第72話 ……怜冬嵐のためでなく?
「馬に?」
「はい、乗せてください」
私が手を差し出すと、煌蔣は遠慮がちにその手を取ってくれる。その様子を兵が見ており、馬車の中にいた連珠へ報告してくれた。踏み台が片づけられ、私たちは、この先にある寺院へ出発することになった。
「その、寺院へは何を祈りに……」
「私と連珠の幸せを願いに行くのです。月下老人が有名だと聞いたので」
「でも、さっき、文昌帝君と」
「それはですね?」
少しもったいぶるように言葉を溜めてみる。煌蔣は、このあと、名が出てくるであろう幼馴染のことを考えているようで、眉間にしわが寄っている。なので、そのしわをほぐすように、私は煌蔣の眉間を指で押さえた。
「殿下、しわが寄ってますよ?」
「……いいから、先を話して」
「わかりました。驚かないでくださいね?」
「桜妃からの話なら、驚くようなことはなさそうだ」
「そうですか? まぁ、いいでしょう。私、科挙を受けることになったのです」
「……科挙?」
私の言葉に、ポカンとする煌蔣に頷いた。まだ、都では、貴族令嬢が科挙を受験できるお触れは出てないはずなので、煌蔣も知らなかったようだ。
微笑みかけると、軽く頭を振っている煌蔣。
「殿下、驚かないって言ったではありませんか?」
「確かに。科挙を桜妃が受けるのか?」
「えぇ、皇太子殿下の計らいでです。試験的に導入してみてって話なので、高順位で合格しないといけませんから、文昌帝君に祈りを捧げにいくのです」
「……怜冬嵐のためでなく?」
「冬嵐なら、ほっておいても状元ですから、神に祈りなんて必要ありません」
寺院が見えてきたので、「あの寺院ですよね?」と聞くと煌蔣は頷いた。思っていた答えとは違うものが返ってきたので、反応に困っているようだった。
「追いかけたい夢とは、官吏になることか?」
「そうです。官吏になって、たくさんの人……は、助けられるかわかりませんが、そういう道を進みたかったのです。ある程度の成果を持ってじゃないと、殿下との婚姻も難しいのかなとも思っています」
「兄上との婚姻を断ったと聞いた」
「えぇ、断りました。怜家との婚姻も。私に必要なのは、民の笑顔とあなただけですから」
寺院についたので、馬からおろしてもらった。私は、初めて来たその寺院の大きさを見つめ、「立派ですね」と呟いた。今まで、縁がなかったので知らなかったのだが、ここは参拝者が多いので、懐事情もいいらしい。そのお金は、多岐にわたって、貧しい民に還元されているとにこやかな笑顔で煌蔣は言った。




