的すぎないか?」


朝抜いて、昼もお菓子ですまして、夜は完全栄養食。

お世辞にも健康的とは言えない。


「いや、普段の私はもう少しちゃんとしてるんだよ。でも、昨日は凪と一緒で楽しかったうえに」


「面倒くさがり兼効率厨二人が悪い意味で相乗効果をおこしたな」


その後使用人さんが用意したらしい、バタートーストとベーコンエッグをもらった。

さすがはプロというべきか、とてもおいしかった。


「今日は、いつも帰るのと同じくらいの時間に帰るつもりだ」


「え?」


唯が呆けたような声を出す。


「いや、え?じゃなくて。今日の夜帰るから」


「今日、帰るの?」


「帰るぞ。さすがに連泊する気はない…もしかしてお前連泊させる気だったのか?」


「だって私、ラインに何日って書いてない」


そういえば確かに、ラインには泊まってということだけでその期間を示す言葉はなかった。


「いや、さすがにそれは」


「何か不都合でも?」


「親が心配する」


「貴方が親を心配?何の冗談?」


やばい、適当な嘘はすぐ見破られる。


「課題?持ってきてるんでしょ?ここでやればいいじゃない」


唯は一般的な友達がする行動というものに憧れを抱いている。

だから、その手の考えられるケースに対応できるような準備をしてきている。

その一つが課題だ。

まだ手を付けれていないが、唯が一緒にやりたがる可能性を考慮して持ってきていたのが仇となった。


「とりあえず、絶対に外せない帰省の日まではここに泊まって」


「いや、だが実際親が心配して何等かのアクションを起こして来たら面倒だぞ」


そう、俺の親は至極普通だ。

普通に働き、普通に生活し、普通に子供を愛している。

さすがに息子が毎日帰ってこなければ、心配して何らかの行動に移すだろう


「なら、とりあえず帰省までここに泊まることを電話で知らせましょう」


「決定事項なのか」


「嫌なの?」


「嫌じゃない。嫌じゃないから困るんだよ。それにお前と二人だと俺はどこまでもダメになる気がする」


「奇遇ね、まったく同感よ。でもいいじゃない。ここにそれをとがめる人間はいないのだから」


「そうなんだよなー」


「とりあえず、電話して」


「はいはい」


スマホで母さんに電話をかける。


プルルルプルルル


『凪、おはよう。早瀬さんに迷惑かけてない?今日は何時に帰ってくるの?』


『それが、今日も泊まることになった』


『え?いや、いくら何でもそれは』


「凪、変わって」


「お、おお」


『お電話変わりました。早瀬です。凪は帰省前日まで責任をもってお預かりしますのでご安心ください。では』


それだけ言って唯は強引に電話を切った。


「ちょっと強引だったけど、いいよね?」


「まぁ、別に問題ないだろ。多少俺が親に詰められるかもしれないけど」


「家にいずらくなったら、いくらでも避難場所にしていいわよ」


「っていうか、俺着替え2日分しかないんだけど」


「ああ、適当に凪の服とか下着とかは用意してるから大丈夫よ」


「今更何も言わん」


「まぁ今日は課題をしましょう。さっさと終わらせて遊びたいし。わからないところがあったらいつでも聞いて。何なら手伝いましょうか?貴方の筆跡なら真似れるし」


「遠慮しておく。俺はお前と違ってちゃんと課題をやらないとテストがひどいことになるのでな」


「そう」


そうしてその日は二人で課題に励んだ。

課題というのはつまらないものだが、誰かと一緒にやるとそれも幾分かましになった。

それから俺は帰省前日まで唯とぜいたくで退廃的で、幸せな時間を過ごした。

二人で寝たいだけ寝て、やりたいゲームをして、一緒に本を読んでその感想を言い合う。

唯相手だとただの雑談も楽しくてしょうがない。

そうして、気づけば帰省前日になっていた。


「凪、帰省って何日間なんだっけ?」


「3日間だな。明日明後日明々後日祖父母に家に泊まって、4日後にこっちに帰ってくる」


「何時?」


「そこまではわからん」


「帰ってきたら、うちに来て」


「わかった」


「それと、ラインは頻繁にするから。それと最低でも1日1時間は電話する」


「わかった」


唯の宣言に同意する。

どうせ帰省といっても、適当に親戚に挨拶してあとは部屋にこもってスマホ弄るか本を読むかの二択だ。

それなら唯とラインしたり電話をする方が圧倒的に楽しい。


「今日は何時に帰る?」


「明日があるから、19時には帰る。夕食だけもらってから帰るつもりだ」


「了解。あの…」


唯が珍しく口ごもる。


「どうかしたか?」


「ソファに座って」


突然の要求、別に大したことじゃないので素直に従う。


「座ったぞ」


唯が無言で俺の正面に移動して…


「え?」


俺に抱き着いてきた。

いわゆるハグの状態。


「このまま、動かないで」


いつになく弱弱しい声が聞こえる。


「ああ、お前がいいというまでこのままだ」


俺は唯の背に手をまわして、抱きしめ返す。


「私、凪といるととっても楽しい」


「俺もだ。お前と一緒にいると、すごく楽しい」


「だから、その時間が終わるのは寂しい。でもこんな感情は初めてで、知識として理解はしていてもこの寂しさを埋める方法を、私は知らない。だから、似た状況の物語をまねした」


「よくあるよな。寂しがりやのヒロインが主人公とのハグで寂しさを紛らわすの。まぁ俺は主人公なんて柄じゃないし、お前も寂しがりやってわけじゃないけど」


「でも、実際効果あるみたい。こうしてたらなんだかポカポカして寂しいって感情が薄れていく」


「そうか」


俺は抱きしめる力を少しだけ強める。


「またして欲しかったらいつでも言え」


「わかった」


唯が俺を抱きしめる力も少しだけ強くなった。

お互いの体温が気持ちよくて、あまりに心地よくて、幸福感があふれて、離したくないと思ってしまう。

結局、ハグをやめたのは19時を過ぎたころだった。


「あー、もうこんな時間か」


「ごめん、時間忘れてた。急いで夕飯用意させる、帰るの8時になっちゃうかも」


「まぁ問題ない」


そうして二人でゆっくりと夕食を食べた。


「それじゃあ唯。数日間、お世話になりました」


「楽しかった。帰省から帰ってきたら、また泊まりに来て」


「わかった」


「それと、変えてきたらいの一番にうちに来てね」


「わかったって」


「それと、ラインと電話。無視したら怒るから」


「了解」


「それと、最後に」


唯が両手を広げる。

期待するような目で俺を見る。

ああ、その目は卑怯だ。

内心そうぼやきながら、再びハグをする。

もともと、早瀬唯は美少女だ。

だけどハグを期待する早瀬唯は普段とは比較にならないかわいさがあった。

でも、あまり長引かせるわけにもいかない、というか帰りたくなくなってしまうのでそろそろ切り上げないといけない。

結局30秒ほどでハグは終わった。

その後まっすぐ帰宅した。

両親には泊まっていた間のことに関して質問攻めにあったが、適当にはぐらかした。

そして、さっさと帰省の用意を済ませてその日は寝たのだった。





早瀬唯視点

いつからだろう。

寂しさを感じ始めたのは。

原因は一目瞭然。

凪だ。

夜川凪だ。

今の私は凪がいないと寂しさを覚えるようになってしまった。

親にどれだけ放置されても寂しさなんて感じたことなかったのに。

凪と一緒にいる時間が楽しくて楽しくて、一緒にいられない時間、寂しさを感じるようになった。

凪がいないと、ゲームも本もアニメもつまらない。

この数日間は夢のような毎日だった。

凪とずっと一緒で、膝枕なんてしてもらったり、ご飯を食べさせあったりまるで恋人のようなことをした。

本当はわかってる、これは友達とすることじゃないって。

友達にあこがれる気持ちとは別のものだって。

わかってる。

それでも、凪は受け入れてくれた。

たった一ヶ月の付き合いだけど、この一ヶ月は私の人生で最も輝いている一ヶ月だ。

だから、だからだからだから。


「夜川凪さん、貴方への友情は恋情に変わってしまいました」


誰もいない部屋で一人そうこぼす。

これから3日、凪と会えない。

たった3日。

今までなら気づけば過ぎてしまうような短い時間。

でも、きっとこの3日間は人生で最も長い3日になる。

私はそう確信した。


「早く帰ってきて、凪」


早瀬唯は、自身の恋心を自覚した。





翌日

夜川凪視点


「凪、大丈夫か?」


「あ、ああ。大丈夫。ぼーっとしていただけ」


今は祖父母の家に向かう車の中だ。


「凪、昨日からなんか上の空だけど。本当に大丈夫?」


「ああ。最高に楽しかったけどさすがに数日間も友達の家に泊まったから、ちょっと疲れただけ。さすがにどれだけ気を許せる友達でも、異性だからな気を使うところはあったんだよ」


「まぁ、それはそうよね。凪ももう高校生だし大丈夫だと思うけどさすがに連泊は事前に言ってほしかったわ」


「俺も一泊のつもりだったんだよ。最初は、まぁいろいろあってな」


「でもよかったよ。凪に友達ができて、心配してたんだ。今まで友達を紹介されたことなかったから」


「あ、そうそう凪。前貰った手土産、なんかとっても綺麗なグラスとお菓子だったわ、お礼言っといてね。本人に言われちゃったから物品によるお礼はできないけど」


「どうせ無理だから気にしなくていい」


「どうせ無理って?」


「あいつの家、超金持ちなんだ。多分そのグラスめっちゃいい奴だよ。釣り合う品とか、うちじゃ送れないから気にするだけ無駄」


「そ、そうなの」


「まぁ金に困ったら売ればいい」


「嫌々、凪のお友達からのもらいものを売るわけには…」


「いや、本人が言ってた。私があげたものは好きにしていいって」


「まぁ今のところ家計は問題ないし、何かあったらそうさせてもらいましょう」


「そ、そうだな」


両親との会話が終わり、窓の外を見る。

今までみたいにスマホを弄っても、ラノベを読んでもなんだか集中しきれない。


ピコン


スマホの通知だ。

開けば唯からのメッセージだった。


《今、何してる?》


《車の中だ》


《なら、ちょっと話そ》


《いいぞ》


《3日後、凪が帰ってくる日に近くで夏祭りがあるらしいんだけど、一緒にいかない?》


《夏祭り?》


《そう。夕方からだから涼しいし、近いからいいかなって》


《唯が外に出ることを提案するのは珍しいな》


《行ったことないから、行ってみたい》


《確かに一緒に祭りに行くとか、友達っぽいよな》


《ん》


《わかった。いいぞ》


《ちなみに、面倒だから浴衣とかは着ない。ラノベみたいな展開を期待しないこと》


《いや、いいと思うぞ。正直今の時代浴衣着るやつなんて少数派だろうし》


にしても、夏祭りか。

小さい頃両親と行ったっきりだな。


《そういえば、前凪が進めてくれたアニメ、二期決定したって》


《え?マジ?》


《マジマジ、大マジ》


そうして、ラインはいつもの雑談に移り変わっていく。

唯のおかげで、暇な車移動も楽しいものとなった。


「ふう、到着っと」


「お疲れ様」


祖父母の家に着いた。

既に親戚連中は到着しているらしい。

挨拶周り、面倒だな。

そう思いながらも、適当に取り繕って挨拶をする。

一通り挨拶が終わった。


「そんじゃ、部屋いるから夕飯になったら呼んで」


「わかった」


俺はさっさと部屋に戻ろうとする。


「おい、凪。一緒に遊ぼ」


「壮太か」


こいつは夜川壮太(そうた)

俺の従兄弟で、確か今少6とかだったか。

毎回、遊ぼうと強請られるので適当に相手をしている。


「いいぞ」


「それじゃあ、ボールしよ。ボール」


「わかったわかった」


正直面倒だが、さすがに適当に扱いすぎると余計面倒になる。

親戚では未成年は俺と壮太、まだ3歳の壮太の妹くらいしかいない。

必然的に、壮太の遊び相手は俺となるわけだ。


「それじゃあ、サッカーね」


「はいはい」


正直、俺の身体能力は平均以下だ。

大して壮太は同年代でも高い方。

色々なスポーツ系の習い事を平行してやっているらしい。

全く元気なことだ。

さすがに筋力は俺の方が上だが、体力では壮太の方が上だ。

だから、壮太の相手は疲れて面倒なのだ。

それに年下というだけで気を遣わなければならない。

相手が唯なら気遣いなんて、不要なんだがな。

そんなことを言いながら壮太のサッカーに付き合う。

最初こそ、張り合えていたが徐々に体力がなくなって負けこす。

というか最後の方は面倒なので6割くらいの力でやってる。

それでも壮太は楽しそうだ。

というか、スマホの通知がやばい。

さっきからずっと鳴ってる。

だがさすがに今は無理だ。

結局、壮太に振り回されて4時間ほど遊んだ。

結局そのまま夕食になってしまって、落ち着いたのは壮太が寝た10時だった。

大人が酒をのんで騒いでる間にこっそり部屋に移動してきた俺は、ひとり布団を敷いてラインを開いた。

内容を要約すると、電話出ろだった。

遊びの方に意識が向いていて気づかなかったが電話がかかってきていたらしい。

すぐに電話を掛ける。

1コールも終わらない間に唯が出る。


『おっそい』


『ごめんごめん、従兄弟の相手してて』


『私と従兄弟どっちが大事なの?』


『そりゃ、唯だ。って、なんだその私と仕事どっちが大事なの?みたいな』


『一回やってみたかったの。でも即答してくれるとは思わなかった。それに免じて許す』


『ありがと』


『それじゃあ、今日話せなかった分たくさん話そう』


『ああ』


楽しい、楽しくて仕方がない。

壮太に付き合わされてくたくたなのに、唯と話しているとそれが嘘のように元気になる。

ここ数日、風呂とトイレ以外をずっと一緒に過ごしていた唯と今日はほとんど話さなかった。

メッセージも結局全然出来なかったな。


『もうこんな時間っ。そろそろ眠いから切るね』


『ああ、おやすみ』


『おやすみ』


電話が切れた。

その瞬間、どうしようもない虚無感が襲い掛かってくる。

今日は忙しかったから薄れていたけど、その虚無感は昨日唯と別れた時からあった。

唯と過ごす時間が楽しければ楽しいほど、唯がいない時間が寂しく、そしてつまらないものになる。

この感情は、もう友情と言い切れるレベルを超えてしまっている。

友情から別のものに変化してしまった。

あと2日、俺は唯のいない時間に耐え切れるだろうか。

この、かつてない孤独感に。


「先が思いやられるな…」


たった一ヶ月、俺と唯はまだ友達になってたった一ヶ月の関係だ。

なのに、俺はすでに唯に依存しかけている。

唯との関係なんて金で繋がったものだったはずなのに、いつの間にかそんなものがどうでもよくなってただ唯と一緒にいたいとそう思うようになってしまった。

ああ、ダメだ。

俺は早瀬唯に恋をしている。





早瀬唯視点

時は遡り、朝。

普段よりも随分と遅い時間に起きた私は朝の支度をして、凪にラインを送る。

今日から三日、凪と会えない。

昨日の夜、私は凪への恋心を自覚した。

初恋は叶わない、なんて話がある。

私は恋愛小説も人並み以上に嗜む。

それでも今までは恋愛というものを本当の意味で理解できてはいなかったのだと、今ならわかる。

物語のヒロインが失敗するとわかって、主人公に告白する。

そんなシーンを今までの私は理解できなかった。

でも、今は違う。

この想いは、他の感情なんかとは比べ物にならないほど大きい。

激情ともいうべきものだ。

この感情を無視しろなんてのは無理。

たとえ99%失敗するとわかっていても、残り1%の望みを夢見てしまう。

好きな人になら何をされたっていいって本気で思ってしまう。

この気持ちが覚めるなんて思えない。

人の心は移り変わるもの、そうわかっているけどこの心は変わってほしくない。

日に日に、凪への思いは強くなっている。

一人に慣れすぎた私に、あまりに気があって好みも一緒で性格も似ていて、一緒にいて幸せな気持ちになる凪は劇薬ともいうべきものだった。

今の私は間違いなく、冷静じゃない。

凪への感情を自覚して、その感情をきちんと自分の中で制御できていない。

ラインの返信一つで一喜一憂している。

移動中の凪と連絡をとっていたら、突然返信が来なくなった。

きっと到着して挨拶回りでもしているんだろうと予測しながらも、少しでも凪と話したくて頻繁に連絡してしまう。

結局、凪と連絡が取れたのは夜の10時だった。


「私、凪のこと好きすぎでしょ」


それまでにした連絡の量に思わずあきれてしまった。

そしていざ凪から電話がかかってきたら、幸せで幸せでしょうがなくて、油断したら今にも好きだと言ってしまいそうで、幸せな時間を自分で終わらせてしまった。

私が告白したら、凪は受け入れてくれるだろうか?

私は自分はかなりの優良物件だと思う。

顔も結構良いし、お金もある、凪のためならなんだってしてあげる。

合理的な凪のことだし、私と付き合うメリットはすぐ理解してくれるはず。

意外と成功する確率は高いんじゃないだろうか。

物語のヒロインなら、告白に失敗したら今までの関係が変わってしまうことを恐れて告白をためらうのかもしれない。

でも、そもそも私と凪はお金で繋がった関係だ。

私との友達関係は、凪にとってお金というわかりやすいメリットがある。

合理的な凪としては、たとえ多少気まずくなったとしてもそうそう手放さないだろう。

というか、もう逃がさない。

早瀬唯、この私が人生で初めて自分から欲したもの。

世界で一番愛したもの。

それを逃がすわけもない。

たとえ告白して断られたとしても、なんとしてでも凪を篭絡して私と結ばれてもらう。

私には、圧倒的な才能とお金がある。

私以外の女が凪にちょっかいをかけるなら、排除する。


「私は凪をなんとしても手に入れる」


そのためならば手段を選ばない。

私はそう決めた。


「だけど、一つ問題がある」


凪は私とお金で結ばれた関係を解除して、改めて友達になりたいと言っていた。

でも凪は友情なんて、お金に劣るものであると理解している。

なのに、なぜそれを望んだのか?

まず友達になりたいと言っている時点で、私との関係が切れることは望んでいない。

ならば、お金に劣ると理解してそれでも友情が欲しくなった?


「うーん。しっくりこないわね」


別に今、私達の間に友情がないわけじゃない。

ただ私と凪との友情はちょっとだけ特殊で、そして友情だけでなくお金でも繋がっているという状態。

友情が欲しくなる、というのはおかしい。

凪は私との友情をすでに持っている。

なら、考えられるのは…


「私との、対等な関係。うん、これが一番しっくりくる」


お金が発生している以上、どうしても立場としては私の方が上になってしまう。

もちろん私は凪のことを下だなんて思っていないし、対等な立場だと思ってる。

でも、物事を客観的に見る凪からすれば実際そう感じてはいなくてもはたから見た上下関係は気になるものなのかもしれない。


「なら、告白するならこのお金で繋がった関係は解消しないと、か」


凪は私が金なんて使わないでも友情を信じれるときがきたら、友達になってくれと言っていた。

正直、今の私はお金という鎖がなくても凪のことを信じれる。

正確には、たとえ友情が消えたなら別の鎖をつなげばいいと考えられるようになった。

だから、お金で繋がったこの関係を解消することはできる。

でも、告白失敗した場合の凪との関係の保険としてお金で繋がったこの関係は非常に有用だ。

手放してしまうのは惜しい。

けど、恋人は対等な関係だ。

恋人になってもお金で繋がっていると、ラノベとかでよくあるレンタル彼氏とかと同じで逆にお金が切れたら関係が切れてしまうような気がする。

なら、告白する前にこの関係は解消すべき。


「よし、今やるべきことは告白のシチュエーションを考えることと、振られたときのセカンドプラン、サードプランを考えること。それと、もし凪が他の女、いや他の人間と私以上に親密になりそうなときに排除するための用意もしとかないと」


やることは決まった。

あとは実行するだけ。

幸い、告白のシチュエーションについては種をまいている。

夏祭りを一緒に行く提案。

恋を自覚した私が一番最初に打った手だ。

ラノベやアニメとかで夏祭り、花火を眺めるなか告白して花火の音で告白の声が聞こえないとか、花火が咲いた瞬間キスするとか鉄板だ。

そうじゃなくても、非日常なデートを味わえる。


「でも外で告白っていうのはちょっと嫌だ」


外だと誰かに邪魔される可能性があるし、不確定要素を排除しきれない。

やるなら、夏祭り終わりに私の家で誘導してそこでだ。


「ふぅ」


一旦思考が落ち着いた。

今後の方針も決まった。

ただ現状無視できない、目下最大の問題が一つある。


「寂しい、凪に会いたい」


恋心を自覚した私は、凪への愛があふれている。

凪がいない残り二日、私は耐えられるだろうか?

私は結局寝る直前まで凪のことを考えて、眠りについたのだった。





夜川凪視点

帰省二日目、俺は朝食をとって部屋にこもっていた。

外に出れば壮太の相手をさせられるからな。

部屋で唯に連絡する。

何気に、自分から唯に連絡をするのは初めてかもしれない。


《唯、今電話できるか?》


《もちろん》


返事が速攻で帰ってきたので俺はすぐに唯に電話をかける。

1コールで繋がった。


『もしもし』


『おはよう、凪』


『おはよう朝早くから悪いな』


『全然大丈夫。気にしないで、凪との電話ならいつでも大歓迎』


『その、少し声が聴きたくてな』


『ふふ、恋人みたい』


『正直、自分でもそう思う』


『でも、うれしい。私も凪の声聴きたかった』


『昨日は何したんだ?』


『いつも通り、適当にアニメ見たり本読んだりしてただけ。でも』


『でも?』


『凪と一緒じゃないと、なんか落ち着かなくて』


『唯もか』


『もしかして、凪も?』


どうやら、一緒にいないと落ち着かないのは俺だけじゃなかったらしい。


『私達、すっかりお互いがいないとダメになっちゃった』


『そうだな、唯。会いたい』


『私も、凪に会いたい』


まるで、恋人のようなやり取りを繰り広げる。

俺の願望も含まれているのかもしれないが、それ抜きで唯は俺に特別な感情を向けてくれているように感じる。

だけど、たとえそうだとしても人の心は移り変わるものだ。

この世界に絶対なんて、ありえない。

今、俺は唯以外の人間を好きになるなんてありえない。

と思っている。

しかし、自分がそうだからといって相手もそうである保証はどこにもない。

前考えた時と同じ。

世界にはもっと、俺なんかよりずっと優秀な人間がいてそういう人物こそ唯と交友して、あるいは結ばれるにふさわしい。

そうわかっていても、自分にどれだけ言い聞かせてもこの恋心は消えてくれない。

唯と話していると、言いたくてしょうがない。

貴女が好きですって。

たとえ99%ありえなくても、1%にかけてみたくなる。

俺は自分のことを合理的な人間だと思っていた。

どんな時でもある程度冷静に状況を分析し、合理的な判断を下せる人間であると自負していた。

でも、そうじゃなかった。

たった1%。

99%で傷つく賭け、普通なら絶対にやらない賭けに挑んでみたくなっている。

唯との関係なんてたった1ヶ月。

告白するなんて、時期尚早だ。

だけど、この関係がいつ終わるかなんてわからない。

ある日突然、唯が友達に飽きて気まぐれに解消されるかもしれない。

そうすれば、またクラスの天才少女とそれを眺めるだけの陰キャ男に戻ってしまう。

恋心を自覚した俺はそれを望まない。

いつ何が起こるのか、絶対安心などありえない世界ならば未来のことは未来で後悔しない程度に最低限して、今をできるだけ楽しく生きる。

それが俺のポリシーだ。

だから、後悔しない選択をしよう。

努力も友情も信じない俺だけど、俺の恋心は本物だ。

友情なんてお金で簡単に切れるものだ。

だから俺は唯と金でも切れない関係になりたい。


「唯、俺昨日さ」


でも、きっとそれは今じゃない。

この感情を伝えるのは、電話ごしなんかじゃだめだ。

唯の綺麗な目を見て、直接伝えたい。

だから今はまだ友達だ。

俺と唯は友達として、楽しい時間を過ごしたのだった。

結局、その日は夕食の時間まで電話で話した。

夕飯終わりも話した。

寝る前も話した。

一日中話しているのに、唯と話すのは飽きない。

それどころか、もっと話したくて仕方がない。

結局、唯との電話を切ったのは深夜だった。






翌日


「凪、今日は墓参りに行くぞ」


「わかった」


うちの家の墓は祖父母の家からそこそこ遠い。

そして、その間車内で俺は壮太の相手をしなければならない。

面倒だ、非常に面倒だが親の目がある中で邪見に扱うわけにもいかない。

壮太の話を適当に聞き流す。

ああ、本当につまらない。

唯の話なら、何時間聞いても飽きないのに。

俺も末期だな。

結局その日は墓参りから帰ってきた後も、壮太に付き合わされた。

壮太は最終日だからと、ダダをこねて夜まで付き合う羽目になった。

おかげで唯と全然連絡できなかった。

電話しようと思ったのだが、疲れてできなかった。

俺はそのまま眠りについたのだった。





早瀬唯視点

凪が帰省して3日目、凪から連絡がない。

朝今日は忙しくなるかもという連絡は受けていたけれど、まさかここまで連絡がないなんて。

凪のことが気になって、アニメも本も手につかない。

やばい、ただでさえ寂しさで死にそうなのに連絡すらなくなると本当につらい。

どうしても悪い想像ばかりしてしまう。

結局その日はなにも手につかなかった。

そして凪からの連絡もなかった。

たった1日連絡がないだけで、私の精神はかつてないほどに荒れ狂っていた。

ああ、寂しい。

寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい。凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に会いたい凪に、会いたい。

本当に、たった一ヶ月で私は凪に随分と変えられてしまった。

その責任はとってもらわないと。

私は半ばやけになってふて寝した。



翌日

夜川凪視点

ようやく今日、帰れる。

幸い、両親も俺が祖父母の家があまり好きではないことを察してくれているので朝一番に出発することになった。


「凪兄ちゃん、もっと遊ぼうよ」


「また機会があったなら」


壮太が嫌だ嫌だと駄々をこねるが、壮太の両親が抑えてくれた。

俺はコミュニケーション能力が低いため、自分と性格や考え方が全く違う人間と関わるのは苦手なのだ。

唯は奇跡的に俺と性格や考え方が近いから関わっていて楽しいが、あれは例外中の例外だ。

正直、俺は小さい頃から一人が好きだったから、壮太の気持ちを理解できない。

そうして、俺は車に乗って家に向かうのだった。


《今、帰りの車だ。ただ渋滞のせいで帰るのにはまだかかりそうだ》


《了解、待ってる》


「ああそうそう。帰ったら荷物だけおいてまた出るよ。早瀬と夏祭りに行く約束をしてるんだ」


「えー、デート?」


「違う。あくまで友達だから」


今は、まだ。


「高校生の男女が一緒にお祭りに行くのは世間一般ではデートっていうのよ。全く、相変わらず変なところで常識がないんだから」


「まぁ、仲がよさそうでなりよりじゃないか。楽しんで来い。また泊まってきてもいいぞ。連絡だけしてくれ」


父さんが言葉に含みを持たせている。

これは、俺の気持ちに気づいているな。

全く、これだから父さんは読めない。

母さんはただ単純にからかっているだけだが父さんの方はかなり正確に俺たちの関係を見抜いているようだ。

さすがに金が動いていることまでは知らないだろうが、普通の友人関係でないことくらいは察しているだろう。

全く、子は中々親に勝てないものだ。


「ああ、わかった。ありがとう」


こういう気遣いは尊敬すべきだな。

そうして、多少渋滞にハマったものの大方当初予定通りに家に到着した。

家に到着して俺はすぐさま荷物を降ろして、最低限の準備だけをして再び家を出る。

行先はもちろん、唯の家だ。

マンションの下、オートロックの手前に唯がいた。

唯はこちらに気づいて、急に走り出した。

そして…


「おかえり、凪」


俺に勢いよく抱き着いてきた。


「ああ、ただいま」


俺も唯を抱きしめ返す。


「会いたかった」


「俺もだ」


「凪、お昼は食べた?」


「いや、まだだな」


「それじゃあ、もうお祭り始まってるみたいだし屋台で一緒に食べよ」


「いいな。そうしよう」


お祭りをやっている川沿いに歩いた。

つまらなかった数日間が嘘のようにただ一緒に歩くだけで、幸せな気持ちになる。

お昼として、屋台で焼きそばとタコ焼きを買った。

俺も唯も小食なので問題ない。


「凪、タコ焼き半分こしよ」


「わかった。なら焼きそばも半分こだ」


「ふぅふぅ、じゃあ凪、あーん」


唯がタコ焼きを差し出してくる。

またもやラブコメの王道展開。


「あーん」


といっても、俺も唯もすでにハグやら膝枕やらをやってるのだ。

あーんくらいで恥ずかしがることはない。

正直、唯の家に泊まっているときにすでに間接キスくらいは済ませている。

今更気にすることでもない。

俺は差し出されたタコ焼きを食べた。

俺が猫舌なのを知って、しっかりとほどよく冷まされている。


「焼きそばで食べさせるの、難しくないか?」


「ファイト」


「それじゃあ唯、あーん」


俺はお返しに、焼きそばを唯に食べさせる。


「ん、今まで食べたどんな料理より美味しい」


可愛すぎるな。

もともと美少女の唯のキラキラした笑顔はあまりにまぶしくて、可愛すぎた。

昼食を済ませた俺と唯は一緒に入れなかった時間を少しでも埋めようと祭りを回った。

生き物は飼うの面倒という二人の合意のもと、金魚すくいではなくスーパーボールすくいをやったり、唯が人生初の射的で無双したり、綿あめやりんご飴など食べ物を買ってはお互いに食べさせあったりした。

祭りなんて、人が多くて面倒だからここ数年は行かなかったが唯と一緒だととても楽しい。


「凪、もうすぐ花火だって。いこ」


「ああ」


俺たちは人が少ないところに移動する。

二人とも人込みが苦手なので、人が少ないところは事前にリサーチしておいたのだ。

ちょうどいいベンチがあったので、二人で座る。


「凪、花火終わったら、家に帰らずにうちに来てくれない?」


「もちろんいいぞ」


俺としては、こちらから全く同じ提案をしようとしていたくらいなので渡りに船だった。


ピューーーパンッ


晴れた夜空に満天の花火が打ちあがる。


「綺麗」


「君の方が綺麗、とか言った方がいいか?」


「似合わないよ。凪には」


「そうだな。唯と花火を比べるのは烏滸がましいな」


「ふふん。わかってるじゃん」


そうな軽口をたたきあいながら、俺と唯は花火を眺める。

そうして約30分後、花火が終わった。


「帰ろっか」


「ああ、そうだな」


二人で帰り道を並んで歩き出す。

すると唯が、俺の右手に左手を絡めてきた。

俺は唯の意図を察して、手を絡める。

手を繋ぐ、そういえば鉄板なのにやってなかったな。

手を繋いで無言で歩く。

傍から見たらカップルに見えるだろう。

まぁさすがに見た目につり合いが取れていないが。

そんなこんなで無事唯のマンションに到着して、404号室に招待される。

部屋の中に入って、リビングのソファに座る。

俺たちがここまで無言というのは珍しい。

だけど、嫌な感じはしない。

きっと互いに、今から起こることを薄々感じ取っているのだろう。


「凪」


唯が声を上げた。

唯がソファの近くの机に置いていたファイルから一枚の紙を取り出す。

それは、俺たちの関係を保証する契約書だった。


「凪、私はこの関係をやめたい」


いつになく真剣な目で唯は言った。

一瞬最悪の想像が過るが、いったんその不安を胸の内に押し込む。


「それはつまり、俺たちの金で繋がった友情を終わらせる。ということでいいのか?」


「うん」


少し、ほんの少しだけ沈黙が走る。


「わかった」


俺は契約書をとって、それを二つに破った。


「これで、契約解消だ。お前が、俺に金銭を払う義務は失った」


「それと同時に、君が私の友達でいる義務も失った」


互いにこの契約解消が何を意味するのかを確認する。


「この契約解消を踏まえて、まずは一つ謝罪する。ごめん、約束は守れない。凪が望むのなら、針千本だって飲む」


約束、それは間違いなく俺と唯の間でゆびきりを交わした約束だろう。

唯がお金を介さず俺との友情を信じれたとき、俺との関係を解消し友達になるという約束。

唯の言葉にまた最悪の想像が過る。


「いやいい。俺だってその約束は守れないからな。お互い様だ」


俺は自嘲するように薄く笑う。


「唯。俺はもう、お前に友情を向けることはできない。なぜなら俺の友情は別のものに変異してしまった」


「奇遇だね。私も」


思い出すのは、約束をする少し前の話。

友情と恋情の違いについて話した二人の結論。

本当はストレートに言うつもりだったが、どうやら俺にはまだその勇気はないらしい。

だから、俺は力を借りる。

俺と唯を繋ぐ一番最初のきっかけになった本に。

ジャンルは全く違うけれど、読書家な俺たちならきっとこれの方が俺たちらしい。


「唯、今日は月が綺麗だな」


俺は窓の外を見ながらいう。

そこには、大きな満月があった。

唯の目にうっすらと涙が浮かぶ。


「ええ、そうね。貴方と一緒なら死んでもいいわ」


俺たちなり告白と返事。

きっと本当はこれで十分だけど、もうこれ以上気持ちを抑えるのは無理だ。


「唯好きだ。俺と付き合ってください」


「はい、喜んで。もう逃がさないから」


俺と唯はゆっくりと互いの背中に腕を回して抱きしめあう。

そうして、唇にやわらかい感触が伝わってくる。

俺達はしばらく、互いの唇の感触を伝えあうのだった。

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