第91話 とびっきりの美人に仕上げますから
私は連珠の気合に押されるように、返事をするしかなかった。朝食を採った後も、時間まで少し勉強をするつもりだったが、どうやら許されなさそうだ。
早々に朝食を食べ、連珠の後ろを歩いて鏡の前まで行く。鏡台前に座ると、なんだかとても疲れた私が映るので驚いた。
「お嬢様、お化粧というのはですね。女性にとっての鎧と同じだと思うのです。今、お嬢様は、ご自身を鏡で見て驚かれましたね? そんな疲れた顔をしていては、受かるものも受からなくなりますし、たとえ、薄化粧だったとしても、お化粧をすることで、綺麗になった自分を見て気持ちも上がります。受験はそれ相応の知識など必要でしょう。それは、お嬢様にとって、もう、十分身に付いているものになります。あとは、心の問題です。今、何を考えていますか?」
「……そうね、受かるかしら? どんな問題が出るかしら? 私の勉強だけで大丈夫かしら?」
「不安になっていますよね。それらを自信に変えましょう。お嬢様は、幼い頃からコツコツと勉強もされてきました。科挙試験に女性も受けられるようになってからの努力も私は見てきました。絶対、大丈夫です! お化粧は、最後の仕上げとして、私からお嬢様に不安を取り除くお守りだと思ってください」
私は静かに目を瞑る。連珠に言われ、試験前に不安になったり緊張をしていたことに気が付いた。鏡に映る自分があまりにも酷い顔で、かなり驚いた。自分では気が付かないことを気づかせてくれたことに感謝するしかない。
「連珠、お願い」
「かしこまりました。お嬢様、とびっきりの美人に仕上げますから、誰にも負けないでください」
「誰にもは難しいわね。冬嵐がいるのだもの」
「大丈夫です。冬嵐様も、お嬢様の全力を待っていると思いますから」
念入りに化粧をしてくれ、「終わりました」という連珠の声に目を開けた。さっきまで疲れ切った表情の私は、連珠のおかげで見違えるようになり、鏡に向かって微笑んだ。その表情を連珠も見ていたようで、「お嬢様なら、大丈夫です」と耳打ちしてくる。
「煌蔣殿下からいただいたお守りもお持ちでいらっしゃいますね?」
「もちろん持っているわ。連珠からのも」
「あとは、気持ちが落ち着くように、これもお付けください」
連珠が渡してくれたのは、煌蔣がくれた簪と練り香水だ。連珠が手早く簪を付けてくれている間に、私は、香水を手の甲に付けた。それは、この部屋と同じ香りのする香水で、この世に二人しか使っていない香りであった。
「連珠、これは?」
「私が今日のために作りました。これで、準備はばっちりです!」
私は肩をポンポンと叩く連珠にお礼を言うと、「さぁ、戦いに行きましょう!」と勇み足の連珠。
……私が科挙を受けるのだけど?
私の筆記用具を持って、ずんずん先に歩いていく連珠を追いかけていく。屋敷を出る前に父と会った。言葉は交わさなかったが、しっかりとうなずいてくれた。
さぁ、行こう。私の夢の第一歩よ。
屋敷を出て、試験会場へと向かった。




