第五話 0%の愛と永遠の職務
リリアーナとアルクの『相性0%婚約』は、社交界で大きな話題となっていた。
誰もが悪役令嬢リリアーナが、地味で冴えない文官見習いを婚約者に選んだのは、王太子への当てつけか、あるいは精神が錯乱しているためだと囁いた。
特にディオン殿下は彼らを「愚かな選択だ」と見下し、様々な嫌がらせを仕掛けてきた。
「公爵令嬢が庶民の文官見習いを連れ歩くとは、国の威信に関わる。公の場で恥をかかせてやれ」
殿下の指示で二人が出席した王城の晩餐会では、二人が座るべき席が、意図的に隅の目立たない場所に変更され、出される料理も簡素なものに差し替えられた。
リリアーナはこれまでの人生で受けたことのないような冷遇に、一瞬だけ眉をひそめていた。
(わたくしの感情を煽ろうとしていますわね。ですがアルクがいる限り大丈夫ですわ)
リリアーナの隣にはアルクがいつも丸メガネの下で、真剣に何かをメモしている。
「アルク、何か問題でも?」
「ひゃい。リリアーナ様。このテーブルの配置ですが、『王室晩餐会規定24条:公爵家の席次は中央から三番目までを保証』に違反しております」
アルクはそう淡々と言うと、懐から取り出した小さな革手帳から、さらに小さなペンを取り出し、給仕長を呼び止めた。
「給仕長殿。恐縮でありますが、こちらの席次変更に関する『変更申請書』の控えを至急ご提出いただけますでしょうか? 王室規定24条に抵触しておりますので、『特別調整に関する議事録』も併せて拝見いたします」
給仕長はまさか丸メガネの地味な青年に、王室規定の条文で問い詰められるとは思ってもいなかったのか、顔面蒼白になり、「そ、そのような書類はございません!」と、答えるのが精一杯だった。
「ひゃい。承知いたしました。規定違反かつ無申請での変更と記録させていただきます。これは後日王城文官局を通じて、殿下にも報告いたします」
アルクが静かに告げると、給仕長は恐怖で震え上がり、すぐに「こちらのミスでした!」と謝罪し、席を元の中央に近い場所に戻させた。
リリアーナは感動で胸がいっぱいになった。
「アルク……! あなたの文書と規定に基づく論破、完璧でしたわ! ディオン殿下の甘い言葉より、あなたの『規定違反』の指摘のほうが何倍も強力な武器ですわね」
「ひゃい。感情論は疲弊を招きます。規定、法、そして書式。書類が示す事実のみが最も効果的な戦闘手段であります」
そう。アルクの真の能力は地味な見た目やコミュ力皆無の奥に隠された、『生きた法律と規定のデータベース』だった。
彼は国のすべての法律、王室の規定、細かな申請書の様式に至るまで、完全に頭の中にインプットしていた。
ディオン殿下は権力と感情でリリアーナを支配しようとしたが、アルクは『秩序と規定』で、殿下の無秩序な干渉を完璧にシャットアウトした。
彼らの相性0%は恋愛においては最低だが、公爵令嬢の安定維持と対抗勢力排除という業務においては、まさしく100%の相性を発揮する。
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