第十話 王室からの業務提携要請
リリアーナとアルクの『マニュアルに基づく後継者の育成』が順調に進み、息子ルークが三歳になった頃、三人の静かで秩序だった生活は、王室からの緊急業務要請によって、再び波乱に見舞われた。
その日、公爵家別邸の書斎に現れたのは、国王陛下の側近である最高文官長アリスト・グレイだった。
アリストは王室の書類の山に埋もれ続けた結果、白髪が増え、目元には濃いクマを貼りつけて、見るからに疲弊しきった人物。
「フォルティア公爵夫人、そしてグラディス子息。陛下からの『特命業務』をお願いに参りました」
リリアーナは、アルクが作成した『来客対応マニュアル・様式C』に基づき、冷静に紅茶を差し出した。
「アリスト様、わたくしどもは現在『公爵家後継者の育成と領地灌漑事業の最適化』という、優先度の高い業務を遂行中でございます。陛下からの特命業務の『緊急性』と『対価』を明確にご提示くださいませ」
アリストは、その事務的な冷徹さに怯みつつも、藁にもすがる思いで告げた。
「緊急性最上級です。対価、国庫の健全性。実は……王太子殿下の無謀な浪費と公務の怠慢により、王室財政は向こう三年で債務超過に陥る、というアルク子息の旧報告書が、現実のものとなりつつあるのです!」
アリストは疲弊しきった顔で、書類の山をドン! と、机に置く。
それは王室の未処理書類と、殿下の浪費による領収書の山だった。
「陛下は『感情に流されない完璧な書類処理能力』を持つ貴方方の力を国家のために借りたい、と。どうか、『王室監査役』として、王城にお戻りいただけないでしょうか?」
リリアーナの表情が、微かに引きつる。
(王城……再びあの熱に満ちた、非効率極まりない空間に戻るですって!? それは、わたくしの精神的安定リスクを跳ね上げる、最悪の業務要請ですわ!)
リリアーナは隣に座るアルクに視線を送った。
アルクは丸メガネの奥の瞳を光らせ、王室の書類の山を静かに見つめる。
「リリアーナ様、この書類の山は驚くほどの不備と非効率であります。これは『業務改善コンサルティング』として、非常にやりがいのある案件ではございませんか?」
(あぁ、アルク。あなたの『業務愛』が、リスクを凌駕してしまいましたわね)
リリアーナは静かに頷いた。
「承知いたしました、アリスト様。ただし、この業務は『期限付きの契約』とし、わたくしどもの『終身伴侶業務規定』を最優先とさせていただきます。その報酬として、王室財務監査における全権限を要求いたしますわ」
こうして相性0%の夫婦は、国家の心臓部へと乗り込むことになった。
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