性欲と愛と悲しさと
好きとか愛しているとか、そんな重たい言葉の前に、寄り添われるだけで満たされる夜があった。
一度知ってしまった安心感は、思ったよりも甘くて、同時にえげつないほど後を引く。
誰かの腕の中で眠れるという事実は、私の自尊心をほんの少しだけ柔らかくしてくれる。
「私はまだ大丈夫だ」とか、「必要とされているんじゃないか」とか、そういう勘違いを簡単に生んでくれる。
分かっているのに、やめられない。
その気になれば、寂しい夜を埋めてくれる相手はいる。
名前も性格も深く知らないまま、体温だけで互いをごまかし合う関係。
そこに愛がないことぐらい、最初から知っている。
でも人は、知っているからといって止まれるわけじゃない。
「たくさんの人と関わって得るものもある」なんて、都合のいい言い訳を口の中で転がしながら、私はまた誰かの部屋に向かう。
そんな自分を嫌いになりきれないのが、一番情けない。
優しさだと思っていたものは、相手を傷つけないためじゃなくて、自分が嫌われないための保険だった。
求められる私は、自信を少し取り戻す。
抱きしめられる私は、誰かにとって意味のある存在に見える。
だけど、そこに愛はない。
あるはずがない。
そして気づく。
私は、満たされたいんじゃなくて、確認したいだけなんだ。
まだ誰かに触れてもらえる価値があると思いたいだけなんだ。
そんなことを知ってしまった夜ほど、静かで苦しいものはない。
明かりを消した部屋で、私だけが目を開けている。
横で寝息を立てる相手は、明日にはもう私のことを曖昧にしか思い出さないだろう。
それでいいはずなのに、胸の奥がひどく痛む。
抜け出さなきゃいけないと分かっている。
こんなところに本当の愛が落ちているわけがないことも、とうの昔に理解している。
だけど、私の足は動かない。
だって、誰かに触れられない夜の私は、とても脆くて、とても孤独で、とても自信がない。
誰かの腕に逃げ込むことで、辛うじて自分を保っている。
こうして今日もまた、私は新しい夜を迎える。
抜け出したい。
でも、手放したくない。
そんな矛盾を抱えたまま、私はまだ愛を探していないふりをして、誰かの体温に逃げ込んでしまう。




