第86話 私の手で、救いたいの
「どうして僕に何も告げずに、領地に向かったんだい? それに第三皇子だなんて」
「逆に聞くけど、なぜ、冬嵐に私の出かける先まで報告をしないといけないの?」
「それは、幼なじみだし、その……」
少し頬を赤らめて、何か言いたげであったが私は睨みつけて畳みかけていく。この時期、科挙試験を控えている冬嵐にとっても大事な時であることくらいわかっているはずだ。もちろん、受験資格がある私もなのだが、領地へ単身で来るほど、冬嵐は馬鹿なことはしないだろうと私は考えていた。当てが外れて、怒っている面もある。
「幼馴染であっても、私はあなたに縛られることはないはずよ。怜家と私は普通のお付き合いをすることはあっても、それ以上の付き合いはないもの」
「それは、どういうこと?」
父は、冬嵐にも怜家にもまだ伝えていないのかもしれない。少し前の出来事だったので、それほど急に父も動いてはいないのだろう。
「婚姻の話があったって聞いているわ」
「そうだよ。皇太子との仮初めの婚姻もあったから、急がないとって話になって……父と急いだんだ」
「私は、父にきっぱり断ったわ」
「どうして!」
いつもひょうひょうとしていた冬嵐が慌てているのと同時に、瞳が揺らぐ。絶対の自信がある冬嵐のこんな姿は見たことがなかった。私の腕をぎゅっと握り、どんどん力が込められていく。
「桜妃、どうして、僕との婚姻を拒むんだ? 科挙試験なら、受けたらいい。それが桜妃の望むことなら、僕は受け入れる。そのあと、怜家に嫁げば……」
「科挙を受けたいわけじゃないのよ。私は官吏になりたいの。そして、私の手で、救いたいの」
「それなら、僕が叶えてあげると何度も言っているじゃないか。君は、家にいて、子どもや親の面倒を女主人として……」
私は、冬嵐を睨みながら、きつく握られた腕を振りほどいた。私がどうして官吏を目指したのか、女である私がなれないものに夢を抱いたのか、冬嵐は理解していなかった。ただ、自分たちの親のように、良い家の嫁になり、旦那に尽くし、家に尽くし、子を産み育てることこそが、私の幸せであると決めつけていることに、腹が立った。
煌蔣は、この話をしたとき、一定の理解は示してくれた。やりたいことがあるなら、優先するべきだと考えてくれている。私を無理に屋敷に押し込めることはせず、隣に並び立つものとして、迎えてくれる。
「冬嵐、よく聞きなさい。私をあなたや世間の常識の物差しで決めつけないで。私が、手にしたいものは、あなたではないの。あなたは、私の目指すものに対して邪魔をする」
振りほどかれた瞬間、尻餅をついて呆然としている冬嵐を見下ろしながら、絶縁宣告をすることにした。
「私はあなたを許さないわ。みんなが必死になって科挙合格を目指しているのに、学府を休んでまで領地へ来たことも、私を一人の人間としてみないことも。この先、あなたは、私の幼馴染ではなく、好敵手よ。科挙試験場で会いましょう。今日は、泊っていくといいわ。連珠に部屋を用意させるけど、私は、もう会わないから、明日の朝には、出て行ってちょうだい」
私は軽蔑の眼差しを向けたあと、自身の部屋へと向かう。途中、騒ぎになっていたので、連珠が何事かと飛び出してきたので、客間の用意をして明日の朝、追い出すようにと指示をした。
部屋の扉を閉めたあと、私はあまりの悔しさでその場で崩れ落ちた。




