第83話 ありがとう、桜妃ちゃん
どちらからもなく、手を握った。隣に立っている煌蔣に触れたいと思ったのが、伝わったのか、ぎゅっと握られる手に安心した。どれくらいの時間、領地を見下ろしていただろう。ふいに後ろから声がかかった。
「あらあら、こんなところに人がいるなんて珍しいね?」
手に花を持っているおばあさんが、私たちを見て微笑んでいた。手をつないでいることを忘れていて、離そうとしたら、離さないでと言わんばかりに力強く握られる。私は、そのまま、煌蔣の手を握り返した。
「こんにちは、おばあさん」
「こんにちは。って、よく見たら芳さんちの桜妃ちゃんじゃないかい? 元気にしていたかい?」
私は見覚えのないおばあさんに首を傾げたが、おばあさんは、私のことをよく知っているらしい。この領地の者で、私のことを知らない人の方が少ないくらいなので、もしかしたら、当たり前なのかもしれない。
「奥様に似て、美しくなったねぇ? その隣の人は、旦那さんかい?」
おばあさんに言われて、煌蔣の方を見ると少し頬のあたりが赤くなっている。否定するのも違うような気がして、素直に「そうだよ」と返事をした。
「桜妃」
「煌蔣様は、私の旦那様でしょ?」
クスクス笑いながらからかうと、少しむっとした表情で、「そうだ」と小さく呟いた。私に聞こえるくらいの小さい呟きだったので、おばあさんには聞こえなかったようだ。
「なんだい? 芳家の婿ともあろう人が、何を言ったか小さすぎて聞こえなかったよ。桜妃ちゃん、そんな声の小さい男はダメだよ? 芳家の婿なんだから!」
「ふふっ、おばあさん、この方は、いつもはとってもかっこいいのですよ! 今は、照れていて声も小さいだけだから」
「そう、それならいいんだけど……」
「おばあさんは、ここへ何をしに来たの?」
私は花かごを見ながら言うと、私の母たちの供養に、花を持ってきてくれたらしい。さっき、私も墓石の前に行ったとき、枯れていない花があったことで、誰かが添えてくれたのだと思っていた。
「おばあさんが、お母様たちの墓石に花を?」
「私だけじゃないよ。領地の誰かが、ああやって、花を飾りに来る。ご当主様だって奥様や娘さんを亡くして大変だったときに、領地の復興のことを真っ先に考えてくれたことが、どんなに嬉しいことだったか。その、ほんのお礼だよ。私たちでは、ご当主様の役には立たないからね」
「そんなことはないわ。領民が幸せに暮らせることが、私の父の願いだもの。おばあさんが元気でいてくれることが、父は嬉しいのよ」
私は、おばあさんに微笑みかけると、目じりをそっと拭って「ありがとう、桜妃ちゃん」と笑った。




