第97話 モテモテですね?
「殿下、そこまでにしてください。今日は、科挙試験が終わったばかり。桜妃も疲れていますので、用が済んだのならお引き取り願えますか?桜妃を休ませてやりたいので」
「あぁ、すまなかった。気が付かなくて。煌蔣も一緒に失礼しよう」
「……そうですね」
皇太子が席から立ちあがったとき、煌蔣も一緒に帰るよう促されたので、席を立った。もう少し、話をしたかったのだが、仕方がないだろう。私は見送りに行こうと席を立とうとすると、「煌蔣殿下は残ってください。お話しなければならないことがあります」と父に呼び止められている。私は、皇太子を見送りに門まで一緒に歩いた。
「さっきの話、考えておいてくれ」
「はい。でも、私は、まず、官吏になって……」
「わかっている。まずは、桜妃がしたいことをすればいい。その後ろ盾ならいくらでもなって……」
「殿下、それは、私が望んでいないことは知っているはずです」
門に着いたので私はにこりと笑いかけた。名残惜しそうにしていたが、「殿下?」と護衛に声を掛けられ、しぶしぶ馬車に乗り込んでいく。私は手を振って見送った。
「お嬢様」
「どうかした?」
「……さっきの話ですけど」
「殿下との婚姻はしないわ。もっとふさわしい人がいるもの。後宮で生きることは、私には難しいしね」
「……お嬢様はそうですよね」
「連珠?それは、どういう意味?」
馬車の見送りも終わり、振り向くと、連珠がうんうんとうなずいている納得顔が、私を見て驚いている。
「モテモテですね?運命だなんて皇太子殿下に言われて、気分はいいのではないですか?」
「……全然。むしろ、戸惑っているわ。お父様のところへ戻りましょうか」
連珠を伴って、私は父の書斎へ向かうと、その前に斉が待っていた。
「どうしたの?」
「太傅と二人で話をしたいからと追い出されてしまいました」
「私たちも入らない方がいいかしらね?」
「そうですね。主もちょっと深刻そうな表情をしてましたし」
「じゃあ、ちょっと東屋でおしゃべりでもしましょうか。斉殿はここにいないとだめですか?」
「芳家のお屋敷で何かあるとは思えないので行きます」
「といっても、すぐのところよ。入り口も見えるから」
連珠にお茶を用意してもらい、私と連珠、斉は座ってお茶を飲み始めた。さっきの話を聞きたそうにしている斉はニヤニヤが止まらないようだったが、ゆっくり話始めようとしたとき、煌蔣たちの話は終わったようで、書斎から出てきた。
「何のお話でしたか? 主」
外でお茶を飲みながら、煌蔣を待っていた私たちを見つけ、私たちの元へやってきた。そんな煌蔣に斉は声をかけた。煌蔣は難しい表情を私たちに隠すつもりはないようだ。それを見れば、煌蔣に父が何を言ったのか、わかる気がした。
「見てのとおりって言ったらいいのかな。桜妃との婚姻の話だったよ。兄上が、まさか、父上の許可までもらっていたとは……」
「やはり、そうだったのですね」
「桜王妃のことは、怜系の坊ちゃんや皇太子より数歩先を主が歩いているとは思っていましたけど、皇太子もなかなかの策士でしたね」
斉は他人事として面白がっていた側面はあったが、煌蔣の表情を読み取ったのか、先ほどとは様子が変わった。
「婚姻の件は、殿下が単独でできるものではありませんからね……、陛下も知っていらっしゃるのですか?」
「皇太子は次の皇帝だから、皇太子妃の選出もかなり慎重に慎重を重ねて婚姻を結ぶことになる。芳太傅の娘なら、他に誰も対抗できる令嬢はどこにもいないだろう」
私たちは重い空気を感じながら、お茶を飲んだ。水物なのに、喉を通っていかない。科挙試験が終わったばかりで、疲れているにも拘わらず、気持ちが落ち着かなかった。
「今日は、とりあえず、桜妃はゆっくり休むこと。ふれが出てから、ずっと勉強をしてきたんだ。結果が出るまでは、何も考えず、自由に過ごしなさい」
「……わかりました。殿下の呼び出しだけは、避けられないので、行ってきますね」
「あぁ、そうだった。それと、今日、次の赴任地が決まったから、近いうちに挨拶に来るよ」
そう言って、煌蔣は立ち上がり、斉を伴って自身の屋敷へ戻っていく。私は、門まで見送り、深々と頭を下げた。
……煌蔣様、とても気落ちしていたわ。殿下との婚姻について、かなり話が進んでいるのね。
私は頭を上げ、小さくなった煌蔣の背中を見送る。私にとって、この数ヶ月、見慣れた背中が遠ざかっていく様子は、そのまま、別れを意味しているようで、寂しく感じた。




