第96話 そのたまたまというのが、運命なんじゃないか?
「それは……兄上」
「見ての通りのものだ」
「返事はすぐにでなくていい」
「私は、婚姻については、何度もお断りしているはずです。父からも殿下と陛下に」
私は皇太子に訴えてみたが、机の上に置かれたものを引っ込めるつもりはないようだった。
「それは、煌蔣との将来を考えているからか?」
「えっ?」
「見ていれば、二人が同じ方向を見ているくらいわかる。ただ、煌蔣は、父に反対されていたはずだ」
何も言わない煌蔣。そのことは、以前に聞いているので知っている。私は、その前に、目前の話が飛んでいることに腹がたった。
机をバンっと叩いた。その勢いで、茶器が軽く浮いたのか、私の前に置かれていたものが溢れてしまう。慌てて連珠が拭くものを差し出してくれるが、私の心はそれどころじゃない。
……どうして、科挙を受けたのか、殿下はわかってない? そんなことはない。期待してくれているのもわかっていた。冬嵐とは別の意味で、わからない。
「どうして、殿下は私に科挙を受けさせようと思ったのですか?」
「この国に風穴をあけるなら、おもしろいと思ったから。一緒に勉強をしていて、普通の官吏たちと違う細やかな提案をできることで、腐敗の始まっている皇宮に風を通したかったから」
「なら、なぜ、私に婚姻を急がせるような仕打ちをするのですか?」
皇太子を睨みながら、私はもう一度机を叩いた。これではわがままを言っているだけにしか見えないが、必要な時間だ。
私は、この婚姻を受ければ、科挙をなかったことにされてしまうのではないかと不安が胸に広がっていく。
「今すぐと言うわけではない。桜妃のやりたいことが終わったらと思っている」
「それは、いつになるか、わかりません。それに……」
「桜妃が、後宮で収まるような女性でないことくらい、兄上は知っているのではないですか?」
助太刀と言わんばかりに、煌蔣が話に入ってくる。それを笑って流してしまう皇太子の余裕はなんだろうか? 私は、何を隠し持っているのだろうとジッと皇太子を見つめた。
「私も実は驚いている。こんなに執着をしてしまうほどの人に出会うとは。後宮に入る令嬢に、興味はなかった。おしろいの匂い、金があるのを見せびらかすような豪奢な装飾品、影でのやり口。後宮は、手を選ばないから、それは表よりさらに醜い。そんな後宮に嫌気がさしていたところに現れたのが桜妃だった。煌蔣もそうなんだろう?」
「……そんな都合よく現れたみたいに言わないでください。私は、たまたま、最初に送り込まれただけですよ?」
「そのたまたまというのが、運命なんじゃないか?」
……殿下は何を期待しているんだろう。
胡乱な視線に変わってきている私に気が付いているのは、どうやら、斉だけのようで、プルプルと体が震えているのが視線の端の方で見えた。楽しんでいる斉とは逆に、このよくわからない状況を打破しなければと、科挙試験以上に頭を動かす羽目になったのは言うまでもない。




