第9話 巷でじゃじゃ馬令嬢と言われる私
「冬嵐様も今日ご入学でしたか?」
「そうね。私には、あの場所に行くことすら叶わないけど、私の代わりに、冬嵐には頑張ってほしいわ」
「冬嵐様なら優秀ですから、主席ですとも!」
私の家である芳家は武に長けており、私も漏れなくそちら側の人間だった。都でも噂になっている『芳家のご令嬢』は、嫁の貰い手がないじゃじゃ馬令嬢なんて揶揄されていることも知っている。年頃になっても、私を追いかける連珠と冬嵐の姿を見ている街のものたちは、今ではその光景も微笑ましく思ってくれているそうだ。
そんな私に頭のいい冬嵐は、学ぶことを教えてくれた。根気強く、本を持ってきては、読み書きや計算、詩の書き方やその意味、返歌への皮肉り方など、私にあった勉強方法を考えてくれた。芸術も興味がなかったが、教養の範囲で書画に音楽、舞の基礎が出来上がった。巷でじゃじゃ馬令嬢と言われる私も機会があれば、それらを披露することも可能であったが、そんな場所へ呼ばれることがないので、まだまだ秘匿とするところだった。
冬嵐のおかげで、私も学問や書物を読むことを好み、世間の評価とは反対に、父太傅が賜っている領地の運営にも進言している。
私が十歳のとき、育った辺境で大飢饉があり、同時に流行り病があった。食べ物もなく、病の治療をすることも叶わず、父も方々に支援を頼み手を尽くしたが、みなの思いも願いも届かず、たくさんの人が死んでいった。
元々体の弱かった母も妹も例外はなく、病によって亡くした。葬儀の日、父娘で人目も憚らず泣いたことを今でも覚えている。
当時の皇帝を批判するわけではないが、少しでも父の話に耳を傾け、領民へ手を差し伸べてくれていたら、そういう想いが今も私の中にはある。心の傷は、癒やされることはなく、ずっと燻っている。ただ、私には、今でも、領民のために何かすることはできず、貧乏な屋敷が保てるように細々と内職をして支えていた。
太傅である父は十分な俸禄をもらっているが、領地の復興のためにそのほとんどを使っている。人の少ない領地が回復するには、時間がかかる。万年人手不足であるため、思うように復興が進まない。直したそばから、次の修復が必要になり、悪循環であった。そのため、月日に対して経費ばかりが重なり、うちは貧乏だ。
「そうね。冬嵐なら……きっとこの国を幸せな国にしてくれるはずよ」
準備の整った私は、連珠に笑いかけ、皇宮へ出発するために、父のもとへと急いだ。




