第二話 婚約者業務担当の職務規定
王城の謁見の間。
「リリアーナ! 君は神が選んだ僕の運命の相手なんだぞ!?」
父の願いにより、王太子ディオン殿下との緊急会談が開かれた。殿下は神の測定盤を叩きつけるように見せつけてくる。そこには赤々と『相性100%』の文字が映っていた。
「どうだ? これが僕たちの運命だ! 君が拒むなど、もはや神への冒涜に等しいぞ!」
王子の熱い視線と、全身から発せられる100%の愛情のオーラ。ゲーム本編で見た、そのままの完璧な王太子だ。しかし私には、その熱が粘着質な炎にしか見えない。
「殿下。愛を数字で測るなんて随分と味気ないことですわね」
私の挑発に殿下のプライドが傷ついたのが見て取れる。
「ならば君が愛していると言う、その従者と測定してみろ! どれほど無意味な関係か、思い知るがいい!」
ディオン殿下の指示で謁見の間に引っ張り出されたアルクが、怯えた様子で測定盤の前に立たされる。
私は彼の隣に並ぶと測定盤に光が走る。
――結果は驚きの“0%”。
「見てみろ! 完全に不一致ではないか! 君と奴では水と油だ!」
殿下は勝ち誇ったように笑う。
「君の選択がいかに愚かで神の摂理に反しているか、これで分かっただろう!」
私は静かに微笑み、アルクの地味な灰色の袖に隠された手を取った。
「ええ、確かにそうですわ。相性は、0%。完全に不一致。ですが、だからこそ私は落ち着くのですわ」
「な、何を言っている?」
殿下が困惑を露わにする。
「100%の殿下は熱すぎますの。殿下は私の感情を最大限に刺激し、破滅へと導く。ですが0%の彼だからこそ、私の心は静まるのです。彼に恋愛感情はなく、ただの事務的な関係。その冷たさが私を正しく穏やかに保ってくれる」
「正気か……?」
「ええ、もちろんですわ」
私は前世の記憶を思い出す。
この謁見の間での拒否こそが、リリアーナが王太子の婚約破棄に逆上し、そして断罪されるクライマックスイベントの開始地点。
つまり、この場こそが私の処刑イベント。
しかし今回は違う。断罪程度、書類一枚で回避してみせます。
「この婚約、正式に破棄いたしますわ」
「何を勝手なことを!」
「セラス王国法第88条・婚約破棄申請規定に基づき、私はすでに正式な理由文書を提出済みですわ。署名も王城文官局で受理済み。つまり、もう成立していますのよ、殿下」
ディオン殿下は信じられないという表情で固まる。 まさか悪役令嬢が法に基づいて行動するとは思ってもいなかったのだろう。
その時、横にいたアルクがまるで事務報告をするかのように、小声で話し始めた。
「ひゃ、ひゃい……て、手続きは昨日のうちに終わらせておきました。リリアーナ様の指示により、“婚約破棄業務”として先行処理いたしましたので、申請書の不備はございません」
(あぁ、アルク……あなた、本当に有能すぎますわ)
殿下の顔が真っ赤に染まり、怒りと動揺に満ちる。 私は満足げな笑みを浮かべた。
「これで破滅フラグも処理完了ですわね。アルク、あなたを正式に、私の『婚約者業務担当』に任命いたしますわ」
アルクは丸メガネの奥の瞳を丸くした。
「ひゃ、ひゃい!? そ、それは新規職務でございますか?」
「ええ。期限は永遠ですわ」
悪役令嬢、リリアーナ・フォルティアの物語は、神が定めた100%の運命ではなく、地味でコミュ力皆無、相性0%の従者から、静かで完璧に整理された幸せを積み上げる未来へと書き換えられた。
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