第90話 私、とても反省しました
「お嬢様、そろそろ時間ですから……」
連珠の声が聞こえてきたので、私は開いていた本を静かに閉じる。扉が開いた瞬間、「おはよう」というと、連珠は微笑んだ。手には大きな荷物があり、何を持っているのかと尋ねた。
「これですか? お化粧品です。昨日、一式、揃えてきました!」
「えっ? 化粧品? 今日は、科挙試験なのに、そんなのはいらないわよ?」
連珠は、にっこり微笑みながら、「これがないと始まりませんよ!」と言う。その言葉に、私は疑問を感じながらも、言われるがままに、まずは、朝食をとることになった。そこには、いつも通りのものしか並んでいなかったが、それがかえって普段通りでいいんだと私を安心させた。
「あっ、朝食ですよね。いつも召し上がっているものにしました。視覚的には、いつものものがいいと思ったので」
「なら、化粧はいらないんじゃない?」
「化粧は、お嬢様からは見えませんから。見えるのは周りの人です」
「それが、不思議だったの。別に化粧なんてしなくてもいいと思うのよ」
朝食を口に運ぶ私をじっと見つめる連珠は、ちょっと哀れそうにしている。確かに、私は化粧なんてしたことがなかったけど、必要を感じないのだから仕方がない。
「いいですか? お嬢様」
「は、はい」
私は連珠の勢いに負け、慌てて返事をすると、連珠はクスクス笑っている。なんだか、悔しいのだが、連珠は机の上に化粧品を並べながら、語り掛けるように必要性を言ってくる。
「芳家のお屋敷は、奥様がいらっしゃいませんから、お嬢様もこの手のことに興味がなかったのだろうと、私、とても反省しました。旦那様も、こういった話は、お嬢様ともしませんからね」
「……そうね、父と化粧の話なんてしないわ。領地の話とか、時事の話とか……」
「そう、だから、私もすっかり抜けていたのです。でも、先日、街へ出かけたとき、たまたま朱家のご令嬢と会って思ったのです」
「……確か、同い年よね?」
「そうです! 第二皇子の婚約者です! そこで、朱家の侍女にいろいろとお話を聞いた結果、私は、ついに辿り着きました!」
拳をきつく握りしめ、天に向かって押し上げている連珠には悪いが、話がさっぱり見えてこないので、ただ見つめるしかできない。何が、どうなって、朱家の侍女と話したくらいで、連珠が変に覚醒したのか知りたいような知りたくないような……気持ちになる。
「お嬢様、旦那様が戦に向かうとき、どうされますか?」
「お父様が? 鎧を着たり、必勝祈願をしたり……」
「そう、鎧を着たり、必勝祈願をしたりしますよね?」
「……えぇ、そうね。無事の帰還を願ってね」
「女性にとって、お化粧とは、鎧と同じなのではないかということにたどり着いたのです。わかりますか?」
私は連珠の言葉がわからず、首を傾げると、「いいですか!」と気合十分に話し始めた




