第94話 ……殿下のご期待に添えるそう、精一杯頑張ってきたつもりです
……この馬車は何かしら? みたこともないものだわ。
馬車の横を通り過ぎ、連珠に煌蔣を招待したからお茶の用意をとお願いしようとしたら、とんでもない話を聞かされることになった。
「どういうこと? 皇太子殿下が屋敷に来ているって。あの馬車は、殿下が乗ってきたものだったの?」
「はい。お嬢様が試験に向かわれてすぐに屋敷を訪問されたそうです。私も会場へ向かっていたので、聞いただけですが……、旦那様がお相手をされています」
私は煌蔣に視線を送り、急いで父の書斎へと向かった。もちろん煌蔣も知らなかったらしく困惑している。斉は何やらニヤニヤしており、それを見咎めた連珠にお尻を叩かれていた。
煌蔣と斉を連れ、私も父の書斎へと入っていった。父とにこやかに話しているのは、皇太子だ。私たちが部屋に入ったことを確認しても特段、変わった様子もなく、父と談笑している。
「殿下、ようこそ、我が家に……」
「桜妃、挨拶はいい。なんだ、煌蔣も一緒か」
「兄上こそ、どうして芳家へ?」
「それは、桜妃の科挙の出来具合が気になるからだろう? ずっと、私を避けるように、領地で引きこもっていて、帰ってきたのは、試験の数日前。声をかけるのもかけづらいし、会いに行くのも憚られる。どこかの誰かは、この数ヶ月のあいだ、ずっと桜妃と一緒にいたと小耳に挟んでいたんだがな?」
「それは、護衛も兼ねて……」
「護衛なら、芳家以上の武門はいないのだから、煌蔣がそばにいなくてもよかったと思うが?」
きつく非難しているわけではなかったが、トゲのある言い方に私も煌蔣も言い返すことができなかった。
護衛とはいえ、科挙試験に向けて、勉強を見てもらったり、息抜きに出かけたり……、楽しい時間も過ごさせてもらった。
都では、今回の科挙に異議を申し立てるものも出たりと騒ぎがあったことは知っていたので、なかなか言い出せなかった。
「殿下、その……」
「あぁ、いいよ。桜妃は、科挙の話だけを教えてくれたらいい。どうだった?」
「……殿下のご期待に添えるそう、精一杯頑張ってきたつもりです」
「そう、ならなかった。できれば、探花以上になってくれたら、いうことはないけど」
目が笑っていない笑顔に、私の背中に冷たいものが流れる。これ以上、何かを言うこともなく、父も妙な雰囲気を打開すべく、連珠にお茶を用意するよう声をかけた。
「桜妃」
「はい。科挙試験が受かったら、一度、後宮へ来てくれ。明明に用意させたものがある」
「……後宮にですか?」
私は父を見上げると、頷いていたので、「かしこまりました」とだけ返事をした。
この重い空気を楽しんでいるような気配を視線に感じ、そちらを見れば、斉が必死に表情を作っていた。




