第71話 桜王妃
「それでは、少し先に寺院がありますので、そこで落ち合うのはいかがでしょうか?」
「わかりました。主にはそのように伝えます。そういえば……この先の寺院は、月下老人が有名な場所ですね?」
表情を崩さず、しかしながら目が笑っている斉に、私も表情を崩さずに「そうですね」と答えるのに苦労をした。斉は、先日のやり取りも知っているので、私が煌蔣との幸せを願いに行くのだろうとわかっているようだ。
「他にも文昌帝君が祀ってあると聞いているので、向かおうと思っています」
「文昌帝君ですか?」
「はい、そうです。そのお話は、まだ、殿下にもしていませんでしたね。あとで、殿下本人にはお話しますが、私に……」
「何を話すんだ?」
斉と話していたら、急に煌蒋が割り込んできた。斉の帰りが遅かったから、断られたのかと思って、様子を見に来たらしい。
「殿下! 先日は、突然の訪問……」
「それはいい。文昌帝君への祈りは誰のためだ?」
少しムッとしたような様子の煌蔣に思わず、クスっと笑ってしまう。今、煌蔣が思い浮かべているのは、冬嵐のことだろう。私の幼馴染は、科挙を受けることが有名だから、そのために、私が祈ると思っているようだ。
「主、大人げなさすぎ」
「斉は黙っていろっ!」
「そんな余裕ないと、芳家の令嬢に嫌われちゃいますよ。ねぇ? 芳家の令嬢」
「斉殿、私に話を振らないでください」
「その方が、面白いかと思って」
ずけずけと話す斉に、「少し黙っていろ」と煌蔣がさすがに黙らせる。なんだか、その様子も、普段と変わらないやり取りなのだろう。我が家の護衛たちは、二人の様子を見て、困惑していた。仮にも相手は第三皇子、そして、斉は護衛という立場だ。
普通の反応をしている護衛たちを見ても、肩をすくめるだけの斉は、かなり大物だと思う。
「斉殿、その『芳家の令嬢』というのをやめませんか?」
「お嬢様にしますか?」
「いえ、桜妃と」
「さすがにそれは……。桜王妃にしましょう。皇子の婚約者ですし」
「……斉、調子に乗りすぎだ。まだ、桜妃は、婚約者にはなっていない」
「すぐにそうなるでしょ?」
「……頼むから、少し黙って」
「はぁ~い」と少し残念そうにしている斉を見て、もう笑うしかなかった。
「桜妃も笑いすぎ」
「でも、お二人の会話を聞いていたら、笑ってしまいます」
「普通は困惑すると思いますよ? 桜王妃」
「斉っ!」
「すみません。口を縫っておきます」
「それより、兵を連れてきてくれ」
指示を出して、この場から斉を追い出そうとする煌蔣がなんだか幼く見える。斉に翻弄されている様子は、都で噂の第三皇子の印象とずいぶん違う。
「あっ、主! この先の寺院で合流するので、そこまで、桜王妃の護衛をお願いしますね! じゃあ!」
「さ~い~っ!」
あははは……と笑いながら、兵を連れに戻る斉を見送り、私は煌蔣を見上げた。黒の甲冑に黒毛の馬は、本当によく似合う。
「馬車に戻りなさい。この先の寺院へ行くのだろう?」
少し棘のある言葉に、私は「殿下の馬に乗せてください」と懇願したのであった。




