第82話 色眼鏡にかからないように
「ここは景色がいい」
私たちは母たちの墓石がある場所から少し行った場所で立ち止まった。領地が一望できるこの場所は、私のお気に入りでもあった。
ここから、領地の全てではありませんが、見渡せます。父が賜っている領地はあの山の向こうにも、あの川の向こうにもありますから」
「芳家は領地が広大だからな。災害が起これば、その被害も尋常ではない規模になるな」
「……そうですね。そうなのです。年々災害が多く起きています。そのたびに修復をして、次に起こらないための補修工事もしてますから、人手や資金がたりません」
私は静かに領地の至る所を指差し、煌蔣に話していく。すると、「あの場所は覚えている」と言った。そこは、三々と一緒に駆け回った場所であり、待ち合わせ場所でもあった。
「屋敷を抜け出す令嬢なんて聞いたことがない」
「隠れ家から脱走する皇子も聞いたことがありません。それも女の子の格好でした」
当時の三々のことを思い浮かべていると、「確かに」と隣で呟いている。私は当時と変わらず、都でも屋敷を飛び出して行く日もある話をしたら、煌蔣は笑始めた。
「全然変わってない。それでこそ、桜妃だ」
くっくっと笑う煌蔣をチラリと睨むと、背中をポンポンと叩かれた。私は抗議しようとしたが、先に煌蔣が話し始める。それに頷くしかできなかった。
「勉強は進んでいる?」
「そうですね。こちらに来てから、少しバタバタとしていましたが、再開しました」
「都にいた方が良かったんじゃない?」
「こちらの方が静かですし、官吏になりたいと願った場所でもあるので、こちらの方が身になります。領地の温かさに、助けられるんです」
「それはそれは。それでは、私は必要なさそうだ」
私は煌蔣を見上げると少し寂しそうにしているので、「もう少ししたら、見てほしいところがあります」と微笑んだ。
科挙試験で出るのは、暗記する部類もあるが、問いに対して的確な自身の回答をしなくてはならない。この部分は、知識だけでなく、この国の現状を知った上で書くことになるのだが、官吏になる人が初めて書く上奏文だと言われていた。自信がないわけではないのだが、私の個人的な思いに偏りすぎた回答では、科挙は通らない。そのあたりを見てもらわないといけない。
「暗記部分では無さそうだね?」
「はい。私の偏見で書く上奏文では、陛下には届かないでしょ?」
「確かに。採点する官吏が父上に見せない可能性があるからだ。桜妃は今回特別な扱いであるから、色眼鏡にかからないようにしないといけない」
私は頷く。科挙試験で大事なことは、いかに、今起きている国民の関心ごとを皇帝に伝えるかだと思っている。私腹を肥やしている者たちから見たらたいしたものでなくても、国民の幸せを願える皇帝に伝えないといけないと考え、今、あらゆることに目を向け耳を傾けていた。




