第十六話 契約相手の出現と不協和音
あれから僕は、アメリアを『監視対象』として隔離し、裏方の業務に専念させていた。
彼女の『事務処理能力の欠如』というリスクは把握できたが、その『予測不能なノイズ』が、僕の『書類整理への情熱』を刺激し、集中力を向上させたのも事実だった。
一種の『業務上の刺激剤』として、彼女の存在を定義することにした。
本日午後のスケジュールに従い、『項目99:結婚は最適な業務パートナーとの契約』の最有力候補者が現れた。
マリアンヌ・フォン・ヴァルツ伯爵令嬢。
彼女は王都でも指折りの資産家令嬢であり、財務管理能力は、僕が認める『完璧な業務パートナー』だった。
「ルーク様、ご無沙汰しております。マリアンヌでございます。わたくしどもの伯爵領の資産と、貴家の資源管理を統合すれば『リスクヘッジ』の観点から最適解を生み出しますわ」
彼女の言葉は、僕の『業務遂行計画書』をそのまま体現しており、僕の計画に完璧に合致していた。
「マリアンヌ嬢、貴女の提案は『項目99』の遂行に最高の効率性をもたらします。契約書は本日中に――」
その時、『ノイズ』が再び僕の執務室に侵入した。
「ガッシャーン!」という音と共に、扉の向こうの廊下から、大量の食器の破片が飛び散る音が響き渡った。
アメリアが大量のティーセットを運搬中、廊下のカーペットの僅かな段差につまずき、『食器の破壊』というノイズを発生させたのだ。
「あ、あわわ……ごめんなさい! ごめんなさい! カーペットに段差があるなんて予測できませんでした!」
マリアンヌは、その光景を一瞥した瞬間、顔を硬直させた。
彼女は公爵家の*『完璧な秩序』に『予測不能な庶民のノイズ』が侵入したことを極度に嫌悪した。
そしてマリアンヌは、僕との冷静な業務提携の会話を中断し、初めて『感情的な動揺』を見せる。
「ルーク様、あのような『無秩序な人間』を公爵邸に置くとは『リスク管理』ができていませんわ。あのような孤児院上がりの女は、公爵家の『信用度を低下させるノイズ』でしかありません。直ちに解雇すべきです」
マリアンヌの言葉は、僕の『マニュアル』の定義通りの正論だった。しかし僕の心には『公爵家の信用度を低下させるノイズ』という、彼女の断定的な言葉に対し、微かな『不快感』が発生した。
僕は、すぐに『項目15』を適用しようとしたが、マリアンヌは僕よりも早く、アメリアへの『攻撃業務』を開始した。
彼女は冷静な笑みを浮かべると、食器の破片が散らばる廊下に立つ、アメリアに近づく。
「ねえ、見習いさん。あなたのせいでルーク様の貴重な業務時間が無駄になりましたわ。その罪を償うには『全ての破片を指紋一つつけずに回収すること』。それが、あなたの『ノイズ』の対価ですわね」
アメリアはその露骨な嫌がらせに怯え、震える手で破片を拾い始めた。
僕はマリアンヌの『完璧な業務遂行能力』の裏に潜む、『感情的な攻撃性』という、新たなノイズを発見した。
――マリアンヌ嬢は公爵家のリスクは低下させるが、『僕の感情的支出』を増大させる。アメリアは公爵家のリスクを増大させるが、なぜか僕の『書類整理への情熱』を刺激する。
•項目99:『最適な業務パートナー』の選択に『感情』という、最も非効率な要因が加わってしまった。




