第九話 最も地味で最も確かな結婚
リリアーナとアルクの結婚式は、社交界の予想通り、史上最も地味な公爵令嬢の結婚式となった。
• ウエディングドレス:デザインは『規定に基づき、最も白く、最もシンプルなAライン』。装飾は最小限。
• 招待客:『必須とされる身分のみ』に限定。総勢25名。
• 式次第:『最短で完了できる式典進行』を採用。宣誓、指輪交換、署名の3ステップのみ。
披露宴は行わず、二人は公爵家別邸の書斎でささやかな祝杯を挙げた。
リリアーナは丸メガネを外して目をこするアルクに静かに話しかける。
「アルク。あなたとの結婚は本当に完璧ですわ。熱狂も、嫉妬も、過剰な期待も、何もございません。ただ静かなる安定だけ」
「ひゃい。わたくしも『終身伴侶業務』は、わたくしの人生における最も重要かつ安定した業務であると認識しております」
アルクはそう言うと、小さな箱をリリアーナに差し出した。
「わたくしからの結婚祝いとしまして、『終身業務契約の証』であります」
箱の中には豪華な宝石でも、高価な装飾品でもなかった。入っていたのは二枚の『新しい名刺』。
一枚にはこう書かれている。
『リリアーナ・フォルティア(グラディス) 公爵令嬢/終身伴侶』
そして、もう一枚には、
『アルク・グラディス フォルティア公爵家子息/終身伴侶業務担当』
リリアーナは名刺の裏に、アルクの地味で美しい文字で書かれた小さな文言を見つけた。
『婚姻は愛という不確実な感情ではなく、揺るぎない契約と信頼で成り立つ。この契約は永遠の安定を保証する』
リリアーナの心に熱いものがこみ上げる。それは恋愛の情熱ではなく、最高の事務処理がもたらす極上の安心感。
「アルク……最高の贈り物ですわ!」
リリアーナは涙を拭うことなく、アルクに優しくキスをした。それは愛の証明であり、永遠の契約の承認でもあった。
相性0%の婚約者と悪役令嬢。
二人の物語は、神の定めた運命を嘲笑うかのように、地味で、静かで、そして何よりも確実な幸せへと辿り着いた。
◇
そして翌朝。
「アルク、本日の予定は?」
「午前はリリアーナ様の『終身伴侶業務契約証書』の原本の公的認証手続きに入ります。午後は公爵家の年次報告書の誤字脱字チェックであります」
「完璧ですわ」
地味でコミュ力皆無の従者から最高の業務パートナーへ。
リリアーナ・フォルティアの安定した未来は、これからもアルクの冷静な事務処理によって、静かに守られていくのだった。




