第79話 この丘に上がるのも
領地についてからは、忙しく過ぎていく。着いてすぐは、都から持ってきたものの片付けに煌蔣の滞在する屋敷を整える時間が必要だった。私は勉強するようにと言われていたが、屋敷の者たちが忙しくしているのに、自分だけ部屋にこもっている気持ちにはなれず、結局、口出ししてしまう。
呆れていた連珠も、「お嬢様に指示を出してもらった方が、早く終わりますから」と私を使うことにしたらしい。私は、芳家の屋敷の一つを煌蔣の仮住まいとして貸し出すことにした。警備は必要ないと言われているので、言われたとおりに食事や身の回りのお世話をする人を数人派遣するくらいであったが、2日ほどは、屋敷の中を整頓するために時間を使う。
「桜王妃にこんな才覚があるとは、思いませんでしたよ」
「斉殿、それはどういう意味ですか?」
「いえ、さすが、未来の女主人ですねってことです。見事に、主の要望通りの部屋に作り変えてしまいました」
「これくらいはできますよ。何もできない暴れん坊みたいな噂しかないかもしれませんが、多少の教養もありますし、父のいない間の芳家は私が采配していますから」
「主、これは頼もしい嫁を……」
ゴフッっといい音が聞こえてきたのだが、振り返ると煌蔣が作り笑顔でニコニコとしていた。傍らの斉は鳩尾のあたりを押さえて苦しそうである。どうやら、さっきの音は、斉の無駄口が煌蔣の琴線に触れたのかもしれない。
「では、私は、屋敷の方も見ないといけないので、これで失礼します。食事については、今晩、歓迎会をしますので、煌蔣様と斉殿にお越しいただければ幸いです」
私は、片付けも終わったので、二人ににっこり微笑みを向けて、屋敷に戻ることにした。
「桜妃、送っていくよ」
「いえ、すぐですから。それに、軍行で慣れているとはいえ、煌蔣様は働きすぎです。少し休まれた方がいいですよ。私も、向かいたい場所があるので……」
斉に視線を送ると、涙目であったが、うなずいてくれた。「わかった」という煌蔣に微笑みかけ、礼を取ってその場を後にした。
私はそのまま屋敷には向かわず、少し小高い丘に向かって歩き始めた。その先にある芳家の墓場に向かっているのだ。
「久しぶりね。この丘に上がるのも」
私は登り切ったところで、体を伸ばす。ここは、領地を一望できる丘で、芳家の先祖が眠っている場所でもあった。領地を見守ってほしいと願いがこめられ、芳家はこの場所を墓地にしているのだが、比較的新しい墓石の前に私は歩いていく。領民に愛されていた領主の墓には、月命日には花が飾られることが多いのだが、母と妹のところにも花が飾ってあった。
「誰かが来てくれているのね」
枯れてしまっている花を取り、墓石の周りの草引きをする。毎月、誰かが墓石の世話をしてくれているのか、あまり時間はかからなかった。
墓石の前に座ると、優しい風が吹いてきて、私の髪を揺らした。




