異星へ羽ばたけ、若者よ!
〈宵闇や酒を酌まんと隣り呼ぶ 涙次〉
【ⅰ】
「手に職付けなきや」が、安保卓馬の口癖になつてゐた。「詰まらない勤め人」(大學文系の卒)である自分の父親と、宙輔伯父さんとを見比べてみる。どうしたつて、東証一部上場企業の重役(會長の懐刀!)にまで昇り詰めた、「天才メカニック」である、宙輔伯父の方が魅力的だ。然も彼は天下のカンテラ一味のメンバー。宙輔伯父貴は卓馬の憧れの人だつた。カッコいゝ、とさへ思つてゐた。
「手に職」の件に戻ると、卓馬は獸醫師を目指してゐた。日本人は豊かになり、ペットは「倖せな家庭」のシンボルとなつた。そこで需要が髙まつてゐるのが、獸醫師。さう云ふ讀みが、卓馬の脳内にあつた。彼自身、動物好きでもあつたし。
【ⅱ】
宙輔伯父の知り合ひに、* 石田玉道と云ふ獸醫がゐる。何でもあの天才猫・テオさんの主治醫ださうで、伯父貴に云はせると「宇宙的」な頭脳の持ち主なのださう。その「宇宙的」、の意味するところは良く分からなかつたが、要するに切れ者なんだらう。その石田を家庭教師として招く事になつた。家庭教師はぼんくらより切れ者がいゝに決まつてゐる。石田は、何でも外國の大學に學んださうで(実際は、異星人である彼は無試験で國家試験をパスした)、日本の受験制度については詳しくなかつたが、その理系教科全般に於ける知識の冴えは、流石伯父貴の知人、と思はせるものがあつた。
* 当該シリーズ第100話(その他)參照。
【ⅲ】
「だうです先生、卓馬は?」と安保さん。「優秀な頭脳の持ち主だと思ひます。日本のこんな受験制度に馴染まない、寧ろ宇宙で働くべき頭脳ですね」-「はゝあ。『宇宙的』は奴の方だつたか」-「私、近々一旦『里帰り』するんですよ。その際、地球の前途有望な若者一人、連れて行く約束になつてをりまして」-「え゙、もしや卓馬を?」-「さうなんです。所謂『白羽の矢』を立てました」
※※※※
〈詩など云ふものゝ上手の詮無きこと分かつたやうな分からぬやうな 平手みき〉
【ⅳ】
(奴にそんな才能があるとはなあ。やはり見るべき人が見ると、違ふもんだ)だが、だうやつて石田師が宇宙人だと告白する? つて云ふか、それを卓馬が信用するだらうか。(えゝいまあ当たつて砕けろ、だ。地球的規模ぢやない才能なのだ、分かつてくれるだらう)
「卓馬、心して聞け」-「何、伯父さん。改まつて」-「石田師は異星人だ」-「え゙。何それ。さう云ふジョーク流行つてんの?」-「俺がこんなマジな顔して云ふ事が、ジョークだと思ふのか?」-「確かに、カンテラ一味の主要メンバーなんだもんね伯父さん。何でもありな譯だ。然し異星人とは」-「彼は『惡の宇宙人』ハンターなんだ」-
【ⅴ】
「あ、それカッコいゝ。そのハンターつてのゝ、弟子にしてくれるつて譯?」-「さうやも知れん。兎に角地球一、彼が氣に入つた若者つてのが、きみだ。ぶつちやけきみを、生まれ故郷の星に連れて行きたいと」-「異星の進んだ文明では、僕の宿痾(腎臓病)も治るかな?」-「果て。確かに醫学は進んでゐると聞いた」-「* 寄與美ちやん連れて行つていゝなら、石田先生に着いてくよ」-「本当か?」-「地球なんて狹い、狹い」−卓馬は既にやる氣滿々だつた。「長年SF讀んでゝ良かつた!」
* 当該シリーズ第64・86話參照。
【ⅵ】
で、石田と卓馬の「見送り式」には、カンテラ一味全員が集まつた。「ぢや、行つて來ます」-卓馬。「宇宙で粗相のないやうに・笑」-安保さん。「宇宙船は何処にあるんですか? 石田先生」-「そんな野暮(?)な物は使ひません」-と、書棚の脇のスウィッチを押すと、書棚が横にスライドし、何処かへ通ずると覺しき通路が現れた。「我が星では、主に時空の捻ぢれを利用して、恒星間航行をするのです」-一同「おゝー!」-「行つて來まーす」グラマーな寄與美を片腕に抱いた卓馬、もはやスペオペの主人公にしか見えない...
【ⅶ】
「ところで、卓馬くんのご兩親には、だう云ひ繕ふの」とテオ。「それがネックなんだよ」安保。「髙原のコテージで、誰にも邪魔されぬやう、勉強してゐるつてのだう? おカネは安保さんの負担で」-「流石テオどん! それ頂き」
さて、卓馬。どんな成長を成して帰つて來るかは、後のお樂しみ。今回は一味の休養も(ゲーマー篇で大分消耗してゐる)兼ねて、石田と卓馬のお話、拵へてみました。
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〈野分跡野獸一頭走りたる 涙次〉
ぢやまた。お仕舞ひ。