第92話 女性官吏なんて認めない
「お嬢様、頑張ってくださいね!」
「もう、頑張れはお腹一杯よ」
私は連珠の必死な表情に嬉しくなり、「帰りを待っています」と必要なものを渡してくれる。試験会場の中には、すでに準備を整えているもの、本を開いているものなど、過ごし方は様々だ。
初めて科挙を受ける者だろう。きょろきょろと落ち着かない様子の者がいて、私はなんだか、ホッとした。連珠のお化粧のおかげで、気持ちが落ち着いている。
「桜妃」
名を呼ばれ、振り返ると、そこには冬嵐が立っていた。あの日、領地から送り出した以降、一度も会っていなかったが、相変わらず、優雅に扇子を持って自信満々であった。
「……久しぶりね。冬嵐」
「そうだね。元気そうで何よりだ」
次の瞬間には、他の受験生が私を一斉に見た。都では触れが回っていたが、地方には届いていなかったらしく、私がいることに驚いたり怒ったり様々な反応をしてくる。そんな中、私は、冬嵐と会話を続けようとしたが、冬嵐は、目を細めてニッと笑った。
「桜妃、君は同じ試験を受けるんだ。僕の敵だね。くれぐれも恥ずかしい点だけ取らないでくれよ?」
「今日はやけに嫌味を言うのね?」
「そうさ、君に領地から追い返されてから、僕は耐え難い時間を過ごしたんだ。女性官吏なんて認めない。僕が、君を完膚なきまでに追い込んであげるから、楽しみにしておいで。まぁ、官吏になれたら……だけどね?」
雰囲気は変わらないのに、言葉に棘がある。私の知る冬嵐ではないことに胸がぎゅっと痛くなったが、私は私の道を行くと決めた。だから、誰に何を言われても、負けないと誓ったんだと胸にしまったお守り二つに念を送る。
「おいおい、ねぇーちゃんよぉ? 来る場所間違ってんじゃねぇの? それとも何か? この会場に、愛しのあんちゃんがいて、その付き添いか? なら、ここじゃねぇから、とっとと帰んな!」
さっき、私を見て文句を言っていた人物か私に詰め寄ってきた。体の大きなものに詰め寄られると、普通の女の子なら足が竦むだろうが、残念ながら私は『芳桜妃』である。目の前に立ちはだかった男性より屈強な兵を見て育ったのだから、何も感じることはない。
「帰る? 私も科挙を受けるのだけど?」
「はぁ? 寝言は……」
科挙試験の受験札を男性の顔に押し付けるように見せると、後ろに下がったのは、男性の方だった。にっこり笑いかけ、さぁっと詰め寄ると、また一歩、さらに一歩と後ろに下がっていく。
「私も受けることができるのよ。あなたが勉強不足で知らなかっただけかもしれないけど、私もあなたと同じ受験生よ! あなたになんて、負けないから!」
私は受験票を試験官に見せ、席を教えてもらう。一番前の角の席だった。皆がホッとしている雰囲気を出しているのは、回答を盗み見られるのではないかと、思ったからなのかもしれない。
……そんな必要はないわ。十分に備えてきたもの。
私は、試験が始まってもいいように、筆記用具を並べていく。始まりはすぐだ。後ろで、まだ、怒りの声を上げている受験生もいるが、私より上の順位になるなら、何の問題もないだろうに……と、小さくため息をついた。




